第16話 「謝りたいことがある」
立ち上がり、慌て出す。
「薬、薬」
禁断症状を起こしたように、薬を探す。
狂気にかられ、戸棚をなぎ倒す。
さらに拍車がかかり、部屋中の家具を壊し始める。
破壊しつくしてから、息を切らせて立ち尽くす。
バスローブのポケットから薬袋がこぼれ落ちる。
(持ってた?あはは。そんなことにも気づかない、なんて…)
薬袋を拾い上げ、キッチンへ駆け込む。
皿の上に薬をまきちらす。
両手で皿をつかみ、数十個の粒を口に流し込む。
「おかあはん……もう、無理」
その女優は、絶望の表情で膝から崩れ落ちた。
「俺が、ちゃんと話を聞いていれば…」
「だから自惚れだって。あなたが責任を感じる必要なんてないよ。あたしの力不足よ」
「…」
「あの子、ずっと映画に出たがってたの。デビュー作撮った時のことが忘れられないんだってさ」
「ああ、『はつ恋』か。新人賞獲ったんでしたね」
柴が首を振る。
「あの子のデビュー作は、あんたたちと作った映画なんだよ」
「…」
「やらせてあげたかったなあ。あの子に、納得いくまで芝居させてあげたかった」
京人が所在無げに窓の外を見ると、病院の向かいの高台に妙なものが見えた。
(なんだ?)
プラカードと垂れ幕だった。
柴もつられて見る。
雨の中、一般の人たちが『玲ちゃん がんばって』というカードを掲げている。
「うそ」
社長兼マネージャーが、その意味に気づく。
その女優に、謝りたいことがある……
プラカードを持つオバさんは、元々深町玲のファンだった。
ところが大物歌手Gとの不倫報道以降、ママ友の間でファンを名乗ることができなくなった。村八分、いやママ八分にされるからだ。
(今日初めて知ったよ。不倫報道なんて、J事務所が流したデマだったんだね。ごめんね、玲ちゃん。自分かわいさに、信じてあげられなくて)
だから今は彼女を応援する。
もう迷わない。
こちらでも若い女性達が
『生還して、夢を演じて』
『日本のオードリー・深町玲』
『銀幕に戻って、また戦うのだ!』
そんな垂れ幕を掲げている。
この女性たちは過去の舞台降板会見を見て、「深町玲=悪女」のイメージを持っていた。
(今日の放送で知った。深町さんは、誠心誠意謝ってたじゃない。それも重い病気を隠して。それなのに、あのレポーター連中ときたら!私たちは、絶対に深町さんを支持するんだ!)
さらに雨具を着た高校生の吹奏楽団が、何かを演奏し始める。
京人に聞き覚えのあるその曲は…。
(…ムーンリバー?)
驚いた。
まさか。
自分の番組を観て、ここに集まってくれた人たちなのか?
自分の言いたかったことが伝わったのか?
病室から大声がした。看護師の声だ。
「深町さん、深町さん!」
京人と柴は顔を見合わせ、病室に駆け込んだ。
看護師が患者に呼びかけている。
「どうしたの?」
「今、動きました。先生を呼んできます」
入れ替わるようにベッドの傍らに立った柴が、玲の耳元に語りかける。
「玲。聞こえる?外の声。みんながあんたに、頑張れって」
かすかに唇が動いた。
「あんたも女優なら、カーテンコールに応えなさい!」
つづく




