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イルカと沈黙の海

イルカの声は、とても高い。

人の耳には、聞こえないほどに――。


だから、彼女は言葉を選ぶ。

誰かの耳に届くように、周波数を合わせて、、、



その子は、いつも静かだった。


教室の空気がざわめいていても、

窓の外で風が騒いでいても、

彼女のまわりだけは、ひときわ静かだった。


名前は、みお


隣の席になったとき、私はまず、呼吸の音が聞こえるのかどうかを気にした。

それくらい、彼女は音を立てない。

教科書をめくる音も、椅子を引く音も、ほとんど残さない。

まるで、水の中にいるみたいだった。


「……」


何か言いかけた気がしたけれど、言葉にはならなかった。

彼女の中で、音は生まれても、波にはならない。

ただそこに、沈んでいる。


それが悪いとも思わなかった。

むしろ、私にはちょうどよかった。


今日の授業はグループワークで私たちは自然と同じ班になった。


机を寄せ合う。

資料が配られ、意見が交わされる。誰かの声が大きくて、誰かの声は埋もれる。

そして、彼女――みおは、一度だけ口を開いた。


「……あの」


その声は、たしかに聞こえた。

でも次の瞬間、彼女は言葉を飲み込んだ。


誰も気に留めなかった。話はそのまま別の方向へ進んでいった。

だけど私は見ていた。

みおの指先が、震えるように動いたこと。

唇がほんのわずかに開いたこと。


放課後、教室の隅。

私は勇気を出して声をかけた。


「さっき、言いかけてたよね。何か、考えてた?」


彼女は一瞬、目を見開いた。

そして、ごく小さくうなずいた。


「……あのとき、こう言おうと思ってた。

 “テーマを絞ったほうが、もっとまとまるかもしれない”って」


私はすごくいい案だと共感した。


「言えばよかったのに」


「……でも、誰かがもう進めてたし。

 止めるの、悪いかなって思ったの。

 それに……否定って、されたくなくて」


すごく正しい

しかし、言葉を選びすぎる。

それは優しさの形をしているけれど、時々、自分の首を絞めてしまう。


「言葉にする前に、ちゃんと誰かの気持ちを考えてる。

 それって、すごく難しいことだと思う」


「だからこそ、言ってくれたら嬉しいな」


静かに伝えると、みおは少しだけ顔を上げた。

初めて、真正面から私の目を見た。


「……ありがとう」


その声は小さくて、それでもはっきりと、水面のこちら側に届いた気がした。


次の日も、みおはあまり喋らなかった。

それでも、言葉が浮かぶたびに、そっと私の方を見る。

私はうなずく。それだけで、彼女はすこしだけ安心した顔をした。


彼女は今も、周波数を合わせようとしている。

でも、誰かに届く日が来る。そう信じられるようになった。


私たちの間には、まだ静かな海が広がっている。

けれどその水の中で、確かに心の声は泳ぎ始めていた。

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