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魔法の世界に憧れて  作者: 富乃光
学園編
7/44

不穏

 夜十時。城塞の最上階に位置する部室の窓から、ミカエルは古塔の方向をじっと見つめていた。ほどなくして部屋の扉が開き、副部長のジョン・ブラウンが入室する。


 「部長。シャーロット殿とリサ殿が、古塔から寮の建物まで無事帰還しました」


 「オッケー。見張り役任せちゃってごめね、ジョン」


 「いえ、大したことでは……。部長の為なら何でもしますよ」


 「ありがと。二人のこと、これからも宜しくね? 君にしか頼めないからさ」


 「え、ええ。部長……っ!?」


 次の言葉をミカエルの抱擁に遮られ、ジョンは呆然とその場に立ち尽くすことしか出来なかった。ミカエルはそのまま、


 「僕は孤独なんだ。第一位のエリートとして、誰からもその実力を期待されている。でも僕は……」


 「分かってます……部長……」


 「ミカエルと呼んでくれ。何度も言ってるだろう」


 暗く虚ろな眼。そこにジョンは、底知れぬ真理への探究心と引き換えに、今まさに失いかけている良心の残滓を垣間見る。


 「ええ、ミカエル……」





 突如として響き渡る衝撃音。吹き飛ぶ部室の扉。ミカエルは咄嗟にジョンの体を突き飛ばし、魔法の杖を右手に構える。


 「男同士の友情ってやつ? 気味悪いなあ。俺さ、そういうの大っ嫌いなんだわ」


 二年生か。ミカエルは腕章を確認し、侵入者の正体を突き止めようと思考を巡らせた。僕はこの学校の第一位だ。そんな僕に、わざわざ襲撃を仕掛けてくる生徒なんて……。


 「君、ランカーだね?」


 他にこんな真似をする人間はいないだろう。すると長身の男は笑いながら、

 

 「第五位のパトリック・ターナーだ。つーか普通に俺のこと、認識しとけよな」

 

 「すまない。僕は学内の順位争いに興味がないんだ。……大人しく帰ってくれるかな?」


 「気に食わねえ野郎だ。俺こそが第一位に相応しい男だってこと、分からせてやるよ」


 パトリックの杖先から黒い瘴気が噴出する。あれは……暗黒魔法か……?


 その瘴気は瞬く間にミカエルの体を包み込んだ。絶叫が辺りに響き渡り、全身が瞬く間に朽ち果てていく。


 「大したことねえじゃん。学園最強がこんなもんかよ」


 側近のジョンはその光景を絶望しながら見つめていた。そして、第五位の視線が自身の身体に注がれた瞬間、彼は恐怖のあまり気を失いかけてしまうのであった。


 「雑魚には興味ねえから。とっとと失せな」


 しかしジョンは寸前のところで持ちこたえた。その目には復讐の炎が宿っている。


 「お前は許さない。絶対に殺す」


 杖を構えるジョン。パトリックはその姿を嘲りながら、


 「なら来いよ! てめえにも最高の苦痛を与えてやるぜ!」


 しかし彼は異変に気が付いた。ジョンの姿が突如として消え、目の前に、さきほど葬ったはずのミカエルが現れる。何だ……いったい何が起こって……。


 「私闘は重罪に値する。ま、僕も法律なんて守ってないけどさ」

 

 パトリックは無我夢中で杖を振り下ろした。再びミカエルの体が黒い瘴気に包まれる。絶叫が辺りにこだまする。


 暗黒魔法。対象に最大限の苦痛を与えた上で、死に至らしめることを目的とした、この世で最も残虐とされている禁断の魔法。


 「――しかしその魔法は、術者の精神をも確実に蝕む。指定禁止魔法に類されていないのは、まさしく王国の闇そのものと言ったところだろうか」


 背後で囁く第一位。何故だ。なぜこいつは死なない。


 「……俺に何をした?」


 「君は既に僕の術中にある。夢か現かも分からぬ無限の世界を、ただ彷徨うことしか出来ない」


 何度も何度も杖を振った。その度に、ミカエルは無様な死にざまを晒している。なのに、どうして……。


 「さて、幻術を解いてあげようか」


 パトリックは全身から汗を流しながら、ただそこに、ミカエルと最初に対峙したその瞬間のままに、部屋の入口で立ち尽くしていたのである。何もしていなかった。俺は、何も……。


 「そう。君は幻の中で、ただ夢中になって杖を振り回していた」


 暗い瞳が真っすぐにこちらを見据えて来る。得体の知れない恐怖がパトリックを襲う。一体、こいつは……。


 「クソ……これが一位の実力かよ……」







 あの古塔での出来事から三日が経過した。魔獣の粋な計らいが功を奏したのか、シャーロットはすっかり元気を取り戻したようである。いや、むしろ以前にも増して、元気になり過ぎていると言うべきか。何も問題はない。幸せだ。ただ幸せな日常が流れている。シャーロットは可愛い。それだけでいいんだ。



 「リサお前……噂になってるぜ……」


 食堂にて。友人のアランが苦笑いを浮かべながら、こちらを気まずそうに見つめて来る。


 「え? なにが?」


 「シャーロットだよ。あいつとデキてるんじゃないかって、学校中で噂されてんの」


 「できてる? 何それ。意味わかんない」


 リサは特段気に留める様子もなく、堅パンを頬張りながらアランを見た。


 「それよりアランさ。最近、授業サボり過ぎじゃない? このままじゃ進級できなくなるかもよ?」


 「俺はランカーだから問題ねえよ。第四位だぜ? 出来るもんなら留年させてみろって」 


 「もうすぐあれ、始まるじゃん。ランカー同士の模擬演習。君ほんとうに大丈夫なの?」

 

 十名の成績優秀者に加え、かつて優秀者の地位に立ったことのある「ランカー落ち」を交えた実戦形式の模擬演習。それは毎年十月に実施される、魔法学校の一大イベントでもあった。


 成績優秀者の十名にとって、このイベントは己の地位を失う可能性をはらんだ、地獄の試練とも言えるだろう。だが一方で、順位を上げたい野心家のランカーや、再び上位に返り咲きたいと願う「ランカー落ち」にとっては、これ以上ない大チャンスでもあった。


 いずれにせよ、リサには全く関係のない話である。……と、言いたいところだが、現実はそう安心できる状況でもない。親友のシャーロットはいま現在、第六位のランカーとして学内に君臨しているのだ。




 「もう絶対に危ないことはしません!」


 昨夜、シャーロットは自信満々にそう宣言していたが、いかんせん彼女が手加減をできるようには思えなかった。リサは彼女の肩をに手をのせて、


 「ねえシャーロット。私はね、君の心配はしてないんだよ。君が誰かを殺しちゃわないか、それが心配なの。手加減できる?」


 「槍は使わない! この杖で戦うよ!」

 

 「それはそれでさあ……」


 彼女は魔法を上手く扱えないのだ。てか、あの槍は一体何なの? 直接尋ねてみても「得意技だよ!」としか答えてくれないし……。


 「まあ。成績上位陣にはアランもミカエルもいるし、大丈夫かなあ」


 あの二人がシャーロットに危害を加えるとは思えない。ミカエルは何故か、第五位の男を潰すと息巻いていたけれど、彼女には一切手出しをしないと言い切っていた。「大事な同志に手を上げるわけがない。むしろ、進んでシャーロットを援助したいところだよ」彼はそうはっきりとリサに語ったのだ。


 アランは言うまでもないだろう。そもそも彼は最近、何事に対してもやる気がない。今もほら、食事にすら手もつけず、ぼうっと遠くを見つめてる。


 「ねえアラン? 聞いてるの?」

 

 「ああ……何の話だっけ……?」


 「模擬演習。ほんと気を付けてよね。特にキーラなんて、死に物狂いでランカーの地位を奪還しに来るだろうから」


 「任せとけ。何なら順位上げてやるよ。第一位はキツいかもしれないが……。三位、いや二位ぐらいなら行けるんじゃないか?」


 やっぱり部長は凄いんだと、リサは改めてミカエルの強さを実感していた。四位のアランがそこまで言うぐらいなのだから。


 ミカエルは今三年生。あと半年も経たずに卒業してしまうけれど、一度くらい、彼の本気の戦闘を見てみたいものである。


 でもアランには戦って欲しくない。ただ無事に生還してほしい。時々彼が良く分からなくなることもあるけれど。私が一番つらい時、ずっとそばにいてくれたのは、アランだけだったから。


 「無理しないでね」


 「大丈夫。久々に、全力出してくるよ」




 物語にはフラグというものがある。特に異世界ファンタジーの場合には、それが顕著に現れるものである。例えば結婚を控えた青年は、多くの場合その後の戦いで命を落とす。男は愛する女のもとに帰れない。女は将来の夫を信じて、ささやかな日常の中で彼の帰りを待ち続ける。


 悲劇は人の心を打つものだ。しかし、その後のエピソードは語られないことの方が多い。恋人を失った女は、いずれ別の男を見つけるか、さもなくば一生独り身で、それでも日常の中に生きる意味を探しながら、生きるか、死ぬか。ドーランド王国には三千万人近くの民が暮らしている。その全てに物語がある。


 私の物語は、このあと急転直下の展開を迎えることになった。学園生活は崩壊した。でもそれは、目まぐるしい人生のほんの一部に過ぎない。


 それでも私は生き続ける。だって死んだら、何も分からなくなってしまうから……。

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