第18話 「ごめんね……」
巨漢のトランスジェンダーが、滑稽なくらいワンワン泣き出した。
玲は思う。
(そっか…芝居以外でも泣いていいんだよね。こんな涙なら、見せてもいいんだ)
玲が深呼吸をする。
「おかえり、まちこ」
別の場所から声がする。
まちこ、と呼んでくれた。
か細いがしっかりした声で、玲が答える。
「…あらあら、どちらはん?」
彼の方を向く。
「…京都弁、出てんで。女優の基本は標準語、なんやろ?」
「すかんたこ。ほんで、何の御用どすか?」
彼が俯く。
「……俺なあ、お前に謝りたいことがあるんや」
神妙な顔。
スカしてみたくなった。
「そうや、思い出した。マツキヨ。あんた、まだうちに謝ってへんなあ」
「…」
「うちの120メートル、返しよし」
しばらくポカンとしていたが、思い出したようだ。
彼が深々と頭を下げる。
「そ、その件は、ホンマにごめんなさい」
やっと謝った。
はは。
もう、許してあげよか。
「冗談や。来てくれて、ありがとうね」
笑いながら京人の袖を引っ張る。
彼が泣いてるような顔を上げる。
「遅なってごめんな…はは…15年も、かかってしもたな…ほんま、ごめんな」
(…京ちゃん)
玲は、京人の手をぎゅっと握った。
病院のテラスに出た時には、もう雨は上がっていた。
車椅子に乗った玲が、高台にいるファンたちの前に現れる。
わあ!という歓声が沸き上がる。
コンサートか舞台挨拶のようだ。
さまざまな応援のプラカードが、ズラリと並んでいる。
どれも、気持ちのこもったファンレターだった。
玲の目から、つうっと涙が流れた。
「宝物、やわ」
その女優への取材。
「何度も『宝物』って言葉を反芻したわね。深町玲を信じてくれた人がこんなにいたんだ、って思ったら素直に泣けたわ」
その時のことを思い出して、女優は少ししんみりした。
私は、さらに質問した。
「その人たちが病院に集まった理由は、いつ知ったんですか?」
「うん。退院した後、柴社長から聞いた。京ちゃんが仕事をなくす覚悟で、私の名誉を回復させようと頑張ってくれた、ってことをね」
「それを知って、どう思いましたか?松浦京人のことを。だって、初恋の人なんですよね?」
女優が反射的に身構える。
「何、あなた。芸能レポーターみたいね」
「いや、だからさあ。焼けぼっくりに火が点く、みたいなことあったの?」
「…なんか、下品な言い方ね。不愉快だわ。取材はここまでよ」
「じゃあさ、じゃあさ。これだけ教えて。どっちから告ったの?ねえ!」
「麻耶。両親のなれそめなんか、深堀りして何が楽しいの?」
「じゃあ、どっち?どっちからチューしたの?おとう…監督はさ、『高一の時、いきなり唇を奪われた』って証言してるけど…」
顔を真っ赤にして女優が立ち上がる。
「私、仕事行かなきゃ。あんたも変な小説ばっか書いてないで、真面目に就活しなさいよ」
女優が記者会見から退席するように、母は部屋を出て行った。
「ねえってばあ。おかあは~ん!」
その女優に、謝りたいことがある……
東京第一病院の屋上テラス。
(ずっとずっとできなかったけど、今なら素直に謝れそうな気がする)
京人に支えられて、玲が立ち上がる。
(…私が間違ってた。あなたに似合うのはシリアスじゃない。ハッピーエンドだ)
ファンたちの姿。
支えてくれるひとたち。
私には、宝物がいっぱいある。
陽だまりのような空間に向けて、その女優は叫んだ。
「ごめんね、オードリー。私もやっぱり、ハッピーエンドが大好き!」
「ごめんね、オードリー」The END




