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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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19/30

19話 旅の始まり

王都の正門が見えてきた頃、アルクは剣の柄に手をかけた。


「……静かすぎるな」


門の付近には、避難する群衆の喧騒とは無縁の、異質な静寂を纏った男が一人いた。

青白い坊主頭。漆黒のフード。一切の感情を削ぎ落とした、死神のような男がいた――


アルクが立ち塞がる。彼は腰に二振りの剣を佩いているが、抜き放ったのは常用している標準的な一振りのみ。もう一振り、腰の後ろに鎮座する名剣にはまだ手をかけない。だが、その構えは十分に鋭かった。


「……止まってください。何者だ」


アルクが剣を構える。

男は無言。ただ、冷たい風が吹くようにショウたちの横を通り抜けようとする。


「出すわけにはいかない!」


アルクが地を蹴った。迅雷の如き一撃が男の首筋を襲う。

男は最小限の動きでそれをかわすが、アルクの執念の剣先が男の肩口を掠め、魔導衣を裂いた。


そこから覗いたのは、不気味な**「青いバラ」**の刻印。

「スカルロザリオの……幹部か!!」


アルクの叫びに、男は初めて視線を向けた。


「……邪魔だ」


その一言とともにその男は一瞬で姿を消した。


「くそ...逃げられたから」


「……地下監獄だ、急ぐぞ!」


アルクの嫌な予感は、最悪の形で的中した。

監獄へ駆け込んだ彼らが目にしたのは、心臓を一突きにされ、椅子に座ったまま絶命しているギルファーの姿だった。


昨夜の嵐のような狂乱が嘘のように、王都に朝の光が差し込んでいた。

懸命な消火活動により、森の火の手は無事に鎮火。王都付近で暴れていたゴブリンの残党も、衛兵と冒険者たちの連携によってほぼ撃退された。しかし、王都を包む空気は依然として重い。


ショウは「サクラソウ」の食堂で、カイト、アリナ、セシリア、そしてルーナを集め、昨夜の真実を告げた。


アリナが小さな声で口にした


「……信じられない。監獄の中にまで侵入するなんて..」


「なぜ仲間であるギルファーを殺したのか、その真意はわからない。でも、スカルロザリオの幹部がすぐ近くまで来ていることは確かだ。みんな、しばらくは一人で行動しないでくれ」


特にセシリアは、その話を聞いてから一層顔色を悪くし、黙って自分の手を見つめていた。


そこへ、宿の扉を開けて三人の衛兵――アルク、ミア、ルークが姿を現した。彼らは昨夜の泥や汚れを落とし、整った身なりでショウたちの前に立った。


「昨夜はお疲れ様、ショウさん! これ、王都からの正式なお礼だよ」 


ミアが快活な笑みを浮かべ、ショウに一通の書状を差し出した。それは、ゴブリン退治の功績に対する感謝状、そして何よりショウが望んでいた**『魔法都市エリシオン・ノヴァ・クレアへの紹介状』**だった。


しかし、アルクの表情は晴れない。


「……だが、問題がある。昨夜の騒動の際、北の大きな橋が完全に落とされた。修復には数日どころか、三週間はかかるだろう。エリシオンへの最短ルートは、物理的に断たれたということだ」


「そんな……一刻も早くレンとサクラを見つけたいのに」


ショウが拳を握りしめると、アルクが地図を広げて一つの案を提示した。


「一つだけ、道はある。橋のたもとから渓谷の下へと降りられる道があるんだ。そこを通り、険しい渓谷を抜ければ、エリシオンへと続く山道に出ることができる。……かなりの遠回りになるが、橋の復旧を待つよりは早く着けるはずだ」


「その渓谷を抜けた先には、この地方で最も高い山があるんだよね」


ミアが地図の北端を指さす。


その山の名は、『天穿山てんせんざんアイゼンヘイム』。


この地方で最も高い標高を誇り、雲を裂くようにそびえ立つその山は、熟練の旅人ですら足を踏み入れるのを躊躇う難所だ。


「アイゼンヘイム……。そこを越えれば、エリシオンですね」


「ああ。だが道中は昨夜の残党や、山岳地帯特有の魔物も出るだろう。……どうする、ショウ殿」


ショウは迷うことなく、アルクを真っ直ぐに見つめた。


「行きます。待っている時間はありません。……僕たちが、その道を切り拓きます」


「……そしてショウ殿、もう一つ伝えておくことがある」


アルクは真っ直ぐにショウを見据えた。


「我々三人――私とミア、ルークに、君たちのエリシオン到着までの正式な護衛任務が下った。我々がエリシオンまで同行する」


「え、アルクさんたちが……!?」


驚くショウに、ミアがいたずらっぽく笑う。


「そういうこと! 私たちの実力は昨日見たでしょ? よろしくね、ショウさん!」


「あ、あの……精一杯、足手まといにならないよう頑張りますから……!」


ルークも緊張で顔を赤くしながら、深く頭を下げた。

ショウは、腰に二振りの剣を佩いたアルク、弓を背負ったミア、そして必死に前を向くルークを見渡し、力強く頷いた。


「心強いです。……行きましょう。アイゼンヘイムを越えて、エリシオンへ」


出発は2日後と決まった。ショウはその間サクラソウの裏庭で心身を研ぎ澄ませた。


にした大杖『グラウンド・ウェッジ』は、驚くほど素直にショウの魔力を吸い上げる。


「水と炎だけじゃない……この杖ならいける」


オーウェンの店で買った初級魔法の教本を広げ、ショウは土と風の魔力を練った。

地面から鋭い岩を隆起させる土魔法。空気を切り裂き不可視の刃を放つ風魔法。


「よし。基礎は掴んだ」


新しい杖の感触を確認しながら、ショウは準備を整えた。


そして2日後の朝......


「私たちの留守の間サクラソウをよろしくお願いします」


ショウは残る3人に言った。

ショウとルーナは旅の物資を詰めたリュックを背負い、サクラソウを出た。


王都の正門付近。朝日を浴びて待っていたのは、アルク、ミア、ルークの三人だった。


「おはよう、ショウさん! こっちこっち!」


真っ先に声を上げ、大きく手を振ったのはミアだった。

透き通るような白髪のショートヘアが風に揺れ、大きな瞳が爛々と輝いている。服装は動きやすさを重視しながらも、白い肌がまぶしいミニスカートに軽装の革鎧を合わせた、年相応の可愛らしさと快活さが同居するスタイルだ。背中には愛用の弓を背負っているが、その身のこなしは驚くほど軽く、まるで重力を感じさせない。


「準備に時間かかるかなって思ってたけど、案外早かったね。優しい私たちが待っててあげたんだから、感謝してよね!」


ぐいぐいと距離を詰めてくる彼女だが、その瞳の奥には仲間を気遣う優しさが滲んでいる。


弓を肩にかけたミアが快活に笑い、大きな荷物を背負ったルークが「お、おはようございます!」と緊張気味に挨拶する。


その隣で、苦笑いを浮かべながら控えているのがアルクだ。

20代後半の整った顔立ちに、朝日に映える金髪。清潔感のある「強者の余裕」を感じさせる。


「ミア、あまりショウ殿を困らせない。……おはよう、ショウ殿、ルーナ殿。装備の馴染みはどうかな?」


冷静沈着で、常に周囲の状況に目を配る彼は、パーティーの精神的支柱だ。腰には二振りの剣を佩いているが、今はあくまで衛兵としての標準的な一振りに手をかけ、部下たちを優しく見守っている。


そして、少し後ろで大きなリュックに四苦八苦しながらも、必死に背筋を伸ばそうとしているのがルークだ。

黒髪の短髪で、整った顔打ちはどこか物語の主人公を思わせる輝きを秘めている。


「お、おはようございます……! その、僕も一生懸命……足手まといにならないように頑張りますからっ!」


今はまだ気弱で、自分の才能に無自覚な期待のルーキーのようだ。


ショウは、この個性豊かな三人の姿を見て、改めて胸が高鳴るのを感じた。


「……行きましょう。目的地はエリシオンです」


ショウの言葉に、アルクが短く、だが力強く頷いた。


「ああ。橋の落とされた街道を避け、渓谷からアイゼンヘイムを目指す。険しい道のりになるが、我々が君たちの道標となろう。……出発だ」


アルクを先頭に、ミアが軽やかに続き、ルークが慌ててその後を追う。

ショウとルーナもリュックを背負い直し、慣れ親しんだ王都の石畳を最後の一歩で踏みしめた。


巨大な正門を抜けると、目の前には広大な草原、そしてその遥か先に、雲を突き抜けてそびえ立つ天穿山アイゼンヘイムの巨影が待ち受けていた。

レンとサクラの手がかりを掴むため。

五人の新たな旅が、いま静かに、そして力強く始まった。













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