第6話 「うちの120メートル」
後日、映研部室でラッシュ(現像上がり)フィルムの鑑賞会が開かれた。
「さあ。次はいよいよ、加茂川のシーンやで」
「気温15度の中の、会心の演技よ」
演技は完ぺきだった、という自負がまちこにはある。
フィルムが映し出される。
水着のまちこを足元からパンアップして、笑顔がクローズアップされる。
「この川を渡って、私は新しい世界で生きていくわ」
同時録音フィルムを使っているので、このシーンは音声付きだ。
まちこがカメラに背を向けて、川に入っていく。
「ケツでかないか?胸のわりに」
大地が呟くと、京人と康が大きく頷く。
「演技見ろ!」
川に入って泳ぎ始めるまちこを、カメラが追いかける。
「お、躍動感。青春やな」
だが画面は徐々に暗くなっていき、ついには見えなくなる。
黒味という状態だ。
部室内が静まり返る。
「よ~し、そのままクロール。真ん中で背泳ぎしながら……月を見上げる!」
京人の声だけが暗闇に響いている。
「何これ?」
カメラマンの康が説明する。
「ああ。8ミリフィルムって、スチルと違って光感度が低いんよね。夜のオープンロケやと、野球場並みの照明焚かない限り…まあ、こうなるわなあ」
康の胸倉をつかみ、まちこがかみつく。
「事前にわかってたの?」
「マツキヨには言ったんやで。したら『それも青春やから』って」
今度は、こそこそ逃げようとする京人の襟をつかむ。
「120mよ。気温15度の中を」
「お、お疲れ様でした」
「私は泳ぎは得意じゃないの。中3の水泳大会で初めて50mを泳いだその夜、おかあはんがお赤飯を炊いてくれた」
「し、新記録おめでと…」
まちこが京人を引き倒して、馬乗りになった。
「うちの120m、返しよし!」
「まちこ。京都弁出てる」
「っさい」
そして、鉄拳が飛んだ。
初冬の嵐山。
枯葉が舞う中、目の周りに青タンをつけた京人が小走りで下校する。
「暴力は最低なんやぞ」
自転車に乗って前を行く、まちこへの恨み言だ。
「あんたが、さっさと謝らへんからや」
「あ、また京都弁。女優の基本は標準語、なんちゃうの?」
「ひつこい。ついて来んといて」
「三回目」
呆れて笑えてくる。
「すかんたこ」
「すかんたこ?今日び、オバはんでも言わへんぞ」
まちこの自転車がスピードを上げていく。
追いかけながら、京人が言う。
「なあ、まちこ。お前、プロの女優…なれよ!」
「…」
「そしたら、もっと友達できるで」
「…」
ブレーキをかけて止まる。
追いついた京人が横に並ぶ。
「ファンとかも、一種の友達やし…友達は宝物やからさ」
その言葉が、のちの女優の胸に刺さった。
「…ええこと言いはるな。ご褒美や…」
いい匂いが近づく。
視界が塞がれる。
絶句する。
まちこが不意に、京人にキスをしたのだ。
唇を離したまちこが、にっこり笑う。
「京ちゃんも、プロの映画監督になってや」
また、自転車をこいで走らせる。
「ほんで、私をオードリーにして!」
京人は、夕焼けに溶けていくまちこをずっと見つめ続けた。
「映画監督、か。うん。なりたいな」
つづく




