8話 巡る縁
町の中をしばらく歩くと、色々な事を知ることができた。
人が集まれば噂も、情報も耳にする。
あの店の何がおいしいとか、武器屋にはどんな物が置いてあるかとか。そんな町人たちの話が自然と耳に入ってくるのだ。
特に気になったのは、町の地下事情だ。
ここ最近、町の地下にある水路でよく魔物が目撃されているようで、何度もギルドに討伐依頼が出されているらしい。つまりはチャンスはいつでも転がっているという事だ。
また明日ギルドの依頼を確認する時に、よく見ておこう。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「おい、おまえ!」
声の方を振り返ってみれば、その先には1人の衛兵がこちらに手招きをしていた。
なにかしでかしてしまったのか…?
そんな不安感を抱えながら、足取り遅く衛兵の元へと向かっていった。周りの視線が既になにかの罪人を扱うような感じで気持ちが悪い。
「おまえ…もしかして西門で賞金首とやりあった子供か?」
…あぁ、またあの時のことか。
変に気負って損をした、最近はあの事で話は持ち切り。周りの視線も、事件の香りが消えると共に無くなった。どおりで町で噂が絶えない訳だ。
軽く頷くと、衛兵は声を上げて驚く。兜で顔は見えないのに、俺の事を上から下まで見ているのだろう。そう分かる程に見つめてくる。
「…ほー、こんな小さいのにご立派なモンだな」
「そんなお前をウチの守衛長様がお探しなんだ、少し着いてこい」
謎の商人の次は、町の守衛長…?
そんな大した人間でもないのに、なぜわざわざ会いたがるのか不思議で仕方がない。
正直断りたかったが、衛兵の指示に背くのは気が引けたので、大人しくついていくことにした。
まるで壁のようにそびえる人だかりが、衛兵が進むと道を開けるのは少し爽快な気分だった。
衛兵に導かれて進んだ先には、石造りの塔のような場所だった。町の防壁に繋がるようになっていて、ぐんと上を見上げないとてっぺんが見えないほどだ。
質素な扉を開いて中に入る、中も石造りの無骨なもので、食事をとっている衛兵が木の長テーブルに数人。
その近くで、地図の広げられた机を眺めている衛兵が1人。その衛兵は他の者に比べて少し装飾が多く、腕には深い青の腕章を身につけている。
「おや、その子が例の…」
その衛兵は、静かで優しげな声の男性。ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。
「私の部下を助けてくれたと聞いている、ありがとう」
「しっかりと礼を出来ず、申し訳ない」
俺の目の前で深々と頭を下げて、謝罪の意を込めて礼をする。慌てて頭を上げるように伝えた。
俺はそんなつもりで手を出した訳じゃないこと、礼は不要だと言うことを必死に伝えた。俺の話を聞いた衛兵長は深く頷いて、こちらに手を差し伸べてくる。
少し遅れて、それが友愛の握手だと気づいた。俺はその手を取る、暖かく優しい手だった。
「その高潔な魂に祝福を」
「きっと、君は偉大な者になるだろう」
握られた手に、人差し指で印を結ぶ。
「この、印はどういう意味なんですか」
ふと湧いた疑問が口から漏れた。儀式的なものに水を差す真似だったが、彼は優しげな口調で教えてくれる。
「この印は龍翼の印。君が何ものにも縛られず、自由に心の羽根を広げることを祈る。という意味だよ」
「金銭よりも、こういったものの方が受け取ってもらえるだろう、と思ってね」
心が温まる、その賛辞を受け取った気分は晴れやかだった。自身の行いは、良い行いだったと肯定されるのは嬉しく思う。
短く礼を告げて、俺は衛兵の詰所をあとにした。
その後は、しばらく町の中を歩いて回ってみた。
町には色々な目新しい物や、見慣れないものが多く、飽きることはなかった。
───ある武器屋に入った、汗ばむ程の熱気が立ち込めている。石造りのカウンターにはいくつかの刀剣、店の奥からは何かを叩く金属音が響く。
俺が入ってきた時に、ガラガラとベルの音が鳴った。その音に反応してピタリと金属音が止まる。
「らっしゃい、今日は何の御用で!」
野太い声が店の奥から聞こえる、重たい足音が石を踏む音が近づいてくる。それは店主のようだった。
大きな男、普通の扉をくぐるように姿を現す。鍛治職人の姿をしていて、その手には大きな金槌が握り締められている。
「…おんや、一見さんの坊ちゃんか、何のようだい」
「少し相場を知ろうと思って」
俺が真っ直ぐそう答えると、店主は頷く。そして、そのままカウンターで肘をつき、ゆっくりし始めた。
それを見た俺は、店を見回ってみる。
店内では剣、槍、盾、鎧。様々な武具がラックなどに掛けられており、実際に手に取ることができるらしい。
一振の剣を手に取る。今俺が持っている剣より、一回りは長く、重たかった。
「鉄の長剣、仕立ては俺だ。坊ちゃんにはちと重たいかもな。銀貨6枚だ」
手に取った武器の説明が、店主からヤジのように飛んで来る。そこまで武器には詳しくない俺にはありがたい。
「鉄の短剣、仕立てはわかんねぇが、手入れはしてあるぜ、坊ちゃんにはちょうど良いかもな。銀貨2枚だ」
…ふむ、この短剣は小さくて扱いやすい、それに色んなことに使えそうだ。ただなんとなく俺の剣より重たいような…?
ダガーと、自分の剣を持ち比べて確かめていると、不意に店主が声をかけてくる。
「……なあ、さっきから気になってたんだが…その剣、一度見せてくれねぇか?」
躊躇する。
「安心しろ、金は取らねえよ」
そんなに俺は読まれやすいのか………?
素直に剣を鞘ごと店主に手渡す。
鞘から抜き、その刃に食いつくようにじっと見つめる。
口からおお、とか、あぁ、とかそんな驚きの声が漏れて聞こえる。
「…おいおい、坊主、こりゃ一体どういう事だ」
店主は真剣な眼差しで、問い詰めてくる。
「こりゃ、とんでもねぇ業物だ、誰の作品か分からねぇのが惜しいがな…」
「刀身の芯材は聖銀、それも相当純度が高ぇ。詳しくはねぇが、恐らく軽量化系の術式印が付与されてやがる」
「オマケにこりゃ……魔剣化してやがるな…?」
「間違いなく、一等級レベルの代物だぞ…」
……?……どういうことなんだろうか。聞き慣れない単語まみれな上、まくし立てるような早口で、まるで呪文でも聞いているかの様だった。
「わからねぇのか…こりゃ国の宝物庫に納められててもおかしくねぇ代物だってことだよ!」
「どうやってこんな物手に入れた?!」
今にも掴みかからんばかりに、大男の顔が迫ってくる
慌てて弁解をしないと…
「こ、これは父の遺品で、それを継いだんです」
そう伝えると、また店主は神妙な面持ちになり、なにやら考え事を始めた。…また独り言を撒き散らしながら。
「お前の父ちゃんは、間違いなくすげえ男だ…その剣は、きっと父ちゃんの魂そのものと言っても過言じゃない筈だ」
「これは大切にしねぇといけねぇ、分かったな?!」
ドスの効いた声で、勢いよくこちらを指さしてくる。
あまりの迫力に驚きながら、その言葉に頷くと、店主は俺の剣を返してくれた。
俺はそのまま逃げるように店を後にした。なんだか最近は周りに振り回されてばかりな気がする。知らない事ばかり押し寄せてきて、とても疲れる。
が、それと一緒に強い充実感を今感じている。
妹を失った空白を埋めてくれるように、色んなことが俺の中に満たされていく。俺だけ、生きていていいのかと寝る前に考えたこともある。だけど、自由に生きていいんだと父の言葉が、俺を導いてくれている。
そう考えると、大変な事があっても少し落ち着く。
次は、どこへ行こうか。
行くあてもないが、ただ迷っているような気はしなかった。




