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魔法の世界に憧れて  作者: 富乃光
学園編
9/44

親と子

 私の父は王宮魔導士。それも大魔道長の地位を任じている。この国に住む人間で、父の名を知らぬ者など絶対に存在しないでしょう。だってお父様は、誰もが憧れる王国の英雄なのよ? 魔法学校で一位とか、優秀なエリート候補生とか、そんな次元の人じゃない。


 ウィリアム・フィングルトン。……そうよ。父はこの国で、最も優秀な魔法使いなの。一番強いの。だから私も、一番強くないといけないの。


 「あの、お父様?」


 「何だキーラ。今は忙しいから、話なら後にしてくれ」


 「あの、私……成績優秀者に選ばれましたの……」


 携帯用の赤い魔鉱石で、誰かと通信を取っていた父は、私の言葉を聞くと驚いて、


 「それは本当か!?」


 父の顔は大きな喜びに満ちていた。初めて向けられた期待の眼差し。決して見せてくれることの無かった笑顔。私がずっと欲していたものが、そこにあった。わずか数十秒の間だったけれど、私はその時、本当に幸せを感じていたのだ。


 「第六位です! その、一年生で上位十名に入れたのは、私だけみたいで……」


 「六位?」


 父の表情が険しくなる。幸せな時間は一瞬で過ぎ去った。ああ、いつもの父だ。次に彼はこう言うのだろう。「誰がその順位で満足しろと言ったか?」ってね……。


 物覚えの悪い娘。凡人、馬鹿、不良品、無能、失敗作、出来損ない。生まなければ良かったと、母もそう口にしたことがある。でも多分それは一度だけ。父の叱責に耐え兼ねて、思わずヒステリックに口走ったその瞬間を、たまたま私が耳にした。それだけの話だ。きっと母は、父と違ってそれなりに、私のことを愛してくれていたんだと思う。


 「次は一位を目指せ。間違っても今の順位は落とすなよ? 情けない限りだが、六位が今のお前の基準なのだからな」


 私は必死に戦った。一年次の模擬演習も、進級試験も。そして二年生になってから、今度は死に物狂いで勉学にも勤しんだ。でも、順位は上がらなかった。第六位。その数字は呪いのように私を蝕んでいった。六位。六位。ここから下がることは許されない。せめて一でも、二でも。ほんの僅かでも上げることができれば、少しは楽になれるというのに……。





 「今年の一年マジでやべえな。四位と十位。二人もランカー出てるんだぜ?」


 「にしてもキーラの奴、伸び悩んでるよな。卒業生の抜けた穴をゲトるチャンスだったのに。アランだっけか? まさか一年坊に抜かされるとは」


 「彼女さ、親が王宮魔道長なんだって。幼い頃から厳しい訓練を受けてたらしいぜ。でも――」


 やめて……それ以上は聞きたくない……。


 「結局、本物の天才には敵わねえのよ」


 みんな好き勝手に噂する。私の苦労も知らないで。私がどれだけ努力してるのか、誰も分かってない。誰も理解してくれない。


 誰にも……理解されなくていい……。


 才能を持たぬ者が何かを成し遂げるためには、孤独と上手に付き合う必要がある。そう、孤独だ。簡単に成し遂げられる者には、まるで関係の無い話。でも私は天才じゃない。私は孤独に耐えなければならない。ひたすら努力し続けるんだ。あと一歩、二歩、三歩……。一体どこまで進めば、私は救われるのかしら……。




 出る杭は潰してきた。脅威になりそうな後輩は取り込む。恭順しなければ、徹底的に潰す。アランの存在は想定外だったが、彼女の……リサ・オズボーンの台頭は見事に抑え込むことが出来た。どんな卑怯な手を使ってでも、私はこの地位を守らないといけないのよ。




 「あなた、ずいぶんと飲み込みが早いのね。もう基礎魔法を習得してしまったの?」


 「はい! 先生!」


 彼女は屈託のない笑顔で、教室中の生徒たちから賞賛を受けながら、隣のお友達と嬉しそうにはしゃいでいた。私でも半年かかった基礎魔法の習得を、なんと彼女は半月で完了させてしまったのだ。


 「お名前を聞いてもいいかな?」


 教官がそう問いかけると、彼女はすぐに席から立ちあがった。そして明るく元気の良い、自信に満ち溢れた大きな声で、


 「リサ・オズボーン! 一年生です!」






 「結局、本物の天才には敵わない」


 誰が発したかも分からぬその台詞が、ずっと頭から離れなかった。六位、六位、六位。ここが私の限界なのかしら。


 リサ・オズボーン。彼女は決して目立つ生徒では無かった筈だ。もちろん基礎魔法の習得スピードは、その魔導士の資質を測るための、いくつかの基準の中の一つではあるだろう。しかし、もっと優秀な生徒はいくらでも存在する。彼女がランカー入り出来るほどの実力を、その手に有しているとは思えない。


 でも私は、あの授業で、貴方の星のような輝きを目にした時から、何かが壊れてしまったのだ……。


 「貴方には才能があります。ぜひとも、私の軍団にお入りなさい」


 ……どうして私を拒絶したの? なぜ、貴方は一人の道を選んだの?


 「勧誘は嬉しいよ。でも、私は戦うために魔法を使わない。誰かを喜ばせるために、誰かを助けるために魔法を使うんだ!」


 ……本当にうるさい。誰かを喜ばせるためですって? 笑わせないで。


 力を持つ者には役割がある。貴方は比類なき才能を秘めているのに、それを適切な場所で発揮せず、凡人に混ざって、心地良い現状に甘えているのよ。持てる者の責務を果たさずに、貴方はただ、才能を空費し続けているだけ。


 私は才能が欲しかった。父のような偉大な魔導士になりたかった。私がリサのような才能を持って生まれていれば、きっと父は、たくさん私を褒めてくれただろうに……。





 「終わったな。キーラは戦闘不能だ」


 屋内闘技場の中央で、体をガタガタと震わせながらうずくまる、彼女の姿を見たひとりの観衆が、冷めた声色でそう吐き捨てる。


 キーラとパトリックの決闘は一瞬で片が付いた。観衆の多くは驚いている。上位陣から転落したとはいえ、それでもキーラは元六位の実力者なのだ。シャーロットの強さが化け物じみていただけで、まだまだ彼女がランカーに返り咲く可能性は大いにある。聖魔法の使い手は珍しい存在だし、何よりキーラには戦術の心得があった。それがまさか第五位に、こうも一方的にいたぶられるとは……。


 「もう駄目だろ、あいつ。明日の模擬演習も棄権するんじゃねえの?」


 「俺は出て欲しいけどな。高飛車な女が泣き叫ぶところ、もっと見たいもん」


 「うわ……趣味わる……ドン引きだわ……」



 

 痛い……体中が痛い……。これが、暗黒魔法なの……。


 神経に直接響くような激痛。まるで、終わりのない拷問を受けているみたいだ。精神が持たない。もう嫌だ。何もかも……。


 「立てよキーラ。こっからが本番だぜ? 死んだ方がマシだって思わせてやる」


 「許して下さい! もう無理です! お願いだから許してっ!」

 

 終わった。本当に終わった。今まで築き上げてきたものが、全て崩れ去った。……もういいんだ。そもそも私には、ランカーの素質なんて、これっぽっちも無かったんだ。ずっと無理してた。どうせ私は無能だ。出来損ないだ。なのに下らないプライドを守るため、ひどい事ばっかりしてきたんだ。


 死んだ方がいいよ、やっぱり。今殺してもらったほうがいい。許してくれなくていい。


 「ははは……私、ここで死ぬんだ……」


 するとパトリックは、見るも無残な彼女の姿を一瞥して、


 「チッ、もう壊れちまったのかよ」


 うずくまる彼女の体を踏みつけると、パトリックはそのまま闘技場を後にした。観客席からは疎らな拍手が起こるのみで、ほとんどの生徒は沈黙してる。その中には真理部部長、第一位のミカエル・デランジェールの姿もあった。




 「なんだか僕と戦った時より、力が増しているように見えるけど。これも、暗黒魔法の作用かねえ?」


 すると副部長のジョンが、


 「可能性は高いでしょう。暗黒魔法は己の精神と引き換えに、通常では出し得ない強大な術を扱うことが出来ますから。パトリック・ターナー。彼は要注意です」


 「他にも問題が山積みだってのにさ。……ま、最悪彼の処理は、シャーロット君に任せればいいか」


 「シャーロット殿は今回、得意魔法を封じて戦うつもりの様ですが。如何されます?」


 ミカエルは少し悩んだ後、開き直ったように笑顔を見せて、


 「やっぱり真理の探究が最優先だ。湧きあがる好奇心を抑えることなんて、僕には出来ないよ」

 

 「では、模擬演習は……」


 「どうでもいいや! ここ魔法学校という貴重な歴史資料に比べれば、第一位の座も、部員の安全も、ぜーんぶ取るに足らない鼻くそみたいなもんだから!」


 ああ、それでこそ我が部長。ジョンはミカエルの恍惚とした表情を見つめながら、愛する者の幸福をただ守りたいと願い、密かに忠誠心を固くするのであった。

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