第15話 「錯乱」
放送終了後、京人は東京第一病院に向かった。
朝からの雨が窓ガラスに滴っている。
(柴さん?)
廊下の長椅子に佇む、芸能事務所の社長を見つける。
「誰も来ないんだよ。役者仲間とかいっぱいいたのに。事務所から言われてるんだろうけどさ。みんな、薬物中毒かもしれない女に関わりたくないんだよ」
誰に話すともなく、柴がつぶやく。
気まずい空気。
京人は隣に座り、意を決したように告白を始めた。
「柴さん。俺のせいなんです」
「はん、自惚れるな。あんたらの影響力だなんて思っちゃないよ」
「そうじゃなくて。俺、実はひと月ほど前に局内でバッタリまちこに会ってたんです…」
首都テレビ局内。
食堂で昼食をとりに来た京人は、不意に背後から声をかけられた。
「マツキヨ!」
振り返ると、サングラスをかけた深町玲だった。
「何。どうしたの、こんな所で?」
音信不通だったので当然だが、まちこは京人が業界人になっていることを知らなかった。
「ま…いや、深町さん?」
その答え方が、まちこには寂しかったようだ。
「あ、うん。15、6年ぶり、とかだもんね。そうよね」
まちこ、と呼んでほしかったのだろうか?
「それで電話番号交換して、まちこが倒れた夜…」
オンエアの準備を終えた京人は、家で酒を飲んでいた。
(いつまで経っても、慣れへんな)
本番前日はいつもそうだ。
それほど、生放送のプレッシャーは大きい。
携帯電話が鳴った。
『まちこ』の表示。
「もしもし」
玲のマンション。
テーブルには、ワインの空き瓶が複数転がっていた。
大型テレビでは『ティファニーで朝食を』のDVDが流れている。
玲はバスローブを着て、すっぴんで携帯をかけていた。
「ねえ、マツキヨ。あんたの局って、映画もやってたよね」
―ああ、ドラマに毛の生えたようなやつばっかやで。
「それでもいいからさあ。プロデューサー、誰か紹介してくんないかなあ。私、映画出たいのよ。オードリーみたいに」
―オードリー?何や、それ?
「え!ちょっとあんた。私との初デート、忘れたの?」
―記憶違いやろ。俺は、大スターとデートなんかできる身分やないで。
「それどころか、俺は…」
―あんたのことはいいからさあ。紹介してよ。
カチンときた。
―枕営業でもなんでもするよ。なんなら、あんたとでもいいわよ。
京人は呆れたように、携帯をを放り投げた。
―…京ちゃん。何、怒ったの?
玲のマンションでは、受話器を握ったまま玲が号泣する。
「ああ~ん、えらいことしてしもた。友達やのに…初恋やのに…」
躁状態の時は、調子に乗って余計なことまで喋ってしまう。
これで、どれだけ信用をなくしたことか。
かと思うと、一転して欝になる。
「ごめん、京ちゃん。私を見捨てないで」
意識が混濁していく。
「おとうはん、おとうはん!うちを捨てんといて」
京人は、鼾をかきソファで眠っている。
携帯からは、玲の泣き声だけがもれていた。
「ああ~ん。また、友達がいなくなった」
ひとしきり泣いてから、躁状態に転換した。
「あはは。もう、だ~れもいいひん。えらいこっちゃ」
急に踊り出したかと思うと、電話を放り出す。
「あほくさ」
四つん這いで、テレビの前までほふく前進をする。
画面は「ティファニーで朝食を」のラストシーンになっていた。
「これこれ、ここ!私はこんな安易なハッピーエンド、絶対に認めん!現実はもっと、もっともっと残酷なのよ。シリアスなのよ。オードリー」
The END
エンドマークが出る。
「…終り?終りなの?私の人生が?」
つづく




