第8話 「芸能評論家」
ホテルのラウンジ個室で、まちこに名刺を渡した。
「まだできたばかりの事務所だけど、女優の卵を探してんのよ」
まちこが名刺と柴を交互に見る。
「柴…賢太郎?」
女装と名前がかみ合わない。
「心は乙女だよ」
「いえ。あのう、シバケンって呼ばれませんでした?」
柴がむっとして答える。
「お察しの通り。小学はシバケン、中学からはトサケンって呼ばれてたわよ。だったら何よ。今は、キャサリンって呼ばれているわよ」
嘘だ。柴デラックス、と呼ばれている。
「マツキヨって友達がいるんです。その子達と自主映画撮ったんです」
「なんだ。略称くくりの話か。観たよ。あの学芸会映画だろ」
まちこがムッとする。
「最悪だったけど、あの三味線はよかったわ。なんか哀愁があって」
今度は、歓喜の顔になる。
「でもプロには、ほど遠いわ」
しゅんとする。
「あと、山名まちこって名前もダサい」
まちこが興奮して立ち上がった。
「映画が大好きな母が、京マチコさんにあやかって付けてくれたんです!」
猫の目のように変わるまちこの表情を、柴は冷静に観察していた。
「…あんた、表情のつくり方、よくわかってるみたいね」
「はい?」
「大事にしろよ。そういうのは、天性のモノだからな」
「はあ」
「あんたさあ。すぐにでも、東京出てきな」
こうしてまちこは、柴の芸能事務所「柴エンタープライズ」にスカウトされたのだった。
「女優・深町玲のことを熟知している、芸能評論家を教えてください」
京人は思い切って聞いてみた。
「…知ってどうすんのよ」
「リベンジマッチをします」
柴がタバコを灰皿にねじこむ。
どうやらこの男は、不本意な放送をしてしまったことを後悔しているようだ。
少なくとも敵ではない。
お人好しの顔してるし。
ただ、釘だけは刺しておこう。
「あの放送があってから、うちのHPは炎上しっぱなしさ。一度テレビで流れたことはもう戻らない…」
財布から和田昭雄の名刺を抜き出し、テーブルに放る。
「そのつもりでやれよ」
京人は力強く頷いた。
芸能評論家の和田とは、首都テレビの控え室で会った。
「和田さんは、深町玲とは親しかったそうですね」
ロマンスグレーの似合う初老の評論家だった。
「うん、カワイコちゃん女優には飽き飽きしてたんだ。でも彼女は女優…というより、役者だったな」
「役者?」
「深町玲はね、その役をやるときは私生活までなりきるタイプだった。だからこそなんだが、彼女は役が変わるたびにストレスが溜まって、情緒不安定気味だったね」
(情緒不安定?)
嫌な予感がした。
「三年ほど前だったかなあ…」
サスペンス・ドラマの撮影中だった。
犯人役の玲が、探偵と対峙している。
「見事な推理ね。でも名探偵のあなたも、ここまでは推理できたかしら?」
玲がハンドバッグから拳銃を取り出し、自分のこめかみに当てる。
探偵が叫ぶ。
「やめろ!」
「…さよなら、私の愛した探偵さん」
引き金を引く。
今度は監督が叫ぶ。
「はい、OK」
その声と同時に、スタッフはさっさと次の準備にとりかかった。
「監督。もう一回やらせてください」
「大丈夫。よかったよ。玲ちゃん」
「プレビューさせてください」
監督が面倒臭そうに言う。
「明日オンエアなんだよ。撮影しながら、今も助監が編集してんだ。わかってくれよ」
「…すみません」
テレビドラマは時間との戦いだ。
クオリティ以前に、納品に間に合わせなければならないのだ。
映画のように、吟味する余裕はなかった。
玲は不満げに引き揚げた。
ロープを張ったギャラリースペースに和田の姿を見つける。
「あ、和田さ~ん」
「よ、玲ちゃん。今日はまだ撮影?」
「ううん、これでアップ。和田さん。時間あるなら、いつもの所で愚痴聞いて」
「了解」
つづく




