25話 凶暴な角
ショウ達の前に黒く凶暴な生き物、ミノタウロスが仁王立ちしている。
「やつの大槌は当たれば致命傷だ。それにあの鋭い角も厄介だよ。ショウ君、魔法で牽制を! その隙にルークと俺で叩く。ルーナさんとゼルクスさんは後方から援護を!」
アルクの鋭い指揮が飛び、戦いの火蓋が切って落とされた。
「行きます! 『ウォーターランス』!」
ショウが杖を突き出すと、鋭く回転する水の槍がミノタウロス目がけて射出された。だが、巨獣は鼻息荒くそれを迎え撃ち、丸太のような腕で大槌を振るって水の槍を強引に薙ぎ払った。水飛沫が霧となって舞う。
「今だ、ルーク!」
「う、うわぁぁぁ! やってやるぅ!」
アルクとルークが左右から肉薄し、鋭い一閃を浴びせる。しかし、刃が届く直前、ミノタウロスは鋼のような角と異常に発達した筋肉で攻撃を受け流した。手応えのなさに目を見張る二人を、巨獣は咆哮とともに力任せに吹き飛ばす。
さらにミノタウロスは大槌を天高く掲げ、地面へと叩きつけた。
「ゴォォォォ!」
凄まじい衝撃波とともに、地面から鋭い岩の棘がショウたちを襲う。
「おっと……危ないねぇ!」
後方からゼルクスの鋭い声。彼が指先を振ると、渦巻く風の刃が突き出た岩を粉々に粉砕し、ショウたちを守った。
「助かった! ……させるか!」
ミノタウロスは大槌を前に突き出し、重戦車のような勢いで突進を開始する。ショウは咄嗟に魔力を練り上げ、地面を叩いた。
「『ロックウォール』!!」
ミノタウロスの直前に、厚く巨大な石の壁がそそり立つ。轟音とともに巨躯が激突し、壁が震えた。その瞬間、身軽なミアが石壁を蹴り上げて頂上へと跳ぶ。
「逃がさないわよ!」
空中から放たれた二連の矢が、ミノタウロスの背中に深く突き刺さった。だが、巨獣は激痛に怯むどころか、さらに筋肉を膨張させて咆哮を上げる。
「っ……あんなに深く刺さったのに、びくともしないなんて! やるなーー!」
ミアが着地しながら毒づく。ミノタウロスの赤い瞳は、石壁越しにショウたちを捉え、さらに深い殺意を宿して燃え上がっていた。
ミノタウロスは、背中の痛みに逆上したかのように全身の毛を逆立て、咆哮を上げた。
「オオォォォォォン!!」
もはや狙いも何もない。怒りに任せて巨大な大槌を無差別に振り回し、周囲の岩壁を粉砕していく。
「今だ、動きを止めるぞ!」
アルクが鋭く踏み込み、渾身の飛ぶ斬撃を放った。青白い閃光がミノタウロスの足元を正確に捉え、その巨躯がガクリと膝をつく。
「ここだ!」
ミアの放った矢が、大槌を握るミノタウロスの手首を射抜いた。
「グガッ!?」
握力が緩んだ瞬間を見逃さず、ショウが叫ぶ。
「いけっ、『ウォーターボール』!」
放たれた水の塊が、離れかけた大槌を強烈な圧力で吹き飛ばした。武器を失い、完全に無防備となった巨獣。
「僕だって、やる時はやるんだぁぁ!!」
ルークが剣を振り下ろす。渾身の重い斬撃がミノタウロスの胴体を深く切り裂いた。
だが、迷宮の番人はまだ倒れない。
「ガァァァ!」
ミノタウロスは最期の悪あがきと言わんばかりに、その鋭い角でルークを跳ね飛ばした。
「うわあああ!」
ルークが後方へ吹き飛ぶのと同時に、後衛の三人が一斉に魔力を解放する。
「これで……終わりだ!」
ショウが唱える。
「『ロックキャノン』!!」
「『ウィンドカッター』!!」
ゼルクスとルーナの風の刃が重なり、ショウが放った巨大な岩の弾丸を加速させる。三つの魔法が合わさった衝撃がミノタウロスの胸元に直撃し、凄まじい爆煙が上がった。
それでもなお、ミノタウロスは執念を見せた。煙の中から血を吐きながら、最期の力を振り絞ってショウたちへ向けて突進してくる。
「往生際が悪いな」
その突進を横から遮るように、アルクが影のように滑り込んだ。
剣から放たれた巨大な飛ぶ斬撃がミノタウロスの巨体を深々と断つ。
ドォォォォォォォン……。
地響きを立てて、ようやくミノタウロスはその場に沈み、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……。やった、のか……?」
ルークが腰をさすりながら立ち上がる。
「ふぅ。なかなかしぶとい牛さんだったわね」
ミアが弓を収め、肩を回した。
アルクは剣の血を払い、倒れた巨獣を見つめながら言った。
「……ミノタウロスがいるなんて、やはり山の異変は想像以上だ」
ゼルクスはハット帽を被り直し、倒れたミノタウロスを悲しげな目で見つめていた。
「かわいそうに……熱気に当てられて、我を忘れていたんだねぇ」
「痛たたた……あの角、本当に岩みたいに硬かったよぉ……」
腰をさすりながら情けない声を出すルークに、ゼルクスがひょいと歩み寄った。
「おやおや、災難だったねぇ。ちょっとじっとして」
ゼルクスがルークの体にそっと手をかざすと、柔らかな光が傷口を包み込んでいく。みるみるうちに腫れが引き、ルークの表情に安堵が戻った。
「わあ、すごい! 全然痛くないや。ありがとうございます、ゼルクスさん!」
「いいってことよ。さあ、あまりのんびりもしていられない。先へ進もうか」
一行がさらに洞窟の奥へと歩を進めると、不意に視界が大きく開けた。
そこは、周囲の熱気とは対照的に、どこか静謐な空気が漂う広大な空間だった。中心には、天井から滴る雫が長い年月をかけて作り上げたであろう、透き通った水が溜まる池がある。
「……こんなところに、綺麗な池があるなんて」
ショウが杖の光で水面を照らす。揺らめく水光が洞窟の天井に反射し、幻想的な光景を作り出していた。
アルクが周囲の安全を確認し、剣を鞘に収めた。
「よし、今日はここでキャンプにしよう。この先はさらに険しくなるはずだ。しっかり体を休めておかないとな」
「賛成! お腹空いちゃったわ」
ミアが早々に荷物を下ろし、焚き火の準備を始める。
焚き火のオレンジ色の光が、険しい岩壁をゆらゆらと照らしている。アルクは地面に広げた古い地図を指さしながら、これからの過酷な道のりを説明し始めた。
「今はちょうど、このあたりだ。明日進めば、ようやくグリム・ハインの南門……つまり都市の入り口まで辿り着けるだろう」
「ようやく、入り口ですか……」
ショウは火を見つめながら、改めてこの山の広大さを実感していた。
「あぁ。南門からかつてのドワーフの街の中を突っ切り、反対側の北門を目指す。街といっても今は誰もいない廃墟だが、通行人の話じゃゴブリンや凶暴なモンスターが住み着いているらしい。一瞬たりとも気は抜けないよ」
アルクの指が地図の上を北へと辿っていく。
「北門を出てさらに進めば、ようやく山の上部……地上へと通じる出口に出るはずだ。そこから険しい斜面を下りきれば、目的地である魔法都市エリシオンに着く。」
「エリシオンまでまだまだかかりますね...」
ルーナが心配そうに口にする。
アルクの声が一段と低くなった。
「ルーナさんの言う通り、道のりはまだ長い。それに、これから通る街の跡地や北門付近こそが、もっとも『ヘル・ゲート』が目撃されている場所なんだ」
「……っ、やっぱり出るのか……。絶対、絶対会いたくないからね!」
ルークが自分の肩を抱いてガタガタと震え出す。それを見てミアが意地悪くニヤリと笑った。
「なによルーク、もし本物が出てきたら、恐怖で漏らしちゃうんじゃない?」
「も、漏らさないよ! 」
「……まあ、何事もないのを祈るばかりだねぇ」
ゼルクスが他人事のように呟きながら、ハット帽を深く被り直した。
「よし、話はここまでだ。明日に備えて、今夜は見張りを交代しながら休むことにする。一番手は俺がやる。ショウ君たちは先に休んでくれ」
アルクの指示に従い、一行はそれぞれの寝床へと潜り込んだ。パチパチという焚き火の音と、時折聞こえる池の雫の音だけが、静かな地下の夜に響いていた。




