日常
「夢とは思えないんだよ。すっごくリアルな内容でさ」
ぼんやりと雲のような思い出を追懐するように、理沙は昨日見た夢の内容を語って見せた――果たしてそれは本当に夢だったのか――。ぶつ切りの光景。その全てに、アランと名乗る男の子の姿があった。或いは彼のことを思いながら、私は一人ベッドにうずくまっていた。魔法学校と呼ばれる石造りの巨大建築を舞台に、私は、その生徒になり切っていたのである。
不思議なことに言語も理解できた。全く聞き覚えの無い、私たちが普段使用するそれとはまるで異なる言葉だったのに……。
「魔法も使えたんだ。私は自由自在に物質をすり抜けることのできる、空間魔法の使い手で――」
他にもいくつかの名前が記憶に残っている。キーラ、エステル、シャーロット。特にシャーロットなる少女は、アランと共に頻繁に私の前へ現れた。嘘みたいに可愛い少女だった。私は彼女が大好きで、彼女も私に心を許しているようだった。でもみんな、現実世界ではほとんど見たことのない容姿をしていて、肌は真っ白で、瞳の色は様々だった。シャーロットは緑色の目をしていた。
「あれは本物の恋だったね。しかも両想い。これガチだから」
「アハハ、誰よアランって!」
理沙自身がおどけた調子で語っていたこともあり、いつもの仲良しメンバーは皆大笑いしながらその話を聞いていたのだが、乃亜だけは神妙な顔をして、何か考え込むようなそぶりを見せながら、
「それ、外地の名前だよね……」
「え?」
理沙はきょとんとして彼女を見た。乃亜は続けて、
「港湾特別区で、何度か見たことあるよ。私たちとは違う外見の人たち……」
今度は教室中の視線が一斉に集まった。マズいと勘付いたのか、慌てて口を抑える乃亜。
「乃亜、もしかして……」
「ごめん。今の話、聞かなかったことにして」
理沙は沸き上がる好奇心を抑え込み、彼女を見て小さく頷いた。教室は静まり返っていた。クラスの人間は皆、海を見たことのある(と思われる)一人の内気な少女に気を取られ、その話の続きを聞きたがっているのだ。理沙もそうであった。
「あーあ。もうすぐ中間テストだよ」
「嫌なこと思い出させないでよ理沙。わたし全然勉強してないや」
「私も。乃亜は真面目にやってるよね?」
「うん……。でもやってるだけ。全く身についてないと思う」
「嘘だあ。乃亜は結構頭いいでしょ」
理沙の言葉に、乃亜はかぶりを振って、
「ほんとだよ。頭良かったら、こんな学校来てないって」
「確かに……」
四人は下を向いてくすくすと笑った。乃亜がだんだんと会話に入るようになってきて、彼女の悪戯っぽい一面だったり、割に毒づく部分が露わになるにつれ、他の三人はそれを面白がるようになっていたのである。
「ねえ乃亜。あれやってよ。田口君のモノマネ」
「ちょっとやめてよ。今いないよね?」
田口はクラスの中心グループの一員で、ぶっきらぼうな物言いと、多少ナルシスト気味な振舞いが特徴の男子生徒であった。ちなみにモテる。乃亜は教室内に彼の姿が無いことを確認すると、
「オォイ長瀬ぇ。お前まーた宿題忘れたのかよぉ」
理沙は爆笑して机に突っ伏した。友人の一人も腹を抱えながら、
「ほんとダメだって……田口君ああ見えて繊細なんだから……」
「でもさ、あの人、たぶん理沙のこと好きだよね」
少し恥ずかしそうに周囲を盗み見ながら、小声でそうささやく乃亜。
「ないない。彼、サッカーの特待生でしょ?」
理沙は何となしに教室の窓を見た。この時期にしては珍しく天気の良い、雲一つない青空が広がる朗らかな一日の昼下がり。田口は今頃校庭でサッカーをしているのだろう。しかし……。
「何かうるさくない? 校庭」
いつにも増して騒がしい校庭の様子が気にかかり、席を立って、窓の外の様子を確認してみた理沙は、
「なに、あれ……」
上空にゆうゆうと漂う謎の飛行物体。やってきた友人たちも身を乗り出し、巨大な楕円形のそれを見た。飛行機でも空用車でもない、しかしどう見ても人工物であろうその飛行物体は、校庭のちょうど真上あたりで停止しているようにも見える。
「飛行船だ!」
一人の男子が声を上げた。理沙はその生徒の話に耳を傾けた。
「歴史の本で見たことある。大昔の飛行技術だよ。あの楕円の中に、大量のガスが溜まってるんだ」
教室中がざわめき始めた。理沙は嫌な予感がして、窓から突き出した頭を引っ込めようとした。その瞬間、校庭の真ん中に妙な物体が落下して、巨大な爆発音が辺りに響き渡ったのである。




