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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき


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10話 赤い月

バジリスクが地を這うような勢いでスカルロザリオの男たちへ襲いかかった。


「ぎゃああああっ! 来るな、来るなァ!」


「助けてくれ、ひっ……がはっ!」


男たちの悲鳴と、肉が引き裂かれる嫌な音が背後で響き渡る。その隙を見逃さず、ショウは顔を上げ、天井付近の壁一点に意識を集中させた。そこからは、岩の隙間を縫って細い陽の光が差し込んでいる。


「あそこだ……あそこなら外に繋がっているはず!」


ショウは掌を突き出し、全魔力を込めて「圧縮された水」をイメージした。


「――『ウォーターボール』!!」


放たれた水の塊は、単なる魔力の弾丸ではない。岩をも穿つ超高圧の衝撃波となり、脆くなっていた壁を内側から爆砕した。


ズドォォォォォン!!


「よし、穴が開いた! みんな、急いで!」


ショウたちは崩れ落ちた岩の斜面を必死に駆け上がり、光の渦の中へと飛び込んだ。


眩い光に目を細めながら外へ出ると、そこは先ほどの入り口とは全く異なる、深い森の中だった。背後の穴からはバジリスクの咆哮と男たちの末路を告げる声が漏れてくるが、ショウたちは振り返ることなく森を駆け抜け、やがて開けた川辺へと辿り着いた。


「はぁ、はぁ……。ここまで来れば、とりあえずは大丈夫……かな」


ショウが膝をついて息を整えると、カイトが肩に担いでいたアリナをそっと岩場に座らせた。彼女の足に刺さった矢は逃走中に抜けていたが、傷口からはまだ血が滲み、顔色は青白い。


「アリナさん、動かないで。」


セシリアがアリナの前に跪き、その傷口にそっと柔らかな白皙の手をかざした。


「――『聖天の慈光せいてんのじこう』」


セシリアが囁くように唱えると、彼女の手のひらから見たこともないほど濃密で清らかな光が溢れ出した。それは一般的な治癒魔法とは明らかに一線を画す、神々しささえ感じさせる輝きだった。


「え……っ!?」


アリナが驚きの声を上げる。深く抉れていたはずの傷口が、まるで時間を巻き戻したかのように瞬時に塞がり、出血も、そして泥汚れさえもが消え去ってしまった。上級治癒魔法、それも最高位に属するほどの奇跡だ。


「……ふぅ。良かった、痛みはもうありませんか?」


セシリアが微笑むと、アリナは自分の足を触りながら呆然と呟いた。


「……すごい。痛みどころか、疲れまで取れちゃったみたい。これ、ただの治癒魔法じゃないよね……?」


それを見たカイトが、誇らしげに、しかし少しだけ複雑な表情で口を開いた。


「ああ。セシリアは治癒魔法にものすごく長けていてな……。単なる魔法の才能っていうより、もっと別の、少し異質な力を持っているんだ」


カイトの言葉に、セシリアは少しだけ寂しそうに目を伏せた。

彼女の持つその「異質な力」こそが、名家である彼女の家が彼女を執拗に追い、裏組織まで雇って連れ戻そうとする本当の理由なのかもしれない。


川辺で一息ついたのも束の間、ショウたちは再び森を抜け、見通しの良い街道へと出た。

そこには、数台の馬車と、慌ただしく立ち働く男たちの姿があった。


「あれは……」


ショウが目を凝らすと、そこには前輪を新しく付け替え、ちょうど修理を終えたばかりの大きな馬車が止まっていた。村の宿屋で聞いた「車軸が折れて立ち往生している一行」に違いない。


さらに周囲には、数人のアルト村の衛兵たちが警戒にあたっていた。


「おーい! あんちゃんたち、アルト村にいた連中だな。こんなところで何をしてるんだ?」


一人の衛兵がショウたちに気づき、不思議そうに声をかけてきた。だが、その表情はすぐに険しくなる。


「あんまりうろつかん方がいいぞ。ここら一帯に、武装した怪しい奴らが入り込んでいるという報告が入っているんだ。俺たちも警戒を強めているところでな」


衛兵が真剣な顔で注意を促していると、馬車の影から恰幅のいい、いかにも商人といった風貌の男が顔を出した。彼は修理が終わったばかりの前輪を満足げに叩くと、ショウたちを見て人の良さそうな笑みを浮かべる。


「おや、そこの若者たち。ちょうどいい、もうすぐ日が暮れる。この馬車も今しがた修理が終わったところだ。アルノ村に戻るなら、ついでに乗せていってやろう。こんな物騒な噂があるんじゃ、歩きは危ないからな」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「さあ、みんな、乗り込んでくれ。急がないと日が暮れるぞ!」


商人の威勢のいい声に促され、ショウたちは馬車の客車へと乗り込んだ。馬車がゆっくりと動き出すと、その周囲を3人の衛兵が馬に乗り、警戒しながら守護する形をとった。


揺れる馬車の中で、商人は自身の膝を叩きながら語り始めた。


「実は数台の馬車でアルト村へ荷を運びに行く途中だったんだが、この街道でこの一台だけが脱輪しちまってね。 仕方ないから、壊れていない他の馬車に荷を積み替えて先に村へ向かい、一晩宿泊することになったわけだ。ようやく今日、修理が終わってね」


商人はやれやれと首を振った。


(……やっぱり、宿屋の主人が言っていたのはこの人たちのことだったんだな)


ショウは、昨夜の宿屋での出来事を思い出した。商人の一行が先に村に入って部屋を埋めてしまったせいで、自分とアリナは同室になるしかなく、あろうことか酔ったアリナが突然服を脱ぎ捨て、その裸を目の当たりにしてしまったあの衝撃の展開を。


(……ということは、この馬車がここで故障したせいで、あの騒動が起きたのか。アリナの裸を見て僕が死ぬほど気まずい思いをしたのも、元を辿ればこいつらのせいだったんだな……)


ショウが密かにそんな恨み言を頭の中で並べていると、商人が不思議そうに問いかけてきた。


「それにしても、あんたたち。なぜあんな険しい森の中から出てきたんだ? 普通の旅人が通るような道じゃないだろう」


ショウはこれまでの経緯――スカルロザリオという組織に狙われ、洞窟へ追い詰められたことを簡潔に話した。


「……何だって!? スカルロザリオだと!?」


商人達は顔を引きつらせ、窓の外の闇を怯えたように見やった。


「あいつらが、スカルロザリオのメンバーだったのか……。恐ろしいな、そんな連中に目をつけられるなんて。道理で衛兵たちがピリピリしているわけだ」


「はい。でも、洞窟にいた連中はバジリスクが……」


ショウが説明を続けようとした、その時だった。

ギィィィィィッ!!


走行中のはずの馬車が、車輪を悲鳴させながら急停車した。凄まじい衝撃に、セシリアがショウの腕にしがみつく。

「な、なんだ!? また故障か!?」


商人が叫ぶが、外からは衛兵たちの「貴様、何者だ!」という怒号と、直後に続く短い悲鳴が聞こえてくる。ショウが咄嗟に窓から外を覗くと、そこはこの土地特有の、切り立った岩壁に挟まれた起伏の激しい細道だった。

その狭い道の行く手を阻むように、突き出した岩の上に「その男」はいた。


返り血を浴び、ボロボロの身体を引きずるようにして、二振りの曲刀を握りしめた傷の男。月光に照らされたその顔は、煮えたぎるような怒りと執念で、鬼のように歪んでいる。


「……見つけたぞ……ッ! 」


男の咆哮に近い声が、岩壁に反響する。

馬車を護衛していた衛兵たちは、男の右腕の袖に刻まれた「ドクロとバラ」の紋章を認めると、顔色を失いながらも槍と剣を構えた。


「くっ、あの紋章……スカルロザリオか!? 全員、戦闘準備だ!」


一人の衛兵が、馬車の窓越しにショウたちと商人へ向かって叫ぶ。


「おい、あんたたちはこの隙に馬車を回して逃げろ! ここは俺たちが食い止め――」


だが、衛兵が言葉を終えるよりも早く、傷の男が懐から黒い球体を取り出し、無造作に投げ放った。


「逃がすかよぉッ!!」


ドォォォォォンッ!!!


凄まじい爆発音が鼓膜を震わせ、大地が激しく揺れた。投げられたのは強力な爆弾だ。


爆風が吹き荒れ、衝撃で脆くなっていた周囲の岩壁が轟音と共に崩落していく。巨大な岩塊が次々と街道に降り注ぎ、馬車が来た道も、そしてアルト村へと続く前方への経路も、無惨に塞がれてしまった。


「なっ……なんだと……! 道が……!」


商人が絶望したような声を上げる。

崩れた岩の壁によって、ショウたちはこの狭い空間に閉じ込められる形となった。

煙が立ち込める中、岩の上から音もなく飛び降りた傷の男が、剣を鳴らしながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「ハハハ……これで邪魔は入らねえ。……さあ、地獄を始めようぜ」


「アリナ、商人とセシリアさんをお願い!」

ショウはアリナに叫ぶと、再び彼女の剣を力強く握りしめた。


「任せたよ、大家さん。……カイト、死ぬんじゃないよ!」


「ああ、わかってる!」


カイトも鋭い視線を男に固定し、重心を低く落とす。二人は傷の男を正面に見据え、戦闘態勢を整えた。

その前を塞ぐように、3人の衛兵が傷の男を包囲する。


「動くな! これ以上抵抗すれば容赦は――」


「雑魚が、俺を誰だと思ってる……!」


男が低く吐き捨てると同時、衛兵たちが一斉に斬りかかった。槍と剣が四方から男を突き刺そうとする。しかし、傷の男の動きは、もはや深手を負った人間のそれとは到底思

えないほど凄まじいものだった。


「死ねぇッ!!」


男の二振りの曲刀が、夜の闇に赤い軌跡を描いた。


一振りが槍を弾き飛ばし、もう一振りが鎧の隙間を的確に断ち切る。


「が……はぁっ!?」


力の差はとてつもなかった。熟練の衛兵たちが、まるで赤子のように一瞬でなぎ倒され、道に転がされる。


男は血に濡れた刃を振り払い、立ち込める煙を切り裂くようにしてショウとカイトの目の前へと現れた。


「……さて。邪魔者は消えた。次はお前らだ」


月明かりの下、二振りの刃をだらりと下げた男の瞳が、狂気と憎悪で真っ赤に充血している。ショウとカイト、そして執念の刺客。狭い岩の谷間で、三人の影が長く伸びて重なり合った。


「ハハハ……! お前らをぶち殺して、その女を雇い主のところへ引き渡せば、俺にはたんまりと金が入る。仲間を失った分も上乗せしてな!」


男は、狂ったような笑みを浮かべ、二振りの曲刀を交差させた。


「……地獄へ行く前に、お前らを殺す男の名前ぐらいは教えてやる」


男は一歩、重く踏み出すと、低く掠れた声で自らの名を口にした。


「俺は**『赤月のギルファー』**。


その名が静寂の中に響いた瞬間、地面に倒れ伏していた衛兵の一人が、恐怖に顔を引きつらせて声を絞り出した。


「……赤月の、ギルファーだと……!?」


衛兵の体はガタガタと震え、握っていた槍の柄がカチカチと音を立てる。


「こいつ……間違いない。数年前、ある村の住人全員を、子供まで含めて一人残らず切り裂いて殺したっていう、あの極悪非道の賞金首だ……! そんな狂った人殺しが、スカルロザリオの薔薇を纏っているのか……!」


ギルファーが構えた二振りの曲剣は、返り血で赤く染まり、**空に浮かぶ月がその血に染まった刃を妖しく照らし出している。**まるで月そのものがギルファーの狂気に呼応し、これから流される血を待ちわびて赤く輝いているかのようだった。


「ククク……そうだ。俺の刃は慈悲を知らねえ。薔薇の棘に触れる奴は全員、その身をズタズタに引き裂かれる運命なんだよ。……さあ、刻んでやるぜ!」


血を吸って鈍く光る曲剣が、月光を反射して不気味に揺れる。圧倒的なオーラが、狭い街道を支配していった。

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