第4話 「ティファニーで朝食を」
「いや。喜ぶのんは早い。撮影はできても、そもそも出演者が…」
「女優なら、ここにいるけど?」
まちこの言葉が、驚く男三人の間に落ちる。
「きみはここで待機、な」
京人はまちこを制して、男たちに目配せする。
男三人は一旦部室を出て、廊下に集まった。
スクラムを組んで、内緒話を始める。
「青春恋愛モノやな」
「しゃあない、オレ相手役するわ」
「水着シーンは、はずせへんよな」
「いっそ、濡れ場とか」
「アホ、最初はソフトにパンチラから。これ常識」
ドアの向こうで、まちこが聞き耳を立てている。
「じゃあ、水着は3作目あたりか」
「まいったなあ、ビーチで本番かあ」
乱暴にドアが開く。
「真面目にやらないんだったら、退部させてもらうけど?」
また固まる三人。
「この、アホ童貞どもが!」
投げられたVHSテープが京人の頭に当たった。
R高校映研はこの日から、山名まちこ主導で制作活動を開始した。
数日後の映研部室。
「マツキヨ。脚本書けたの?」
「おう、傑作がもうじきできるで。これはカンヌを狙えるな」
まちこが原稿を取り上げざっと斜め読みし、これでもかというほどの不満顔をする。
「これは脚本じゃなくて、コント台本って言うのよ。大体このタイトル『祇園で生八つ橋を』って何よ」
「お前言うたやん。『ティファニーで朝食を』みたいなんがいいって」
不満顔からあきれ顔になった後、まちこはカポーティの原作『ティファニーで朝食を』を放り投げた。
「来週一緒にその映画を観に行くから、それまでに読んどいて」
何を思ったか、京人はへらへら笑いながら答える。
「女からデートの誘いなんて、勇気要ったやろな?」
どうも勘違いしているようだ。
「デート?これは調教よ」
当時の京都には、祇園会館という名画座があった。
まちこと京人は、 並んで『ティファニーで朝食を』を観た。
冒頭。オードリーが宝石店の前でパンを食べるシーンに、まちこが噛みつく。
「何これ?タイトルなぞっただけじゃない」
オードリー・ヘプバーンがギター片手に『ムーンリバー』を歌うシーン。
「要るか?これ。アイドル映画じゃないんだから、脈絡もなく歌わせんなよ」
ラストのハッピーエンド。
「…違う。絶対違う」
そんなまちこを横目で見ながら、京人は恐怖した。
(おいおい。映画史に残る名作に、ダメ出し?こわ)
祇園会館近くの八坂神社で、まちこと京人は映画の感想を語り合った。
「私は原作の方がよかったな。映画は客ウケ狙い過ぎ。あんな安直なハッピーエンド、私は絶対いや」
「まぁ。古いハリウッド作品やから、演出の意図がわかりにくくはあったな。オードリーは安定の可愛さやったけど…ラストの泣くシーンとか」
「甘い。男は、女が泣けば可愛いと勘違いする」
「いや。別に、泣いたからとかでは…」
まちこが突然立ち止まる。
「泣かなくても、ホリー(役名)は可愛かった。そして、切なかった」
「…」
「ホリーは弟のために高級娼婦になって、好きでもない男たちの腕に抱かれて、自分のアイデンティティを見失って、最後は愛する弟と猫まで失くして…」
顔を伏せて嗚咽するまちこに、京人が慌てた。
「おい、あかんて。人が見てるよ。なあ、まちこ」
まちこに寄り添おうとする。
「そういうとこ!」
近寄る京人の顎に、まちこのアッパーカットが入る。
「うげ!」
「ね。甘いでしょ?」
騙された。
本気にしか見えなかった。
(…女優、やのう)
つづく




