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同一世界線の話

今更貴方の居場所なんてありません

作者: 沙伊

 設定ゆるゆるな小説です。

「は? アドニス様が、駆け落ち⋯⋯?」

 ロイスリネがその報せを受けたのは、結婚式が半年後に迫った頃だった。



 ロイスリネとアドニスの婚約は政略によるものであり、お互いに好意を持っているわけではなかった。

 ロイスリネは未来の夫婦として歩み寄ろうとしていたが、アドニスは婚約がよほど不服だったのか、交流さえまともに持とうとしなかった。

 贈り物を贈ることはなく、手紙ひとつ寄越すこともなく、しかたがないから婚約してやっているんだという態度を隠しもしない。


 ──婚約を持ちかけたのは、アドニス様の家の方なのに。


 しかもこちらが子爵家なのに対し、あちらは侯爵家。加えて跡継ぎであるロイスリネのためにも伴侶が必要だと考えていたところに、放蕩息子の次男を押し付けられた形だ。断れない、望まない婚約なのはこちらも同じなのに、アドニスはロイスリネが熱望して成り立っていると勘違いしていたようだった。

 そもそものきっかけは、子爵家の服飾事業のためだった。

 子爵家は代々服飾を営む一族であり、当主は裁縫妖精ハベトロットと契約して魔法の服を仕立てることもある。ロイスリネ自身も、ハベトロットと契約した魔術師だった。

 服飾事業の新たな展開のために予算と宝石が必要になったため、豊富な宝石鉱山を持つ侯爵家との繋がりが必要となり、侯爵家が提携の条件として婚約を持ち出した形である。

 子爵家側にとっては渋々引き受けた婚約だが、侯爵家としても無理を言ったことは解っているのだろう。当主夫妻もアドニスの兄も、ロイスリネによくしてくれた。

 アドニスだけが、ロイスリネを見下して不満を見せていたのである。



 ロイスリネだってアドニスと結婚したくはない。だが貴族である以上、政略結婚は当たり前だ。それに結婚相手が最悪でも、婚家の人々は最大限配慮してくれた。

「無理を言って婚約してもらってすまない。何かあれば、いつでも言ってくれ」

「貴女と貴女の家のことは、本当に尊敬しているのよ。どうか末永く付き合っていきたいわ」

 そう言ってくれる侯爵夫妻は、いつだってロイスリネの味方であり、婚約を蔑ろにするアドニスをいつも叱ってくれていた。

 それなのに──



「本当に申しわけない!」

 アドニスの父である侯爵は、青ざめた顔を最大限下げた。土下座せんばかりの勢いに、ロイスリネの方が慌てる。

「顔を上げてください、侯爵様!」

「いや、下げさせてくれ! 強引に結ばせてもらった婚約なのに、馬鹿息子が愚かなことをしたのだ⋯⋯」

 侯爵の声は震えている。握り締めた拳は白くなっていた。

 アドニスはとある舞台女優と駆け落ちしたのだという。名前は聞いたことが無いが、非常に美しく、妖艶な女性らしい。最近入れあげていたそうだが、まさか駆け落ちまでするとは思わなかった、と侯爵は言った。あまりの入れ込みように注意はしていたそうだが、効果は無かったのだろう。

 またアドニスは駆け落ちの際、家のお金や宝石を持ち出したという。身内とはいえ立派な窃盗であるため、現在必死になって捜索しているようだ。

「この婚約は、こちら有責で破棄してもらって構わない。代わりの婚約も用意しよう」

「え⁉ いえ、そこまでしていただくわけには」

「ロイスリネ嬢、これはけじめなんだ」

 侯爵は顔を上げた。表情は真剣そのものだ。

「正直、事業の提携を停止されてもしかたがない状況だ。だが、それは両家のためにも得策ではない」

「そうですな」

 ずっと黙っていた父が頷いた。

「融資は慰謝料として受け取るにしても──服飾に使う宝石は、ぜひとも侯爵家の宝石を使いたいのが、こちらの本音です」

「ああ。かといって、我が家に近しいところから出すと言っても信用が無い」

 アドニス(馬鹿)のせいでな、という副音声が聞こえてきた気がしたが、気のせいだろう。

「そこで、知り合いの服飾職人を婚約者候補に紹介したいのだ。もともと寄り子の者で、職人として紹介したかったのだが⋯⋯」

「もしかして、例の三男だという」

「ああ。気持ちのいい男だし、貴族籍もある。血筋も確かだ。あくまで候補として、あとはロイスリネ嬢の気持ち次第だな」

「そうですな⋯⋯ロイスリネ、どうする?」

「え?」

 てっきり自分を置いてきぼりにして話が進むと思っていたのに、突然こちらに戻ってきた。思わず父と侯爵を見比べて、うつむきがちに答える。

「い、一応⋯⋯会うだけ会おうかな、と」

「ではそうしよう」

 侯爵の心底ほっとしたような顔が、妙に印象に残った。


    ───


 服飾を家業とするロイスリネの家だが、別に当主夫婦そろって職人である必要は無い。当主は技能が求められるが、その伴侶は必ずしも職人とは限らない。事実、ロイスリネの母は趣味程度の裁縫技術しかない。

 だが、やはり職人である方が相互理解はできる。実際母は父の仕事を手伝えないことに歯がゆさを感じることが多々あると話していた。その代わりに経理などの裏方を全面引き受けているのだから、彼女が何もできていないというわけではないのだけれど。

 ともあれ、子爵領以外の職人に会えるのは、純粋に楽しみだった。見知らぬ技術や目新しいデザインに出会える機会は、率先して受け入れていきたい。

 そう思っていたロイスリネだったが──



「はじめまして、ロイスリネ嬢。私は、エサソンと申します」

 顔合わせの当日、侯爵家の馬車で現れたのは、薄墨色の髪に(はしばみ)色の瞳を持った、美しいエルフの男性だった。

 すっと鼻筋の通った面立ちはあるべきところに形のいい顔のパーツが配置され、長い睫毛は頬に影を落としている。薄い唇は、男のものとは思えないほど艶々していた。

 すらりとした体躯は一見華奢だが、男性らしい力強さも垣間見える。質素だが素材のいい服に包まれた肩もしっかりしていて、伸びた背筋は彼の存在感を増す一因となっていた。

 ロイスリネは表情を取り繕うのも忘れ、ぽかんとエルフ──エサソンと名乗ったその男性を見上げた。

 思えば、アドニスも美男子ではあった。だが内の驕慢さがにじみ出た表情はその美貌を五割減にしていたし、なよっとした身体付きは全くもってロイスリネの好みではなかった。職人として、そそられない(、、、、、、)対象だったのである。

 だが、眼の前の男はどうか。

 この、ロイスリネの好みど真ん中の、極上の男はどうか。

「⋯⋯? ロイスリネ嬢?」

「⋯⋯か」

「か?」


「紙とペンを持ってきて! 今すぐ‼」


 結果として、エサソンはロイスリネの情熱パッションを大いに刺激したのである。


    ───


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯大変申しわけありません⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 一時間後、デザインを十枚ほど描き上げたところで我に返ったロイスリネは、応接間で縮こまっていた。

 一時間。つまりそれだけエサソンをほったらかしにしてデザインにいそしんでいたのであるが、ロイスリネが狂喜乱舞している間に、父と母がエサソンを応接間に案内してくれていた。

 それにすら気付かず、立ったままデザインを仕上げたロイスリネは、いなくなった彼に気が付いて青ざめた。

 帰ってしまったのだと勘違いし、今度はうずくまる娘の頭を無言ではたいた母は、侍女と共に応接間に引っ張っていった。

 そこで父と話しているエサソンを見付け、ふらふらとソファーに座り込み、頭を抱えるようにして下げ、上記のような謝罪をしたのである。

 猫がするごめん寝に似ていた。

「いえ、驚きこそしましたが、怒ってはいませんよ」

 エサソンはのんびり茶をすすりながら笑った。爽やかなその笑みにまたもデザイン欲が湧き上がるが、それを察知した母が背中をつねったため、何とか耐える。

「むしろ、私のことを見て意欲が増すなら、同じ職人としてうらやましいぐらいです」

「そ、そうですか⋯⋯」

 ロイスリネはますます小さくなった。

「とはいえ、私はモデルではなく、貴女の婚約者候補としてここに来たのですが」


 ──あ、やっぱりそうなんだ。

 ──え? この美しい生き物が私の婚約者?


 ロイスリネは遠い目になった。何という、とんでもない男を寄越したのだろうか。

 釣り合わない! という叫びと、ありがとう! という感謝が、ロイスリネの脳内で交互に浮かんでは消えた。

「ところで、先ほどのデザインを見せていただけませんか?」

「へあ⁉」

 ロイスリネは色気の無い悲鳴を上げた。思わず、すがるように父を見る。

「ええ、この娘のデザインは、我が娘ながら素晴らしいものです。ぜひ批評してやってください」

「お父様⁉」

 味方だと思っていた相手にはめられた気分だった。ロイスリネはどうすることもできず、侍女達が拾い集めたデザイン画をエサソンが見るのを眺めることしかできない。


 ──しかし顔がいい。これだったらあのデザインやこのデザインも⋯⋯


 懲りないロイスリネを差し置いて、話は進む。

「⋯⋯素晴らしい。ロイスリネ嬢はまだ十七歳でしょう? その若さでこれだけのものが描けるのですか?」

「エルフのエサソン殿にはぴんと来ないかもしれないが、我が家の十七歳なら、デザインはお手の物なんですよ。その中でも、ロイスリネは飛び抜けているのは事実ですが」

 父は誇らしげに胸を張った。ロイスリネは恥ずかしくなってうつむく。

「なるほど⋯⋯貴方がたの話はよく耳にしていました。皇室御用達の職人一族だと。その後継がロイスリネ嬢なら、子爵も安心ですね」

「ええ。だからこそ、結婚相手は慎重に選びたかったのですが⋯⋯」

 父はため息をついて、それ以上の言葉をごまかした。

 父の言いたいことが解ったロイスリネは、思わず苦い顔をする。

 元婚約者であるアドニスは、子爵家の家業を馬鹿にしていた。職人など下々の輩だと。

 実際は職人貴族とも呼ばれる一族は大勢おり、大抵は皇室お抱えだ。ロイスリネの父である子爵も、皇宮仕立師のひとりである。

それを馬鹿にするアドニスとの婚約が破談になったのは、結果的によかったのだろう。それでも、これまでの婚約期間は何だったんだろう、結婚の準備だって進んでいたのに──と、そんな気持ちが湧き上がってくる。

 そんな折に紹介されたエサソン。美貌とエルフという部分に目が行きがちだが、彼はロイスリネの──ひいてはこの家に婿入りするのにふさわしい男なのか。

 今度こそ失敗しないために、見極めなければならない。

「事情は聞いています」

 エサソンは目を伏せた。

「寄親のことですから、私にも全くの無関係というわけではありません。私からも謝罪させてください」

「そんな、エサソン殿⋯⋯」

「お詫びというわけではありませんが、代わりに、このデザインを私に仕立てさせてもらえないでしょうか」

 エサソンは顔を上げた。

「ロイスリネ嬢。婚約のことは別にして、職人として、私は貴女のデザインに惚れました」

「ふえっ?」

「どうか私に、貴女のデザインを仕立てさせてください!」


 ───


 エサソンは子爵領に留まることになった。

 と言っても、ロイスリネ達が住む屋敷にいるわけではなく、屋敷がある職人街に家を借りたのである。

「もともとこちらに住む予定でしたので⋯⋯」

 エサソンは照れくさそうに言った。その顔がまたロイスリネの(職人としての)熱情をそそるもので、彼女はまたも母に背中をつねられることになった。

 そうして腰を据えたエサソンは、まずロイスリネのデザインした服を仕立ててみせた。一週間で合計三着という驚きのスピードで仕立てられた服は、出来もまた素晴らしいものだった。

 それぞれ黒、青、緑の布で仕立てた礼服は、ロイスリネの想像以上の仕上がりで、更に裾などにも細かい刺繍を施すなどアレンジも加えられていた。彼もまたハベトロットと契約した妖精魔法使いなのだが、それを差し引いても腕が良過ぎる。

 仕立ての様子を見ていたロイスリネは、彼が針と糸を操る様子を見ていた。だから彼の手際の良さも、とても楽しそうに服を作り上げる姿も見ていた。これほどの逸材がなぜ無名だったのかと思ったものである。

 その疑問は、すぐに氷解した。

「純粋なエルフは、成人年齢が百歳なんです。成長そのものは人間と変わらないんですけどね」

「え、じゃあエサソン様は」

「ええ、百歳になったばかりです。独り立ちできるのも百歳からですから、ずっと実家で腕を磨いていました」

 何ということだろう。エルフは二十歳を過ぎると老化しないと聞いているが、本当らしい。ロイスリネよりずっと歳上なのに、全くそんな風には見えなかった。

 だがふとした時の落ち着きや、発言の老成さは、なるほど百歳と聞いても頷ける。種族の違いをまざまざと感じた瞬間だった。



 交流を重ねるうち、ロイスリネはエサソンとなら大丈夫かな、と思えるようになっていた。

 否、はっきりと、惹かれ始めていると言ってもいい。

 最初は容姿の美しさに服飾職人として惹かれていたが、彼の職人としての実力を見て尊敬の念を抱き、そして徐々に、人柄にも好意を持ち始めたのである。

 エサソンはロイスリネを最大限尊重し、職人としても敬意を払ってくれている。常に丁寧で穏やかに話し、誰に対しても分け隔てない。同じ職人達だけでなく、近所の子供達にも慕われているようだ。

 そんな彼となら結婚したい、とロイスリネは思い始めていた。

 とはいえ、進めていた結婚準備は未だ停止している。本来ロイスリネが十八歳になった時にするはずだった結婚式だが、アドニス相手を前提とした準備だったこと、まだエサソンと正式に婚約しているわけではないことなどから、保留の状態なのである。

 だからというわけではないが、ある日、ロイスリネはエサソンに問いかけた。

「貴方は私の婚約者候補としてここに来ましたが、貴方は私と結婚したいと思ってますか?」

「⋯⋯解りません」

 エサソンはうつむいて、手元の布と鋏を見つめた。

「ただ、ロイスリネ嬢のデザインは、本当に素晴らしいと思っているのです。それをこの手で実現できることが、本当に誇らしく、胸躍るのです」

「それは嬉しいですけど⋯⋯エサソン様はそもそも職人としてここに来る予定だったんですよね」

「ええ」

 エサソンは頷いた。

「正直、結婚なんて考えてなかったんです。ずっと独り身の覚悟もしていました」

「えっ。どうしてですか?」

「私がエルフだからです」

 エサソンは寂しそうに言った。

「エルフは人間よりはるかに長い年月を生きる。だからエルフ同士で結婚するか、伴侶や子供を見送る覚悟を持って他種族と結婚するかのどちらかなのです。加えて私は貴族出身ですから、結婚には家の事情も加味しなければならない。そう考えたら、面倒臭くなってしまって」

「その上仕事の理解をしてくれる人でないと、職人の妻は難しいから、余計限られてきますしね⋯⋯」

 職人は、仕事の納期によっては泊まり込みや徹夜をするのが当たり前だ。加えて寿命差や家のことも気にしなければならないとなれば、確かに面倒になってくるだろう。

「⋯⋯じゃあ、私との婚約も面倒だと思っていますか?」

 ロイスリネは恐る恐る尋ねた。するとエサソンはきょとんとした後、ふ、と笑う。

「いいえ。正直最初は、とんでもない話を持ってこられたなと思ったのですが」

「うっ、ですよね」

「でも、貴女のデザインを見て、気持ちが変わったんです。貴女のデザインを形にしたい──叶うならこの先も、私が貴女のデザインを仕立てたいと」

 エサソンはぐい、と前のめりになった。顔がいい。

「⋯⋯あ」

「ん?」

「新しいデザインが降りてきました」

「紙とペンをどうぞ」

 慣れてきたエサソンだった。


    ───


 気付けばエサソンが来てから三ヵ月が経過していた。日々は穏やかに過ぎていく。

 叶うならこんな穏やかな日々をずっとエサソンと過ごしたいと思っていた頃、事件は起きた。



「ロイスリネ!」

 エサソンの工房に向かう道すがら、ロイスリネは大声で呼びかけられた。

 どこかで聞いたことがあるような──と首を傾げたロイスリネは、振り返った瞬間硬直することになる。

「アドニス⋯⋯様?」

 そこにいたのは、女優と駆け落ちしたはずの元婚約者だった。

「探したよ⋯⋯愛しいロイスリネ」

 だが、最後に会った時に比べると、見る影もなかった。

 いつものりの効いたシャツに華美なベストやズボンを着ていたのに、今彼が着ているのはよれよれのシャツ一枚に、すり切ったズボンだけ。ご自慢の美貌も肌荒れとやつれた顔で台無しだし、艶やかだった髪もぼさぼさだ。何より、全体的に薄汚れている。

 浮浪者のような様相にロイスリネが絶句していると、アドニスはよろよろと近寄ってきた。

「ロイスリネ、僕はだまされていたんだ! 本当に愛しているのは君だけなのに⋯⋯あの女のせいで⋯⋯もう一度やり直そう。今度は仕事にも理解してやるから」

「⋯⋯はあ?」

 最初こそ固まっていたロイスリネは、にわかに眉を吊り上げた。

「ふっっっざけないで! 何が愛してるよ愛しいよ。婚約していた時は一度も言わなかったくせに。別に言われたくもなかったけど、今更過ぎるのよ!」

「なっ⋯⋯⁉」

「そもそもね、私達の婚約はとっくに破棄されて、新しい婚約者ができたの」

 まだ候補だけど、というのは心の内に留めておく。

「今更来たところでもう遅いのよ。貴方の居場所なんてここにはありません‼」

「っ⋯⋯下手に出ていれば、なめやがって!」

 アドニスは一瞬ぽかんとしていた。だがすぐかっとなって駆けだす。振り上げた拳を、ロイスリネに向かって振り下ろそうとし──

「へぶぶっ」

 両頬(、、)に風の塊を受けてひっくり返った。

 ロイスリネの家は、妖精ハベトロットと契約している一族。それはつまり、妖精から力を借りる妖精魔法が使える一族であるということである。

 妖精魔法を使えば、大して鍛えていない男ひとりを叩きのめすぐらいわけなかった。

 ただ、ロイスリネの習熟度は、同時にふたつの風を打ち出すほどのものではないはずなのだが──

「んん?」

「ロイスリネ嬢!」

 首をひねったロイスリネの背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。はっと振り返ると、エサソンが走り寄ってくる。

 その姿に、ロイスリネは何だかほっとしてしまい、その場に座り込んだ。

「はあ~」

「だ、大丈夫ですか⁉」

「あ、はい。何とか、というか、その」

「ええ、まあ。片方(、、)は私のですね」

 そっとロイスリネの背中を支えたエサソンは、苦笑を浮かべた。

「まあ、私のは必要無かったかもしれませんが」

「いえ。割と恨み骨髄だったので、むしろすかっとしました」

「恨み骨髄?」

あれ(、、)、私の元婚約者です」

「え、あれ(、、)が⁉」

 もはや物体扱いのアドニスだった。


    ───


 のちのち知ることになるのだが、アドニスは女優に逃げられたらしい。国境付近で持ってきた金も宝石も全て奪われ、行方をくらませたそうである。

 アドニスは手元に残った僅かな路銀で、何とか子爵領までたどり着いたという。

「なぜ、子爵領に⋯⋯」

「うちから近かったそうだ」

「えぇ⋯⋯?」

 ちなみに女優の方は、アドニスより先に発見、拘束されていたらしい。出途不明の大金や宝石類を持った単身女性ということ、派手に遊び回っていたためにすぐ見付かったそうだ。

 ともあれアドニスは侯爵家に回収された後に正式に貴族籍を抜かれ、女優と共に辺境の開墾作業に従事することになった。ふたりにとっては、厳しい日々となるだろう。

 それらが終わって、ロイスリネはようやく日常を取り戻した。



「改めて、ありがとうございました、エサソン様」

 エサソンの家を訪ねたロイスリネは、菓子とデザイン画を差し出した。

「お礼なんていいんです。ロイスリネ嬢を助けたかっただけですから」

「そう思っていただけるだけで、私は嬉しいので。あの⋯⋯できれば、これからも、私が困った時は助けてくれますか?」

「え?」

 菓子とデザイン画を受け取ったエサソンは、受け取ったものとロイスリネを見比べ──照れたように微笑んだ。

「ええ、勿論。私でお力になれることなら」

「っ、よろしくお願いします!」



 そんなふたりに幸福が待っているかは、ふたりの努力次第である。

 はじめましての人ははじめまして、こんにちは、沙伊です。

 さらっと読める小説を目指して書いてみました。失敗しました。沙伊はコンパクトにまとめるのが苦手なようです。

 ちなみに服飾のことは素人なので間違っている部分も多いと思います。できれば流していただけると幸いです。

 一応昔の服飾事情を軽く調べたりもしたのですが、手織りのレースが同じ重さの金と同価格だという話とか、真珠がダイヤよりも高価だったとかいう話を聞き、今との差にびっくりしてます。ちなみに真珠の養殖を成功させたのは日本人だとか。

 先人と現代の便利さに感謝しつつ、この小説が皆様の暇潰しになればと願います。

 では。

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