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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第1章

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16話 アーサー・テオ・ルミナス

天井は遥か高く、そこには王国の歴史を描いた巨大なフレスコ画が、柔らかな魔法の光に照らされている。左右に立ち並ぶ白亜の柱には、歴代の王たちの武勲を称える彫刻が施され、足元には深紅の豪奢な絨毯が、謁見者の歩音を吸い込むように敷き詰められていた。


その空間の最奥。

一段高い檀上に鎮座する玉座は、磨き抜かれた白銀と青い宝石で彩られている。そこに座っていたのが、この国の主、アーサー・テオ・ルミナスだった。


「ホッホッホ……わざわざ足を運ばせてすまなかったね。楽にしておくれ、ショウ殿」 


王の第一声は、緊張で強張っていたショウの心を解きほぐすような温かさだ。


王の声は、広大な広間に心地よく響いた。

ショウが恐る恐る近づくと、王は自ら腰を浮かせ、杖を突きながらゆっくりと階段を下りてきた。


近くで見れば見るほど、王の姿は「威厳」よりも「慈愛」に満ちていた。

腰まで届く長い髭は、手入れの行き届いた上質な絹糸のように白く輝いている。痩身な体躯を包む法衣のようなローブは、豪華ではあるがどこか清潔感があり、彼が放つ空気は、冬の朝の陽だまりのように穏やかだった。


「まずは、この国の王として礼を言わせてほしい。アルト村の件……凶悪なギルファーから、我が民を守ってくれて本当にありがとう」



王は深く頷き、それから好奇心に満ちた少年のようにな眼差しを向けた。


「さて。そのアルト村で一体何が起きたのか、君の口から詳しく聞かせてもらえないかな? 老い先短い私の、楽しみとしてな」


ショウは一度深呼吸をし、記憶を辿りながら話し始めました。背後ではシオンが冷たい視線を刺してきますが、今は目の前の王に真実を伝えることだけに集中した。


「……始まりは、アルト村の近くにある洞窟でした。俺は、離れ離れになってしまった仲間を探しにそこへ入ったんです。そこで偶然、ギルファーと遭遇してしまいました。あいつは……スカルロザリオのメンバーで、とても俺一人の手に負える相手じゃありませんでした」


ショウは、あの時の凍り付くような恐怖を思い出し、拳を握りしめた。


「必死で洞窟から逃げ出し、外で運良く商人の一団と出会いました。彼らの馬車に乗せてもらい、村へ急いだのですが……その途中の街道で、ギルファーが立ち塞がったんです。二刀流の曲剣を抜いて、もう逃げ場はありませんでした」


「ふむ……絶体絶命というわけだね」


「はい。でも、商人の皆さんやアリナが協力してくれたんです。彼らが必死に抵抗して時間を稼いでくれて……その隙に、俺は魔法を放ちました。本当に、あの方たちの助けがなければ、俺は今ここにいないと思います。……だから王様、俺一人の力じゃないんです。みんなの協力があったから、あんな恐ろしい奴を倒すことができたんです」


ショウは、カイトやセシリアがその場にいたことは伏せつつも、「自分一人の手柄ではない」という事実を切実に訴えた。


アーサー王は黙って聞いていましたが、ふと悪戯っぽく目を細めた。


「ホッホッホ……。商人たちとの共闘、そして見事な魔法。実に勇気ある行動だ。だが、私の耳に届いた報告では、そこにもう二人――妙に腕の立つ『若い男と女』がいたという話があったのだがね?」


その瞬間、ショウの心臓が跳ね上がりそうになった。


一瞬だけ視線が泳ぎ、どう言い繕うべきか迷う色が顔に出てしまいます。カイトたちとの約束を守らなければという焦りが、隠しようもなく表情に滲み出た。


ショウの「そこは聞かれたくない」という困惑を察した王は、それ以上追及することなく優しく微笑んだ。


「……まあ、よい。詮索はここまでとしよう。事情のない者などこの世におらぬし、君がその者たちを庇おうとするのも、また一つの『義』であろうからな」


王は杖で軽く床を叩き、改めてショウを称えた。

「理由がどうあれ、君がアルト村の民を救った事実は揺るがん。改めて、礼を言うよ。ありがとう」


アーサー王はそう締めくくると、穏やかな表情でショウを見つめた。


「さて、ショウ殿。この功績に対し、何かお礼をさせてほしい。」


ショウは困ったように頭をかきました。王様からの申し出はありがたいけれど、やはりどうしても自分一人が得をすることに抵抗があったのです。


「……あの、王様。さっきも言った通り、これは俺だけの力じゃないんです。だから、俺だけが何かをもらうっていうのは、なんだか……」


ショウは一度言葉を切り、商人たちの顔を思い出した。


もし、何かお礼をいただけるのでしたら……一緒に戦ってくれた商人さんたちにお願いしたいんです。ギルファーとの戦闘で、彼らの馬車に傷がついてしまったのです。彼らにとって馬車は生活のすべてなんです。だから、それを直すか、新しいものを用意していただけないでしょうか」


その言葉を聞いた瞬間、広間にいたドラムが感銘を受けたように唸り、冷徹なシオンですら微かに眉を動かした。

アーサー王は、慈愛に満ちた眼差しでショウを深く見つめた。


「ホッホッホ……。そなたは、自分のことより他人のことを優先する、誠に優しい人間よの。よろしい。その商人たちには、国から最高級の新しい馬車を贈ることを約束しよう」 


「本当ですか! ありがとうございます!」


ショウが心から安堵した様子で顔を輝かせると、王は今度は隣にいたアリナに視線を向けた。


「さて、そちらの小さき勇者よ。アリナと言ったかな? お主には何か、欲しいものはあるかな?」


アリナは突然振られた話に驚いて、一瞬きょとんとしましたが、すぐにぶんぶんと首を振った。


「えっ? 私!? ううん、私も大丈夫! 食べたいものも、下宿屋へ帰ればルーナさんが作ってくれるもん!」


そう言って無邪気に笑ったアリナでしたが、ふと思い出したようにショウの顔を見上げ、それから意を決したように王を真っ直ぐに見つめた。


「……あ、でもね、王様! 贈り物よりも、お願いがあるの!」


「ほう、願い事かな? 言ってみなさい」


「ショウね、本当はすっごく困ってるんだよ。大切な仲間と離れ離れになっちゃって、ずっと探してるの。王様なら、何か知ってるんじゃないかなって……!」


アリナの必死な言葉に、ショウは驚いて「アリナ……」と声を漏らしました。自分のことは後回しにしても、ショウのことだけは放っておけなかったアリナの優しさが、広い謁見の間に響き渡った。

アーサー王は、白い髭をゆっくりとなでながら、深く思案するように目を閉じた。


「……仲間と、離れ離れにか」


アーサー王は、懐かしむように目を細め、一人の女性の名を口にした。


「……私の古い友人でな、名をノヴァ・クレアという。今は、魔法都市エリシオンにある魔法大学で教鞭を執っておるよ」


アーサー王は、懐かしむように目を細めた。


「あやつは私と同じ70代だが、魔法の探求に余念がなくてな。濃い紫の髪を揺らしながら、今でも学生たちを厳しく導いておる。……少々気難しくて言葉のトゲは鋭いが、誰よりも生徒を想う良い教師だ」


「魔法都市、エリシオン……」


その名前を聞いた瞬間、ショウの脳裏に宿屋で働く少女の姿が浮かんだ。


(……エリシオン。確か、ルーナが行きたいって言っていた大学がある街だ。いつか魔法を勉強して、立派な魔導士になりたいって……)


ショウは、いつも健気に宿屋を支えてくれるルーナの夢を思い出し、不思議な縁を感じた。

王は自分の左目を軽く指差し、少し声を落として続けた。

「あやつは、片方の瞳に宿る**『千里眼』**で、この世界のあらゆる事象を視ることができると言われておる。その目が君の人探しにどう作用するかはわからんが、あやつほど『真実』に近い場所におる人間を、私は他に知らん。……ショウ殿、君にその教授への紹介状を約束しよう」

ショウが居住まいを正すと、王は穏やかに微笑んでだ。


「正式な紋章入りの招待状をしたためさせ、近日中にそなたの下宿屋『サクラソウ』へ届けさせよう。それまでは、旅の支度を整えて待っておいで」


アーサー王は優しく告げた後、思い出したように言葉を続けた。


「それとな、ショウ殿。ここから魔法都市エリシオンまでの道中は、決して平坦ではない。魔物の影も濃くなっていると聞く。……道中の安全のため、我が騎士団から腕利きの護衛をつけよう」


「護衛、ですか……?」


ショウは驚きましたが、同時に以前、宿の図書室にあった古い本でエリシオンの位置を調べた時のことを思い出した。


(……確か本には、ここから馬車でもかなりの日数がかかると書いてあったはずだ。険しい山を越えなきゃいけないし、一人じゃ心細いと思ってたんだ……。護衛がいてくれるなら、本当に助かるな)


「ありがとうございます、王様。護衛をつけていただけるなら、これほど心強いことはありません」


ショウは心から安堵し、深く頭を下げました。仲間探しの手がかりが得られただけでなく、その旅路の安全まで保障してくれた王の慈悲に、ショウは感謝した。


「ホッホッホ、期待しておるよ。ショウ殿、そしてアリナ殿。君たちの歩む先に、幸多からんことを」


アーサー王の温かい言葉を背に、ショウとアリナは深く礼をして、光り輝く謁見の間を後にした。


重厚な扉が閉まると、ショウは大きなため息をついて肩の力が抜けた。


「ふぇぇ……緊張したぁ! でもショウ、すごいや! 招待状だけじゃなくて、護衛さんまでつけてくれるなんて!」

アリナがぴょんぴょんと跳ねている。


「ああ……。魔法都市か。ルーナにも、いい報告ができるかもしれないな」


ショウは独り言のようにそう呟くと、胸の奥に秘めた願いを噛みしめた。


(……それに。ノヴァ教授の『千里眼』なら、ようやく、レンとサクラの居場所を掴めるかもしれない)


離れ離れになってから、ずっと消えることのなかった不安と焦燥。その霧の先に、ようやく一条の光が見えた気がした。


「――ふん。陛下も人が悪い。あのお方の元へ、護衛までつけて素人を送り出すとはな」


冷ややかな声が響き、見上げるとそこにはシオンが冷たい視線で二人を射抜いていた。


「シオンさん……」


「……ノヴァ・クレア教授。あの方の『眼』を侮るな。お前がさっき隠したことなど、あの人の前では裸にされるも同然だ。せいぜい、エリシオンに着くまでにその『嘘』を本当のことに変えておくんだな」


シオンは突き放すようにそれだけ言うと、マントを翻して歩き去っていった。


「……何なのよ、あの人! 感じ悪い!」


アリナがぷんぷんと怒る横で、ショウはエリシオンの方角をじっと見つめた。


「……行こう、アリナ。まずは宿に戻って、みんなに報告だ」

準備されていた馬車に乗り、サクラソウへと2人は帰っていった。


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