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氷の魔法使いと炎の姫  作者: 白石カン


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氷の魔法使いと貴族至上主義

「うまいな、この店」

とある酒場で 一人ジグは酒と料理に舌鼓を打っていた。

店内は労働者や冒険者達を中心に賑わっていて従業員もせわしなく働いている。

初めて来た店だったがこれは当たりのようだ。

今日はここで心ゆくまで飲み食いしようと心躍らせている時だった。


バタン!と大きな音を立てて扉が開きぞろぞろと集団が店内に入ってきて店の雰囲気は一変する。

ジグはそれを見てチッと心の中で舌打ちする。

貴族がこんな大衆酒場になんの様だ?

集団は全員身なりが良く明らかに平民には見えなかった。

それはあくまで男の主観であったが、彼らの次の行動で正解だったと証明される事になる。


「どけ平民共。」平然と集団の中の男が、中央テーブルで飲んでいた客達に言い放ちその内の一人をいきなり蹴り飛ばしたのだ。

「ぐっ!」蹴られた客は痛そうにうずくまるが、文句は言わずにすぐに立ち上がり、「申し訳ありません、すぐに出ていきます。」

そう言って会計を急いで済まして仲間達と出ていく。


「ふん相変わらず、平民の店は下劣だな!早く酒を持って来い!」貴族達はテーブルに着き悪態をつく。

下劣なのはお前らだよ、てか嫌なら来るなっつーのとジグは心で呟きながら追加のエールを頼むのはやめてサイフを取り出し、会計を済ます。

他の客達も次々に席を立ち始めていた。


完全に営業妨害であった、いきなり出ていかなくてはならなくなった客達はもちろん、特に店側からしたらたまったもんではないだろう。貴族がよく来る店に平民は寄り付かない。


しかし文句を言うものは誰も居ない。

理由は簡単でこの国では貴族に逆らえば、普通に逮捕されるからだ。それが冤罪だったとしても基本的に平民に発言権はなく、貴族が白と言えば黒でも白になる貴族至上主義、それがこのルーゼン王国における伝統であり文化だった。


それが理由で男は心底この国を嫌っていた。

一応生まれも育ちもルーゼン王国なのだが、隣国で今は暮らしていて、仕事の関係で仕方なくこの国にいるだけで終わればすぐに出ていくつもりだった。


「ご馳走様。」

ジグが挨拶して席を立とうとした時、貴族の一人がつかつかと歩み寄ってきた。

ジグは非常に嫌な予感を覚える、仕事前に揉め事は起こしたくない。


しかし予感は当たってしまった。貴族はジグの頭にいきなりワインをドバドバとかけ始めたのだ。


ギャハハと後ろで笑い声が下品に響く。

「何やってんだルード!」

「いや何となくこいつの姿がムカついたんでよお。」

ヘラヘラと笑っているルードとかいう貴族を見てジグは心で溜息をつく。心底腹が立つがこういう輩には関わらないに限る。


しかしルードはそうはさせてくれなかった。

相変わらず嫌らしい笑みを浮かべて床にぶちまけられたワインを指差して一言。

「舐めろ。」

それを聞いてジグは一瞬目眩に襲われる。

こいつの思考回路はどうなってるのか、どういう育ち方をすればこんな傲慢な人間になるのだろう。

「早くしろ。」

ニヤニヤと笑いながら急かしてくるルードにさてどうするかとジグは逡巡する。

床のワインを舐めるのは論外で、喧嘩するのも得策ではない。

だとすると消去法で手段は一つ、それも恐らくこのアホを怒らせてしまうだろうが仕方ない。

そう決心してジグは先程まで自分が飲んでいたエールの空のジョッキを手に持ち魔法を発動する。

すると床にこぼれたワインは空中に巻き上がり空のジョッキの中に入っていく。あっと言う間にジョッキはワインで満たされ、ジグはそれを一気に飲み干す。

「!?」

「じゃ、そういう事で。」

ルード達があっけに取られている内に男は急いで店を出て走り出て追ってくる気配はないのを確認して胸を撫で下ろした。


「ったく本当この国の貴族の馬鹿共は腹立つな・・・。」

今はなんとかうまくごまかせたがルードに受けた屈辱が消える訳ではなく、モヤモヤと霧の様にジグの心を覆っていた。

それをかき消す様にジグは懐からウイスキーの酒瓶を取り出し一気にあおった。


「よくよく考えたら、あのワイン飲んだら、舐めたのと一緒なんじゃ・・・、やべぇまじでムカついてきた。あのくそ野郎!でもなぁこれ以上やるとリーナになぁ、・・・まぁバレなきゃいいか。」

意味深な言葉を呟いてジグは闇夜に消えていった。



「あーよく飲んだぜ。やっぱりストレス解消には平民の酒場だな。」帰路につきながら上機嫌でルードはうまそうに煙草をふかす。

ストレスのはけ口として大衆酒場で平民をいじめるのが彼の趣味だった。

「おい、水。」

「はっ!」

ルードが言うと従者の一人がすぐに瓶に入った水を差し出す。

従者は3人、いずれも女性でかなりの美貌を誇っている。

戦闘においてもそれなりの実力があり護衛も兼ねていた。

彼女らは全てルードの趣味で選別したのだがまだまだルード満足はしていなかった。


それはルードが由緒ある公爵家に長男として生まれ自身が選ばれし人間であると確信していたからに他ならない。

いつか自分が家督をついだ暁には世界中の美女をはべらすのが彼の野望だった。


「ルード様、お待ちを。」

とそこで前を歩いていた護衛の一人が立ち止まる。

「何だ?」

「前方に人が。」

「ホームレスか?」

ニヤリとルードが笑みを浮かべる。

今ルード達が歩いているのは人影の少ない裏路地である。

本来公爵であるルードが通るような道ではないが、自宅まで近道になるのとたまにいるホームレスを蹴り飛ばすのが快感なのでルードは好んでこの道を使っていた。

「いえホームレスではないようです。おい道をあけろ貴様!今ここにおられるのは・・・!」

「待て!」

従者が言いかけたのをルードが止める。その人影に見覚えがあった、間違いない先程の酒場でルードがワインをかけた男だ。

ルードの顔に笑みがこぼれる、先程は妙な魔法でうまくかわされ逃げられてしまい仲間達に笑われた恨みがあった。

次に会ったら侮辱罪で斬り捨てようと思っていたが、

早くもそのチャンスが来たようだ。

「何だ貴様、またワインをかけられたいのか?」

「へー、記憶力はあるんだな、品性は欠片もないくせに。」

「・・・何だと?」

「おい貴様!ルード様に向かって何てことを!このお方がエンフィー公爵家のご長男だと知っての狼藉か!」

従者の一人が啖呵を切る。

「知るか馬鹿、すっこんでろ。」

ジグの物言いに従者は面食らう。

「まさか、ルード様よりも身分が高いのか?」

従者の口調に露骨な焦りが滲む。それはルードも同じだった。

このルーゼン王国において貴族にこんな口を聞けるのは貴族だけでしかもよりも高い身分でなければ説明がつかない。

もしそうなら知らなかったとはいえ非常にまずい事になる。

しかし自分よりも身分が高いとなると最早王族の血縁者ぐらいしか思い浮かばない。そしてルードはこの男に全く見覚えはなかった。


そんなルード達の動揺を読み取ってかジグはあっさりと白状した。

「安心しな、俺はこの国の元奴隷だよ。」

「奴隷だと・・・!」

奴隷は最下層の身分であり、ルードからしたら人間ですらなく家畜以下の存在だった。

その奴隷にルードは先程品性がないと罵られたのだ。

当然ルードは激昂した。

「こいつを捕らえろ!絶対に逃すな!絶対に殺すな!

失敗したらお前らもただでは済まさんぞ!!」

激情のままにルードは指示をだす。

「絶対に許さんぞ!ただでは殺さん、両手足を切り落として家畜の餌にしてやる!」

ルードは鼻息荒くまくし立てる。しかし従者達の様子がおかしい、誰もぴくりとも動かないのだ。

「どうしたお前ら!」

「うるせえなぁ、もう夜だぜ近所迷惑だって、だから品性の欠片もないって言ってんだよ。」

ジグがまたルードを罵り怒りの炎にさらに油を注ぐ。

「貴様ぁ!おいお前ら!何をしている早く捕らえろ!」

「もう死んでるよ。」

「何だと!」

「だからうるせえって、よく見てみろよ。」

ルードは近くの護衛に近づいてみる。

「凍ってる・・・のか?」

「やっと気付いたか、品性も知性もないってどうしようもないなお前。」

「貴様、何をした!?」

「俺は反撃しただけだよ。まあ恨むならルードとかいう無能な主を恨めってな。」

それを聞いてルードはあまりの怒りに血が昇りすぎたのか少し目眩がしてよろめきかけた。

しかしルードはその瞬間自身の足に強烈な違和感を覚えた。

「まさか・・・。」残念ながらそのまさかだった。

ルードの足は膝まで凍りついてビッタリと地面から固定されていて動かす事ができなくなっていたのだ。

「貴様ぁ!この私に何をっ!早く解かんか!」

激昂するルードを見て男は呆れを通り越して逆に感心する。

この危機的な状況でよくそんな態度を取れるものだ。


男は魔法を解く代わりにルードの頬に拳を叩き込む。

「ぶへっ。」

ルードはなんとも言えない声を上げ、そのまま固まってしまう。どうやら自分が殴られたことが理解できないらしい。

「おーい。」

男の呼びかけでようやく覚醒する。


「きっ貴様っ、わわ私は、エンフィー、エンフィー家の・・・!」

「ははっ、落ち着けよ、何言ってんのか分かんねーぞ。」

「私はエンフィー公爵家の長男ルード・エンフィーだぞ!」

「へー、偉いんだなお前、馬鹿なのに。」

「こんな事をしてどうなるのか分かってるのか!?貴様は間違いなく死刑だ!私が直々に殺してやる!」

少し落ち着いたのかルードの口調が元に戻る。


「ははっ、お前すげぇなあ、この状況分かってんのか?」

そう言いながら男はペシペシと軽く手でルードの頬を叩く。

もう、ルードの体は胸まで凍っていた。

「どうみても死ぬのはお前だろ。」

「は・・・、何故?」

「何故って喧嘩売ってきたのはお前だろ、知らねえ奴にいきなり酒ぶっかけられたのはさすがに初めてだぞ。しかもその床にこぼれた酒舐めろって。あんなの腹立つに決まってんだろ。」

「でも私は公爵家の長男でお前は奴隷だ何の問題がある!私が何をしても平民共は・・・。」

ルードはそこまで喋ったところで全身を凍らされて息絶えた。もうこれ以上話しても堂々巡りになるだけだったろう。

「ある意味凄かったなこいつ。」

そう呟いジグは夜空を見上げてため息をつく。

「あーまたやっちまった、リーナにばれたら怒られるよなぁ、はぁ…。」


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