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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第1章

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13話 うまい肉を求めて

王都に帰還した翌朝、サクラソウに久しぶりの穏やかな陽光が差し込んだ。


ショウが階段を下り、庭に面した窓の外に目をやると、そこには朝露に濡れた芝を踏みしめるカイトの姿があった。


上半身を裸にし、包帯を巻いた体で一振りの木剣を振るっている。昨日の深手が嘘のように静かで鋭い振りに、ショウは思わず足を止めて見惚れてしまった。


「……あんな怪我をしてるのに、もう動いてるのか」


感心しながら食堂へ向かうと、今度は香ばしい焼き魚と出汁の香りが鼻をくすぐった。

厨房を覗くと、エプロンを締めたルーナと並んで、セシリアが慣れた手つきで野菜を切っている。


「おはよう、ショウ様! よく眠れましたか?」


「おはようございます、ショウさん。……ふふ、勝手に台所をお借りしてしまってごめんなさい。いてもたってもいられなくて」


セシリアが聖女のような微笑みを向けてくる。下宿屋の主として「利用者にやらせてしまった……」と苦笑いしつつ、ショウは慌てて彼女たちの輪に加わった。


「いえ、助かります。……せめて皿並べくらいは僕にやらせてください」


ショウは棚から人数分の皿を取り出し、手際よくテーブルに並べていく。カイトの分、セシリアの分、そしてルーナの分。昨日までとは違う、少し増えた食器の音が、サクラソウに新しい風が吹いたことを実感させた。


「そういえば、アリナは?」


「それが、何度か起こしに行ったんですけど……『あと五世紀寝かせて……』って枕を被っちゃって。相当お疲れみたいですね」


ルーナの言葉に、ショウは思わず吹き出した。あれだけの修羅場を共に潜り抜けたのだ、泥のように眠るのも無理はない。


「朝食が冷める前には叩き起こさないとな」


賑やかに響く包丁の音と、庭から聞こえる規則正しい素振りの音。

騒がしくも温かい、サクラソウの新しい「日常」が動き出していた。


朝食の湯気が立ち上る中、ようやく目を覚ましたアリナも加わり、全員がテーブルを囲んだ。

和やかな空気の中、ルーナがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、ショウ様たちが留守にしている間、王都のギルドや市場でこんな噂を耳にしました。ここから少し離れた南の森で、ホーンピッグの群れが目撃されたそうなんです」


「ホーンピッグか……」


確か、額に一本の鋭い角を持つ猪のような魔獣だ。


「ええ。その魔獣の肉は、この時期とても脂が乗っていて美味だそうで、王都の高級店でもなかなか手に入らない貴重なものらしいですよ」


その言葉に、カイトが少しだけ眉を動かした。


「ホーンピッグか。奴らは深い山に棲むはずだが、王都近郊の森に出るのは珍しいな……」


すると、焼き魚を頬張っていたアリナが、パッと顔を輝かせて提案した。


「ねえ、それならさ! カイトとセシリアの入居祝いに、そのお肉を獲りに行かない? せっかく新しい仲間が増えたんだし、パーッとお祝いしたいじゃない!」


「お祝い、ですか?」


意外そうな顔をするセシリアに、アリナは身を乗り出して続ける。


「そうそう! ちょうどここから半日くらいの場所だし、馬車を借りれば今日中に行って帰ってこれるわよ。ショウ、どうかな? 昨日の今日で疲れてるかもしれないけど、美味しいお肉のためなら頑張れるでしょ?」


アリナの食い気味な誘いに、ショウは苦笑しながらも、隣に座るカイトとセシリアを見た。新しい生活の門出に、自分たちで獲った最高の食材で食卓を囲むというのは、悪くない案だと思えた。


「そうだね。二人の歓迎会も兼ねて、一肌脱ぐとするか」


「決まりね! さあ、そうと決まれば準備しなきゃ!」


アリナの号令で、サクラソウの朝はにわかに慌ただしさを増した。昨夜の死闘が嘘のような、平和で、そして少し食欲をそそる冒険の幕開けだった。


「よし、場所は南の森ね! あそこなら道も整備されているし、馬車を飛ばせばちょうどいい距離よ」


一行は手近な貸し馬車を確保し、王都の南門を抜けた。街道沿いに広がる南の森は、王都の人々にとっては身近な場所だが、今回はその少し手前にある、冒険者や旅人がよく利用する古い宿屋を拠点にすることにした。


宿屋に到着すると、ショウたちは手際よく馬車を預け、余計な荷物を部屋へ運び込んだ。


「よし、ここを拠点にしよう。馬車を置いていけば、森の中でも身軽に動けるしな」


ショウが装備を整えながら言うと、カイトが静かに頷いた。


「賢明な判断だ。森の中では馬車の音は獲物を散らす。ここからは徒歩で向かうのがいいだろう」


宿屋で荷物を預けている際、恰幅の良い主人がショウたちに小声で教えてくれた。


「兄ちゃんたち、狩りもいいが、あの森の奥には大きくて綺麗な湖があるんだ。今の時期は水も澄んでいて最高だぞ。女の子たちも喜ぶんじゃないか?」


その言葉を小耳に挟んだアリナが、即座に食いついた。

「えっ、湖!? 行きたい! ひと泳ぎしたいわ!」


「まあ、素敵ですね。ぜひ行ってみたいです」


セシリアも目を輝かせ、ルーナも「私も、そんな綺麗な場所があるなら見てみたいです!」と賛成した。


こうして一行は、ホーンピッグの気配を探りつつ、まずはその湖を目指して森の中を進むことになった。


しばらく鬱蒼とした緑の中を歩いていると、どこからか「サラサラ」という涼やかな水の流れる音が聞こえてきた。その音を頼りに茂みをかき分けて進むと、突如として視界が開け、陽光を反射してキラキラと輝く広大な湖が現れた。


「わーーー! すごい、本当に綺麗!」


アリナは歓声を上げると、躊躇なく重い防具や装備をその場に脱ぎ捨てた。身軽な格好になるや否や、バシャバシャと勢いよく水の中へ飛び込んでいく。


「ふふ、気持ちいい! セシリア、ルーナ、あんたたちも早く来なよ!」


アリナに呼ばれ、顔を見合わせた二人も「お邪魔します……っ」とはにかみながら、装備を脱いで手軽な装いとなり、ゆっくりと水際へ足を踏み入れた。


透き通った水面に、三人の美女たちが戯れる光景。

水しぶきが午後の光に反射し、まるで絵画のような美しさがそこにはあった。


岸辺に残されたショウとカイトは、岩に腰を下ろし、その光景をぼんやりと眺めていた。


「……なあ、カイトさん」


「……なんだ」


「男に生まれて、本当によかったな」


ショウがしみじみと呟くと、普段は厳格なカイトも、今日ばかりはわずかに口角を上げて短く応じた。


「……同感だ。最高だな」


二人はしばし、戦いの緊張を忘れ、穏やかな時が流れる湖畔の景色に目を細めていた。


湖の冷たい水と戯れ、束の間の休息を楽しんでいた時だった。

対岸の茂みが激しく揺れ、数十頭ものホーンピッグの群れが、なりふり構わず湖際へと飛び出してきた。


「ホーンピッグだ! あんなにたくさん……!」


ショウが声を上げるが、何かがおかしい。獲物たちは食欲をそそるのんびりした様子ではなく、何かに怯え、死に物狂いで逃げているようだった。


その直後、群れの背後の樹木が、まるで小枝のようにへし折られた。

地響きと共に姿を現したのは、立ち上がれば優に三メートルは超えるであろう、鋼のような体毛に覆われた巨大な熊だった。


「あれは……!?」


「マウンテングリズリーだ」


ショウの驚愕の声に、カイトが低く、鋭い声で応じた。


「本来ならもっと標高の高い山にいるはずの魔獣。ホーンピッグたちは、あの化け物に追われてここまで逃げてきたのか」


マウンテングリズリーは、逃げ遅れたホーンピッグを一撃で叩き伏せると、血走った眼で湖のこちら側にいるショウたちを捉えた。


「みんな、遊びは終わりだ! 装備をつけろ!」


ショウの怒号が響く。


先ほどまでの緩やかな空気は一瞬で吹き飛び、アリナ、セシリア、ルーナの三人はすぐさま岸へ駆け上がると、脱ぎ捨てていた装備を素早く身に纏った。


「入居祝いに、あんな大きな『おまけ』は頼んでないんだけどね!」


アリナが剣を抜き放ち、不敵に笑う。


「カイトさん、体は大丈夫か?」


「問題ない。……あいつを仕留めねば、ゆっくり肉を味わうこともできそうにないからな」


カイトは腰の剣を静かに引き抜き、闘気を昂ぶらせた。

ショウもまた、掌に魔力を集中させ、対岸の巨大な影を見据える。


「魔法の練習には……少し荷が重すぎる相手かもしれないけど、やるしかない!」


五人は武器を構え、地を蹴った。水しぶきを上げながら、暴虐の巨獣が待つ対岸へと一気に駆け寄っていく。



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