シャーロット
リサは医務室のベッドで眠っている。私のせいで、彼女は瀕死の重体に追い込まれた。私がやったんだ。初めての友達を、危うく殺してしまうところだった。
あのキーラという女の子は、リサにずっと意地悪をしていた。その話は決闘のあとに聞かされた。押し寄せる生徒たちの一人から、喧騒の中で……。
それを聞いた私は、一瞬だけ、心が楽になったような気がした。私はリサの為に戦ったんだ。彼女の元ルームメイトが、むかし退学に追い込まれたという話も聞いた。これまでやってきたキーラのひどい行為をたくさん聞いた私は、また、自分を安心させる材料が増えたと、そう思った。
リサのために。そして、元ルームメイトの女の子の為にも、私は第六位のキーラをやっつけたんだ。
「私は……化け物だ……」
群がる生徒の一人が言った。「お前、マジで化け物だよ」って。その顔は興奮していた。悪意なんて微塵も感じられない。純粋な賞賛の言葉だったんだ。でもその言葉が、今も私の脳裏にへばりついて離れない。
施設の先生もよく私に言ってきた。君は素晴らしい化け物だって。それは大体、私を褒めてくれる時に聞く言葉だったけど、今その意味をようやく理解できた気がする。同い年の人たちと初めて関わり合って、色んな反応を見るうちに、私は本当に「化け物」なんだって。
第六位であの実力なら、私はきっと、目の前でほほ笑んでいる第一位の彼にも、簡単に勝つことが出来るのだろう。
「君もオカルト研究部に入らないか?」
彼はそう言った。私はリサのことを思い浮かべながら、二度と彼女を辛い目に合わせない為の選択が、今ここで提示されているんだと確信した。ミカエルも、部員の皆もすごくいい人たちだ。彼の下で色んなことを学んで、もしいつか、リサとまた笑い合える日が来たら……。
「別に入部は自由だと思うけど。まずはリサと話し合うべきじゃないか? あいつ、まだ医務室にいるぜ」
アランはそう言った。その通りだと私も思った。でも怖かった。彼女に拒絶されたらどうしよう。大事な友だちを傷つけた私に、平気な顔でお見舞いに行く資格なんてありはしない……。
「どいつもこいつも、リサの良心に甘えて好き勝手によ。俺もその一人だけどさ……。でも、あいつはお前の事しか考えてないと思うぜ? お前に人を殺して欲しくなかったから、リサは自分の命を投げ出そうとしたんだ」
「そう……。じゃあやっぱり、私のせいで……」
「バカかお前。リサのことを思うなら、なおさら見舞いに行ってやれ。オカルト研究部なんて入る前に、やることあるだろうが」
「うん……そのうち……行くよ……」
「何なら今、一緒に行ってやろうか? 今日は食堂でケーキが出るらしいから、後で差し入れに行こうと思ってたんだ」
アランは笑って言った。でも、私は逃げ出した。そして真理部の人たちと一緒に、中庭で古代儀式の再現をすることになったんだ。ミカエルは「古代の息吹」を研究するために、正確な儀式の再現を望んでいた。
「シャーロット殿。黒頭巾がズレていますぞ」
「あっ、ごめんなさい……」
「フフ、シャーロット殿は意外と天然さんですな」
「緊張しなくても大丈夫。ミカエル部長は優しいですから」
「古代の話になると、周りが見えなくなるのが玉にキズですけれど。フフフ……」
ここなら私を受け入れてくれるかもしれない。中庭に向かう道中で、私は本気でそう考えていた。でもそれでいいのかな。大事なことから目を背けて、また私は、優しい人たちの良心に甘えようとしているのでは……。
真理部の人たちはずっと研究をしてるから、私が本当は化け物だってことも、良く分かってないみたい。新しい第六位になった話をしても、皆に迷惑をかけるかもしれないって忠告しても、「真理を探究する志があれば、我々は一つだ」って、ミカエルもそう言った。私はその言葉に希望を抱いてしまった。そして……。
「ここが「真理の間」の入口だ。いいかい? もう一度聞くけど、この場所のことは絶対に、誰にも話しちゃいけないよ? リサもシャーロットも、二人ともね?」
ミカエルは再度言い聞かせるように念を押した。リサは覚悟を決めたように頷いた。シャーロットは、やはり黙って俯いている。
かつて城塞として活用されていた巨大な校舎から、徒歩で草原を進むこと三十分。王都と学園の間に生い茂る「栄光の森」のちょうど手前辺りに、その古びた石造りの塔は佇んでいた。
「造りからして、三百年前ぐらいに建てられた監視塔だろうね。でもその内実は……」
夕暮れ時。東に沈む太陽が、五層からなるいにしえの古塔を赤く染め上げている。ミカエルは先頭に立ってその内部に入り込むと、魔法の杖を取り出して、石畳の床に向かって何やら呪文を唱え始めた。
するとただの石床だった彼の足元に、突如として、地下へと続く階段が現れたのである。リサは驚いて息を呑んだ。ずっと俯き加減だったシャーロットも、その様子に表情を一変させる。
「ジョン。念のため外を見張っててくれ」
ミカエルは部員にそう命じると、リサとシャーロットを伴って階段を降り始めた。カビと埃のきつい臭いが鼻をつく。照明魔法に照らされて、巨大な蝙蝠が一斉に飛び回る。リサは己の心音が高鳴るのを感じながら、上下の前歯をくっつけて意識を集中させていた。
もしこの男が妙な行動を起こしたら、すぐに空間魔法を発動させよう。
彼女はミカエルを完全に信用してはいなかった。しかしその警戒も、地下室の先に広がる円形の空間を目にしたことで、全てが衝撃と恐怖に変貌するのであった。
「久しぶりだね。スフィンクス……」
獅子の体に人間の乳房。そして、この世のものとは思えない程、不気味で美しい女性の顔。……確かに魔法学校の教科書で目にしたことがある。古代神話に現れる神秘の魔獣。知を司る神の使い。
「彼女が、僕の仮説の裏付けとなる「根拠」を示してくれたんだ」
女の顔はじろりとこちらを睨み付けた。その瞳は黒とも赤とも、青とも緑ともつかぬ、不思議な輝きを放っている。
リサは眼前の光景に恐怖を覚えると共に、恍惚の表情を浮かべるミカエルを心の底から恐ろしいと感じていた。無意識にシャーロットの手を握りしめると、彼女も震える手で握り返してくる。二人は顔を見合わせた。
「大丈夫。私がついてるから」
「リサ……」