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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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21話 水面に潜む魔物

ようやく辿り着いた渓谷の底は、先ほどまでの陽光が嘘のように薄暗く、ひんやりとした空気に包まれていた。切り立った崖が空を狭め、聞こえるのは轟々と流れる川の音と、自分たちの足音だけだった。


「静かですね……。まるでここだけ時間が止まっているみたいだ」


ショウが呟きながら、湿った岩場を慎重に歩む。

その時だった。

ザバァッ! と、前方の川面が大きく爆ぜた。

水しぶきの中から躍り出たのは、鈍い緑色の鱗に覆われたリザードマンだ。その身の丈は人間よりも一回り大きく、瞳は爬虫類特有の縦長で、手には無骨な鉄の槍を握っている。


「前方に二体、後ろには三体か……。囲まれちゃったね」


アルクが冷静に、だがどこか落ち着かせるような優しい口調で告げた。背後の水面からも、次々と鱗の怪物が姿を現している。


「いいかい、みんな。こいつらは見た目以上にすばしっこいんだ。手に持つ長い槍の間合いには注意して。それと、口から出す酸の強い液を浴びないように。……尻尾を切り落とせば、動きは鈍くなるよ。後ろの三体は僕とショウさん、前はミアとルーク。ルーナさんは状況を見て、魔法で援護をお願いできるかな?」


「了解です!」


「任せて!」


四人が一斉に武器を構えた。

アルクが地を蹴り、流れるような動作で背後のリザードマンへ肉薄する。鋭い突きを最小限の動きでかわし、すれ違いざまに一閃。


「ギャッ!?」


リザードマンの太い尻尾が、音もなく地面に転がった。バランスを崩し、苦悶の声を上げる魔物。


「今だよ、ショウさん!」


「いけっ、『ファイアボール』!」

ショウが杖を振るい、凝縮された火球を放つ。尻尾を失い動けないリザードマンの胸元に直撃し、爆炎が鱗を焼き尽くした。

一方、前方の戦場ではミアが躍動していた。


「よっとぉ!」

彼女はまるで見えないバネがあるかのように軽やかに跳ね、宙を舞う。空中で体をひねりながら、目にも止まらぬ速さで二射。矢は正確にリザードマンの目を射抜いた。


「わ、わああ! ここだぁ……!」


ルークが腰が引けながらも、必死に剣を突き出した。がむしゃらに振るった一撃が、怯んだリザードマンの胴を深く切り裂く。

だが、残った一体がルークの隙を突き、大きくあぎとを開いた。


「グルアァ!」


喉の奥から、ドロリとした緑色の酸がルークを目掛けて放たれる。


「あ、うわっ……!」


「させないわ! 『ウォーターウォール』!」


ルーナの声と共に、ルークの目の前に透き通った水の壁が立ち上がった。

シュゥゥゥッ! と激しい音を立てて、酸の液が水の壁に阻まれ、無力化されていく。


「た、助かった……ルーナさん、ありがとうございます!」


連携がうまく噛み合い、数分のうちに河原には静寂が戻った。


「ふぅ……みんな、怪我はないかな?」


アルクが剣を納め、穏やかな微笑みを浮かべて仲間の顔を見回す。


「余裕余裕! ちょっと準備運動にもならなかったかな」


ミアはケロッとした顔で、弓の手入れを始めている。


「び、びっくりしました……! 心臓が止まるかと思った……」


ルークは剣を握っていた手の震えを隠すように、大きく息を吐いた。


「うまく行きましたね。私の魔法も間に合ってよかったです」


ルーナが少し上気した顔で微笑むと、ショウも頷いた。


「皆さんお疲れ様です。初めての本格的な共同戦線でしたけど、うまく連携が行きましたね」


ショウは仲間たちの顔を見ながら、微笑んだ。

リザードマンとの戦いを終えた一行は、再び川に沿って歩き始めた。

渓谷の道は、進むほどに険しさを増していく。川縁には水飛沫を浴びて苔むした巨大な岩が乱立し、五人の行く手を阻んだ。


「うわっ、ととと……! 滑る、ここ絶対滑るよぉ!」


ルークが今にも川に落ちそうな足取りで、必死に岩にしがみつく。


「もう、ルーク。そんなに腰が引けてたら余計に危ないよ。ほら、私みたいにポンポンってリズム良く行かなきゃ」


ミアはリュックの重さを微塵も感じさせない身軽さで、岩から岩へと軽やかに飛び移っていく。


「ショウさん、大丈夫? 手を貸そうか?」


「あはは、ありがとうルーナ。でも、これくらいは自力で頑張るよ。……おっと!」


ショウもグラつく岩に苦戦しながら、杖を支えにして一歩ずつ踏みしめていく。その横を、アルクが事も無げな様子で、滑りやすい岩場を平地のように歩いて追い抜いていった。


しばらく歩くと、轟々という地響きのような音が聞こえてきた。前方には、崖の上から白銀のカーテンのように降り注ぐ巨大な滝が姿を現す。


「この滝の裏を通るよ。飛沫で視界が悪いから、前の人の背中を見失わないように」


アルクの指示に従い、一行は滝の裏側に作られた細く濡れた道を進んだ。降り注ぐ水の勢いと冷気に圧倒されながらも、そこを抜けると、ようやく渓谷の対岸へと辿り着いた。


そこから急な斜面を這うようにして登りきると、目の前には空を覆い尽くすほどの巨木が並ぶ、深い原生林が広がっていた。


「……よし。今日はこのあたりでキャンプにしよう。これ以上進むと日が暮れて、視界が完全に奪われてしまうからね」


アルクの言葉を聞いた途端、ルークがその場にへたり込んだ。


「キャンプの準備を分担しようか」


アルクが穏やかな口調で指示を出す。


「ルークとミアは、さっきの川の支流で夕食の魚を釣ってきてくれるかな。ルーナさんは、焚き火の準備をお願い。ショウさんと僕は、夜の間に魔物に襲われないよう、周囲の安全確認と見回りをしてくる」


「釣りなら任せて! ルーク、どっちが早く大物を釣れるか勝負だよ!」


「えぇっ、勝負なんて……。あ、待ってよミア!」


疲れを感じないミアに引きずられるようにして、ルークが森の奥へと駆けていった。


「じゃあ、私は火を起こしておくわね」


ルーナが慣れた手つきで枯れ枝を集め始める。


「それじゃあ、ショウさん。僕らも行こうか。……無理はしなくていいから、僕の少し後ろをついてきて」


「はい、よろしくお願いします、アルクさん」


ショウとアルクは、静まり返った原生林の中を慎重に進んだ。


「気をつけて、ショウさん。このあたりは魔物の気配は薄いけれど、野生動物の通り道になっているようだ」


アルクの言葉通り、茂みの奥で何かが動く気配がした。ショウが杖を構えると、立派な角を持つ野生の鹿が姿を現す。

ショウは魔法を放った。狙い違わず放たれた一撃が鹿を仕留め、二人はそれを担いでキャンプ地へと戻った。


「ただいま。夕食の肉が手に入ったよ」


ショウたちが戻ると、そこには満面の笑みを浮かべたミアが待っていた。 


「おかえり! 見て見て、じゃーーーん! こんなに大きな魚が釣れたよ!」


ミアが掲げたのは、丸々と太った見事な川魚だった。


「……僕は、こんなに小さいのしか釣れませんでした」


隣でルークが、手のひらサイズの小魚を見せながら力なく笑う。


「ショウさんは鹿を獲ってきたんですね! すごい」


ルーナが感心したように目を輝かせ、手際よく荷物を広げた。


「近くに食べられる木の実と薬草も見つけたので、一緒に料理しましょう。きっと元気が出ますよ」


ルーナが腕を振るい、鹿肉の香草焼きと魚のスープが並んだ。原生林の静寂の中、五人は初めての野営の味を噛み締め、旅の疲れを癒やした。


――夜。

見張りは二人一組のローテーションで行うことになった。ショウとアルクが焚き火の前に座り、静かに森の闇を見つめる。


「……疲れてないかい?」


アルクが、パチパチとはぜる火を見つめたまま、穏やかに問いかけてきた。


「はい、大丈夫です。心地よい疲れというか」


「そうか。……ショウさん、例のゴブリン騒動の件で、ギルファーを捕らえてくれたのに申し訳ないことをした。スカルロザリオに関する情報を口を割らせる前に、命を奪われてしまったからね」


アルクの表情に、わずかな悔恨の影が差す。


「あの騒動の最中、正門で出会った青白い肌の男を覚えているかい? あいつは『無慈悲のエルロン』と呼ばれる男だ。異質の魔法を使う、極めて危険な存在だよ」


ショウは息を呑んだ。あの時の威圧感は、やはり普通の魔法使いではなかったのだ。


「それから……君がアルト村で助けた二人のことだけど。今、君の下宿にいるのは知っているよ」


アルクはショウの目を見据え、隠し事など最初から不可能だと言わんばかりの冷静な口調で続けた。


「村で君と一緒に戦ったカイトくん。そしてもう一人は、エストリアのセシリア様だろう?」


ショウは驚きに目を見開いたが、アルクの眼差しには敵意も詮索もなく、ただ事実を事実として受け止める深い包容力があった。


「驚かせたね。でも安心していい、誰かに言いふらしたりはしない。」


「…アルクさん、あなたはどこまで……」


ショウが言葉を失っていると、アルクは焚き火の爆ぜる音に声を乗せるように、静かに言葉を繋いだ。


「エストリアという街はね、ショウさん。あそこは古い血筋を重んじる場所で、セシリア様の一族は特別な高身分なんだ。その中でもセシリア様は『かんなぎ』という役割を持って生まれてこられた」


アルクは夜の森の奥を見つめながら、その使命の重さを説く。


「時期がくれば各地を回り、その身に宿した治癒の加護で人々を救う……それが彼女の背負った使命なんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、ショウの脳裏にアルト村での光景が鮮明に蘇った。あの時、大怪我を負った少女アリナを救った不思議な光。ショウはあの日、魔法とは違う、もっと根源的で温かい力を目の当たりにしたことを確信した。


「彼女は、神に近い力を持つ人なんだ」


アルクの言葉は重かった。


「今は『スカルロザリオ』の動きもある。王都の君の下宿にいることが、彼女にとって一番の安全だと判断し、これまで監視……いや、見守らせてもらっていたんだよ」


ショウは動揺を隠せないまま、一つ気になっていたことを口にした。


「……あの時、お城の中で会ったシオンという騎士も、彼女のことを知っているんですか?」


アルクは少し困ったように眉を下げ、苦笑した。


「ああ。シオン殿は、セシリア様の実のお兄さんだよ。……非常に優秀だが、ひどく難しい人だね。でも安心していい、彼は今、一族に対して彼女の居場所を伏せてくれている。口止めをしてくれているんだ」


「そこまで……教えてくれるんですね。僕に」


ショウの問いに、アルクは真っ直ぐに視線を返した。


「君は、誰に言われるでもなく命を懸けて彼女たちを守った。そんな君は、僕にとって心から信用できる人だよ。下宿のオーナーとして、これからも彼女を頼む。……僕も、僕にできる限りの力を貸すと約束するよ」


ショウが抱えていた秘密を共有し、アルクという強くて優しい理解者を得たことで、ショウの心は旅に出てから一番軽く、そして強く定まった。二人は信頼を確かめ合うように夜の見張りを交代し、夜を越えた。


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