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旅と命とドラゴンと  作者: 夜迷ハル
序章-出立-
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4話 正す者




目を開く。今日は最近見続けた悪夢を見なかった。


そんな事に驚く、頭の中がスッキリしている。

少しは前向きになれたのかもしれない。


身体を起こして、窓の外を少し見てみる。


まだ朝日が上りきる前だ、ほの明るい村の風景と涼し気な風が俺の黒髪を撫でる。


今日は、良い旅立ちの日になる。


そんな気が何となくしていた。




外へ行く準備をパパっとしてしまうと、俺は宿を後にする


あの個性的な店主や、天使のような微笑みの女給とも暫くの別れだ、少し名残惜しげに鍵をカウンターへ置いてゆく。


誰もいない村の通りを抜けていく、まだ寝静まっている村の静寂の中、俺のブーツの音だけがザクザクと反響している。


軽い伸びや、ストレッチをしながら通る道はとても心地よかった。



歩き続けていると、踏みしめられ、草の刈られただけの街道は石畳で舗装されたしっかりとした道になる。


道の先を見やってみると、少し山を下った先には、中央を大きな川が分かつ美しい町並みが見えてきた。


あれが目的地の町、ウェストリバー。


聖王国へ向かう人々が集う町らしく、遠目からでも賑わっていることが分かった。


新しい場所を知ることに、わくわくとしている自分がいるのがハッキリ分かる。乾いていた知的好奇心に注がれた潤いに、鼓動が早まっているようだ。


笑みを零すと、俺は町に向かって駆け出していた。







そして、俺がたどり着く頃には太陽も登りきり、暖かな陽光が町並みを照らしている。


街道の先では町に入る為なのか、検問の様なことをしているらしい。


鎧を身にまとった衛兵たちが町に入ろうとする人々から何かを聞いているようだ。


その列はおおよそは8組分程になり、俺はその最後尾に並んだ。前を見てみると、どうやら俺と同じ村から来ている商人もいるらしい。


あのでっぷりと肥えた腹は印象的だったから覚えている。



そんなことを考えながら暫く自分の番が来るのを待っていると、突然の怒鳴り声と共に列がざわめきはじめた。


何かと思い前を見やると、どうやら先程の商人と衛兵が口論をしているようだ。




「貴様…吾輩が誰だかわからんのか?!」


「規則は規則です!どなたであってもこの町に入るのであれば通行料を払っていただかないと…!」


…なんだ、金銭トラブルか、商人ともあろう人間が情けのないことだ…。


「吾輩は”ロッゾ・ボーロン”。この辺りで吾輩の名を知らぬものは居らぬ豪商だぞ!!」


「そんな吾輩から通行料など…不敬にあたる!」


そのロッゾと名乗る男は衛兵に詰め寄りながら、そう大きな声を上げている。衛兵は既に呆れているようで、首を傾げながらため息をついている。


周りは先程からざわめいていたが。その名前が出ると、話題は一気にロッゾに注がれた。


どうやら、ロッゾと言うのは商人の中では知れた名前のようだった。


ただ、俺からしたら関係の無い事。


「通行料を払う気がないなら、他所の町に行ってくれ、後ろも困っている」


正直この横柄な男の態度に腹が立っていた俺は、気がつけば、文句が口から滑り出していた。


ロッゾは俺の言葉を聞くと、こちらに振り返り睨みつけてくる。


嫌な性格がにじみ出るような細い目を更に細めて、脂汗の滲む額いっぱいに筋を浮かべて憤怒を表している。


「こんのガキ…何をいっておる?!」


「決まりは決まりだ、誰であっても例外なんてない」


俺は1歩も引かずに言い返す。間違っているものは間違っている、正せるのなら正したい。そんな正義感が訴えていた。


たが、そんな正義感はロッゾには届かず、奴の醜悪な面を引き出すことになった。



ロッゾが顎で俺を指すと、馬車から一人の大男が降りてきて、俺をじっと睨みつけてくる。


男は浅黒い肌と、まるで丸太のような太さの剛腕を持つ男で、身長は俺より倍ほどにあった。


周囲の視線もその大男に注がれていた。


「ディアン、このガキだ…この生意気なガキを躾てやれ」


男の名はディアン、呼ばれればディアンは大人しく頷き、俺を見下すようにいやらしい視線を向けた。


そんな時、一人の衛兵が現れて、ロッゾの前に立ち塞がった。


「…おい、お前ら俺がそれを見逃すと思っているのか…?」


衛兵は厳しい口調でロッゾにそう伝えるが、聞き入れる様子はなく…。


「黙らせろ」


ロッゾの指示でディアンが動く。

ディアンはその衛兵の横面を裏拳で思い切り打った。


兜を拳が打つと、グシャっと嫌な鈍い音が響く。

それと共に観衆の中からも悲鳴が聞こえてきた。


(衛兵相手に手を出すのか…?…こいつマトモじゃないな。)


衛兵は打たれれば意識を失い。姿勢を崩してそのまま地面に倒れる。そんな衛兵の姿にニタリと笑みを浮かべると、ディアンは足で衛兵の頭を踏みつけにした。


「衛兵は殺すな、殺るならそのガキだけにしろ」


ロッゾが口を挟む、自らの手を汚さず、他者を傷つけるその様には反吐が出る。


ディアンは落胆したような表情を見せると、足を退けてこちらを見る。


まるで獲物を狙うような鋭い視線が身体に刺さって気持ちが悪い、獰猛な獣のような殺気だ。


距離はそこまで離れていない。まさに一触即発。




俺は様子を伺い、先に動き出したのはディアンだった。


まるで丸太ような太い腕が、唸りを上げて迫り来る。


思い切り頭を殴られれば一溜りもない。そうなれば衆人観衆の中とはいえ、殺されてもおかしくは無い。


死の圧力がのしかかる。呼吸が重たくなる。だが。





───黒龍と比べれば、なんてことは無い相手だ。



不思議な余裕が、笑みになる。



大振りな拳の一撃、2回りも小柄な俺に、真っ直ぐに振り下ろしてくる。


俺は、前に踏み込み。身を小さくして。”逸らす”


逸らした半身のすぐ横を、太い腕が勢いよく通り抜けた。拳風が耳元で弾けて、吹き抜けた。


奴の体重が乗った拳は、打ち据える先を失い。そのまま宙を切る。抑えられない力がディアンの姿勢を崩させた。



初撃は回避、そして次は。


「──俺の手番だ」



体勢を崩し、背を向けるディアン。

俺はその背中を真っ直ぐ捉えていた。


躱した勢いを足を軸に反転させ、勢いを殺さずに地を蹴る。宙で一瞬、身体が伸び──そのまま全力で奴の背を叩きつけるように蹴り込んだ。


金属と革が擦れる音、そして短い呻き声。ディアンの体が前に跳ね、重心を失って前傾する。大男の背中が地面に近づく瞬間、観衆のざわめきが波のように広がった。


だが奴は完全に倒れはしない。肉の塊が一瞬よろめき、膝をつきかけて踏ん張る。汗と埃が宙へ舞い、ロッゾの顔が真っ赤に染まっているのが見える。彼の目には驚きと怒りが混じっていた。


「何だと……!」


ロッゾが叫び、その声に押されたように周囲の声が一斉に沈む。ディアンは唸りをあげ、泥のように染まった手で地面を擦り、再び立ち上がろうとする。その動きはゆっくりだが確実に、狙いが再び定まりつつある。


俺は呼吸を整え、足元を固めた。観衆の視線がこちらに注がれる。短い静寂の中で、俺の心臓だけが正確に鼓動を刻む。次をかけるか。あるいは引くか


──選択は明白だった。




「─ここで落とすッ!!」


揺らぐ巨体の懐に目掛けて、一息に猛進する。

踏み切った速度は矢のように鋭く、奴の伸ばす手さえ通り抜け。懐へ入り込んだ。


そして奴のみぞうちへ、肘の一撃を叩き込む。貫かんとする程に打った肘は、深々と肉体へ食込んだ。


そしてディアンの掠れた呻き声が漏れ。



──そのままディアンは、地面へと倒れ、辺りはしんと静まり返った。





刹那の攻防、観衆は息さえ忘れていた。


倒れるディアン、そしてその場に立つ僅か10歳そこらの少年の姿を見て、皆、我にかえる。


誰かが始めた拍手は波紋のように広がり。気がつけば、空気も割れんばかりの大喝采となっていた。


少年は恥ずかしげに頬をかいて、観衆に頭を下げる。



倒れた衛兵が意識を取り戻すまで、その喝采は続いていた─────。






_____


「すまないね…助けてくれてありがとう」


「お気になさらず、あの男が気に食わなかっただけですから」


意識を取り戻した衛兵と、俺は軽い話をしていた。

内容は何が起こっていたのか、そしてどうなったかの顛末と。俺が何をしに、この街を訪れたのか。


「なるほど…聖王国に向かうためか…君みたいな少年が一人で向かうには、少し遠いんじゃないかな?」


「すこし、訳ありなんです」


「なにか相談に乗れそうだったら…聞くけど、どうかな?」


…この人はとても優しい人なんだろう、ただ、この悩みは誰彼構わず話すような事でもないと思う。

胸の中の悩みはぐっと押し込む。


「すみません…これは話せないです」


せっかくの心遣いを無下にするようだが…仕方なのないことだ。


「そうか…それなら、この街で困ったことがあれば何でも聞きに来るといい、日中は西門の詰所に居るだろうから」


衛兵の男性は、優しく笑いかけながらそう言ってくれる。本当に優しい人だ…。


こんないい人が、ロッゾのような悪人に殺されなくて本当に良かった。


そう思うと心の中が暖かくなって、笑みが零れそうになる。良い事をすると、気分がいいものだ。


「じゃあ、また会おう」


衛兵の男性はそのまま去ろうとしていたので、俺は慌てて呼び止めた。


「あ、通行料を!」


「…ん、ああ、君は命の恩人だ、受け取る訳には…」


渋る男性。だが俺は、その男性の手を取って通行料を握らせた。


「決まりは決まりです、誰でも例外はないんです」


困ったように男性は笑って、俺は街への門をくぐって進んでゆく。



「─いい、子だなぁ…」


渡された銀貨一枚を夕日に翳す。沈んでゆく陽光は鏡面のような銀貨に煌めき、手元を照らす。


「あの子に…幻龍さまのご加護がありますように」


男性は少年の安全を祈る。静かになった門前で、その言葉は誰にも聞こえないが、きっと空は聞いている。



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