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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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27 戦士達が眠る場所

一行は、エリシオンから来た冒険者たちを中央に守りながら、グリム・ハインの都市部を慎重に進んでいった。

整然としていたはずの石造りの街並みは、奥へ進むほどにその凄惨さを増していく。やがて、遠方の暗がりに、周囲の建物を圧倒する巨大なシルエットが浮かび上がった。


「……あの建物が、グリム・ハインの中央に聳え立つ城だよ」


アルクが指差した先には、かつてのドワーフ王が座したであろう巨大な石の城が佇んでいた。しかし、かつての威厳を誇るべき城壁は無残に砕け、本丸の一部は崩落して巨大な瓦礫の山と化している。


「ここまで魔族たちは進軍してきて、この都市の中でも戦火が上がったんだ。あの日記にも書いてあっただろう?

……あの城の庭に、突如として『ヘル・ゲート』が現れたんだ」


中央広場に近づくにつれ、建物の損壊はより激しくなっていた。ただの老朽化ではない。巨大な爪で引き裂かれたような跡や、高熱でドロドロに溶けてから再び固まった石材が、当時の地獄絵図を物語っている。


「……ひどいな。戦争だけじゃなくて、あの悪魔が全部めちゃくちゃにしたんだ……」


ショウは周囲を見渡しながら、肌を刺すような熱気を感じていた。


「(これが……かつての繁栄の終焉……。ゲームの演出なんかじゃない、本物の絶望の跡だ……)」


ルークはあまりの光景に言葉を失い、ミアも珍しく軽口を叩かずに、険しい表情で崩れた城壁を見つめている。


中央広場を抜け、崩壊した城の巨大なアーチをくぐり、かつて美しい庭園だったであろう場所へ足を踏み入れた、その時だった。

ショウの視界が、ぐにゃりと歪んだ。


「……っ!?」


杖を握る手に力が入り、膝がガクガクと震える。

現実の景色に重なるように、凄まじい「記憶」が脳内に直接流れ込んできた。

燃え盛る都市。地を揺らす魔族たちの野太い咆哮。

逃げ惑うドワーフたちの悲鳴と、それを無慈悲に焼き払う熱波。

そして、その地獄の中心に、山ほども巨大な、燃え盛る翼を広げた「悪魔」のシルエットが浮かび上がっていた。


「な……なんだこれ……。記憶……? 誰の……?」


冷や汗が止まらず、ショウはその場に崩れ落ちそうになる。前世の記憶でも、今までの旅の記憶でもない。もっと古く、もっと生々しい「絶望」の感触。


「……おやおや、どうしたんだい?」


隣にいたゼルクスが、鋭い目つきでショウの顔を覗き込んだ。だが、すぐにいつもの柔らかな表情に戻り、ショウの肩を支える。


「大丈夫……? 顔色が真っ青だよ」


「あ……ああ、すみません。少し、眩暈が……」


「アルクさーん! ショウ君が少し調子悪そうなんだよ。ここで一休みしないかい?」


ゼルクスが前を歩くアルクに声をかける。アルクは足を止め、心配そうに駆け寄ってきた。


「ショウ君、大丈夫か? ……冒険者たちも限界だ。少しだけ、城壁の陰で身を隠して休憩しよう」


一行は崩れた巨大な石柱の影に腰を下ろした。ショウは荒い呼吸を整えながら、先ほどのビジョンを反芻していた。

あの燃える翼の悪魔……。

そして、それを見つめていた「視点」の主。

なぜ、初めて来たはずのこの場所で、そんなものが見えたのか。


ショウが中庭の中央に立ち、崩れた城の残骸を呆然と見つめていると、背後から音もなくゼルクスが歩み寄ってきた。


「……落ち着いたかい?」


「はい、ありがとうございます。……少し、ぼーっとしてしまいました」


ショウが無理に笑顔を作って答えると、ゼルクスは深い皺の刻まれた顔で城を見上げ、独り言のように呟いた。


「ひどい光景だったろ?」


「え……?」


ショウは心臓が跳ねるのを感じた。今の言葉は、今の「廃墟」を指しているのか、それともショウの頭によぎった「あの記憶」を指しているのか。

ショウが問い返そうとすると、ゼルクスはふっと目尻を下げて、おどけるように肩をすくめた。


「いや、ひどい光景だねって話さ。こんな立派な庭に巨大な悪魔が急に出てくるなんて、当時のドワーフの王様もびっくりしただろうねぇ……」


その口調はいつもの飄々としたものだったが、ショウには彼が何かを見透かしているような気がしてならなかった。


「おーい! みんな行くってよー!」


城壁の先からミアが大きく手を振って二人を呼ぶ。


「さぁ、行こうか。もう少しで北門だよ」


ゼルクスに促され、ショウはもう一度だけ静まり返った中庭を振り返り、一行の後に続いた。


一歩、また一歩と石段を刻むごとに、さっきの眩暈が落ち着いてきた。

振り返れば、つい先ほどまで歩いていた巨大な地下都市が、まるで見捨てられたおもちゃの箱のように、遥か下方で闇に沈んでいた。


ようやく辿り着いたその場所には、南門と同じく圧倒的な威容を誇る「北門」がそびえ立っていた。しかし、南門が「客人を招き入れる」ためのものだったのに対し、この北門はどこか「山の上層から来る何かを拒む」ような、堅牢で重々しい雰囲気を湛えている。


「ふぅ……。ここを抜ければ、いよいよ地上への長い登り坂だ。みんな、気合を入れ直してくれ」


北門の先に広がっていたのは、深い奈落を跨ぐように架けられた、ドワーフの技術の粋を集めたであろう巨大な石の橋だった。

しかし、その橋は長い年月と熱波にさらされ、あちこちに亀裂が走り、欄干は崩れ落ちている。


「すごい橋ですね……。渡りきるまで、落ちなきゃいいですけど……」


ルーナが不安そうに足元を見つめながら呟く。


「ちょっと、ルーナさん! 怖いこと言わないでくださいよぉ!」


ルークが泣きそうな顔で、壊れかけの床板を慎重に踏みしめる。


その時だった。橋の中ほどまで来た一行の顔に、下方の暗闇から突き上げるような、不自然に熱い風が叩きつけられた。


「……ッ!? なんだ、この熱気……」


ショウが息を呑んだ直後、奈落の底からおぞましい悲鳴が響き渡った。


『ぎゃぁぁぁぁぁ!』


『ぎゃぁぁぁーーーーっ!!!!!』


「……この声は、ゴブリンたちだね。何かに追い詰められているような……」


アルクが険しい表情で下を覗き込む。


ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォーーーーッ……!!!


地響きと共に、地下都市全体を震わせるような重低音が響き、ショウの握る杖が、まるで火を押し当てられたかのように熱を帯び始めた。


「熱っ……! 杖が……!?」


「みんな急ごう! 来る……『奴』かもしれない!」


アルクが叫ぶ。その瞬間、橋を支えていた太いワイヤーや固定具が、急激な熱に耐えきれず「ピチン! ピチン!」と乾いた音を立てて弾け飛んでいった。


「走れ! 急げぇ!!」


一行はなりふり構わず、崩れゆく橋の上を全力で駆け抜けた。

ルークは冒険者の一人を担ぎ上げ、ミアは身軽に跳ね、ショウも熱を帯びる杖を握りしめて必死に足を動かす。

背後で橋がバラバラと崩落していく音が、地獄の足音のように迫ってくる。


「……飛べっ!」


アルクの号令と共に、一行は崩れ落ちる橋の先端から、対岸の岩場へと次々に飛び込んだ。


ドォォォォォォォォン……!!!!!


最後の一人が着地した瞬間、巨大な橋は完全に崩壊し、暗闇の底へと吸い込まれていった。


「はぁ……はぁ……、間に合った……」


ショウが荒い息をつきながら振り返る。

橋があった場所には、もう何もない。ただ、奈落の底から湧き上がる陽炎の向こうに、ゆらりと燃え盛る巨大な「何か」が、ゆっくりとこちらを見上げているような気がした。


ゼルクスが奈落の底をじっと見つめ、静かに、だが切迫した声で言った。


「急ごうか……。どうやら『奴』は、私たちが思っている以上に近くまで来ているようだよ」


一行は崩れ落ちた橋に背を向け、暗い通路を駆け抜けた。


やがて視界がふっと開けたその先には、今までのグリム・ハインの重苦しい石造りの光景とは一線を画す、幻想的で奇妙な空間が広がっていた。

見上げるほど高い天井まで届く、数千本もの白い石柱。それらはまるで、地下から天を突き刺すために生えてきた巨大な針か、あるいは都市を守る騎士たちが石化した姿のようにも見える。


「すごい石柱の数だ……」


ショウが圧倒されて足を止めると、アルクが地図と周囲を確認しながらその場所の名を口にした。


「ここは……『静寂の千柱廊せいじゃくのせんちゅうろう』**という場所だよ」


アルクが声を潜めて言った。その声さえも、無数の白い柱に吸い込まれていくかのように、周囲は奇妙な静寂に包まれている。

見渡す限り広がる数千本の白い石柱。それらはただの構造物ではなく、かつての戦争で命を落としたドワーフたちの魂を鎮めるために建てられた巨大な墓標だった。一本一本が、一人の戦士の生きた証。それが地平線の向こうまで続いているかのような光景は、神聖さと同時に、圧倒的な悲しみを湛えている。


「これ、全部お墓なの……?」


ミアが珍しく声を震わせ、弓を握る手を緩めた。


「ああ。ドワーフたちは、魂は石に宿ると信じていた。これほど多くの命が失われたんだ……。この街がどれほど過酷な戦いに巻き込まれたか、この柱の数が物語っているね」


アルクが一本の柱に手を触れ、静かに目を閉じる。

ルークも、それまでの臆病な態度を忘れ、頭を下げた。


「……僕たち、ここを通らせてもらうよ。お騒がせしてすみません……」


ショウは杖を抱え、柱の間を縫うように歩き出した。

真っ白な石の森。足音すら響かないこの場所では、地下都市の熱気も、崩落した橋の衝撃も、遠い昔の出来事のように感じられた。


しかし、その静寂を切り裂くように、再びショウの鼓動がドクンと脈打つ。


「(……鎮魂の場所なのに、嫌な予感がする。この静けさは、嵐の前の静けさだ……)」


背後の闇から忍び寄る「炎の悪魔」の影と、目の前に広がる「静寂の墓標」。そのコントラストが、ショウの不安をいっそう掻き立てていた。


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