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魔法の世界に憧れて  作者: 富乃光
日常編
32/44

入学

 結局私は、受験勉強に精を出すことも出来ず、ダラダラと日々を過ごしながら春を迎えてしまった。まともに取れる教科は国語ぐらい。それも説明文はさっぱりなので、物語文で点数を稼ぐしかないといった有様。当然そんな調子で志望校に受かるわけもなく、かくして私の進学先は、名前を書けば合格できると揶揄される、底辺校のA高校に定まることとなったのだ。



 入学当初は色々と大変だった。けれど今では仲の良い友達がたくさんいる。新入生にはとりわけ顕著に現れるという五月病の症状も、私にはまるで関係がなかった。平穏な日常。差し当たっての不安と言えば、来月に開催されるスポーツ祭ぐらいだろうか。それも例年に比べると大した問題ではない。


 もともと体力に自信がなく、運動の苦手な私であったが、今は不思議なことに良くできるのだ。特に陸上競技の成績は学年でも上位に食い込むレベル。自分でも本当にびっくりしているぐらいである。一体、私の体に何があったと言うのだろうか……。






 「ねえみんな。駅前交差点の幽霊の噂、知ってる?」


 昼食の時間。いつもの四人組で、机をつき合わせて談笑していた理沙は、その中の一人が突然語り始めた心霊話に食事の手を止め、噛んでいた固形食をごくりと飲み込んで彼女を見た。


 「あ、知ってるそれ。H高の生徒でしょ? 入学式の日に、交通事故で亡くなったっていう」


 他の友人はそう返答した。H高と言えば、中信エリアでもトップクラスの偏差値を誇る進学校であり、また所謂「上級校」にも類されている、理沙にとってはまるで縁遠い雲の上の存在であった。「せっかく頑張って勉強しただろうに」と、理沙は何ともいたたまれない気分に陥りながらも、……しかし、話の続きが気に掛かる。


 「でね。そのH高の制服を着た、髪の長い女の子が、事故現場の駅前交差点で誰かを探してるんだって」


 すると理沙は瞳を輝かせ、身を乗り出しながら、


 「なにそれ、見てみたい!」


 「あー。そういえば理沙、こういう話得意だったよね」


 みんなを怖がらせようと企んでいた友人は、ワクワク状態の理沙を見てがっかりすると、興を削がれたように別の話題へ移行するのであった。





 放課後。クラスメイトから持ち掛けられていた陸上部の勧誘を断ったのち、理沙一人さみしく校舎を後にしていた。


 本当はやってみたかった。けれど、母に反対されてしまったのだから仕方ない。何事も親の許可が必要であるという点は、学生身分のつらい所である。


 「また行方不明になったらどうするの」


 と、母は険しい顔でそう答えた。心配してくれているというより、面倒に巻き込まれたくないといった感の方が強いようであった。父なら「やってみたらいい」と言ってくれただろう。が、その父は滅多に家へ帰ってこない。


 父は上級公務員の出世組であった。何か物凄いものを開発したり、運用したりするプロジェクトの責任者を務めていると聞いている。幼いころはよく遊んでくれていた。でも今は実質母との二人暮らし状態。正直、きつい……。





 「駅前交差点の幽霊? いや、聞いたことないなあ」


 優香という中学時代の友人と、その駅前のカフェでお喋りをしながら、理沙はふと昼休みの話を彼女に伝えてみた。申し訳程度に窓の外へ目を向けてくれたが、しかし彼女はこの手の話に興味がない。むしろ幽霊なんて存在しないと、超常現象の話をいつも否定するのだ。

 

 「高校生にもなってさ、幽霊なんて信じないよね」


 まったく夢がないなと、理沙は心の中でそう呟いた。ところがこの日はいつもと様子が違って、優香は神妙な顔を理沙に向けると、


 「でも、ちょっと気を付けた方がいいかも」


 「え?」


 「一昨年の夏休み。理沙が行方不明になる直前に、最後に会ったの私でしょ」


 「あー、そうだったね」


 「ずっと後悔してたの。どうしてあの時、ちゃんと理沙を引き留めなかったんだろうって」


 何だか申し訳ない気分になってきた。こんな話をするために、優香をカフェに呼び出したわけじゃない。ただ家に帰りたくなくて、ちょうど彼女も学校終わりで暇だと言うから、久しぶりに、他愛もないお喋りがしたかっただけなのだ。


 そもそも私は、行方不明になっていた間の記憶をすべて忘れてしまっている。だから中学時代の友達と対面しても、正直何の感慨も湧いてこないのだ。もちろん申し訳ないとは思ってる。友人からすれば私は一年以上も失踪していた人間で、もう帰ってこないだろうと覚悟していた矢先に、ひょっこり姿を現したのだから。そりゃ複雑な感情にもなるだろう。


 「理沙がいなくなったのは……私のせいだって……ずっと……」


 優香は鼻をすすり始めた。まずい、泣き出すぞと、理沙は慌てて明るい話題の提示を試みる。


 「この前の中本くんのライブ映像見た? 死ぬほどカッコよかったよ!?」


 「中本くん……昨日熱愛報道出てたよね……」


 「えっ?」

 

 あーあ最悪だ。よりにもよって地雷を踏み抜いてしまった。優香は中本担当だってのに。マジで何やってんだよ中本。


 「ま、まあ? アイドルだって人間だし? 多少はね?」


 「もう降りたからいい。それより理沙……」


 彼女は涙ぐんで、思いつめた表情で理沙へ向き合うと、


 「私にできること、あんまり無いかもしれないけど。……今日も家まで送るから」



 

 遅くなると母がうるさいから、まだ日が沈まぬうちに帰らなければならない。優香は本当に家まで着いてきた。玄関の前で「今後は寄り道しちゃだめだよ」と、母みたいなことを言ってくる。危ないのは優香だって一緒なのに。これじゃあ、何だか悪くて会いづらくなっちゃうな……。


 「ただいま」


 返事は無い。母は台所で夕食の準備を進めていた。今日は機嫌がいい日かな。背中を見れば、何となく分かる。


 「陸上部の話、断ってきたよ」


 独り言のように呟いた。聞こえているのかいないのか。まあ、どっちでもいいんだけど。


 「槍ヶ岳。今日は綺麗に見えてるね……」


 家の立地は父が選んだ。この街は高層ビルばかりで自然が少ないけど、山だけは雄大な自然を残してくれている。父は昔、自然保護活動にのめり込んでいた時期があったらしい。確か学生時代の話だったかな。今ではその自然を破壊する仕事に携わっていると、彼はさみしそうに笑っていた。


 「でも山は、簡単には崩せない。それもわが市の誇る四番目に高い山だ」


 四番ってなんか微妙じゃない? 一番高い山なら誰でも知ってるけどさ。私がそう答えると、父は優しい顔をして、


 「いつか一緒に登ろう。約束だよ」


 母とは大学の登山サークルで知り合った。ものの見方や考え方が似ていて、二人はすぐ親密な仲になったんだと。私は台所に向かう母の後ろ姿を一瞥した。


 いや、あり得ないでしょ……。


 とは言え理解できる部分もあった。今時こうして台所に向かい、鍋や包丁、フライパンを使って新鮮な食材を調理する。そのあたりに、父との共通点を見いだせないことも無いのだが、


 「あのさ、見られてると気分悪いから」


 背中に目でも付いてるのだろうか。こちらを見向きもせず、母は吐き捨てるようにそう言った。実はこの人、私の憧れる魔法使いだったりして……。なんて下らない発想も、幸せな妄想の材料になる。冷淡で性格の悪いお母さんが、本当は物凄く強い魔導士で、とある密命を受けて諜報活動に従事している。その経歴から、彼女は優しさを失ってしまったのだ。


 ……ご飯が出来るまで、物語のネタでも探すかな。父の書斎にはたくさんの書籍が収納されている。普通の家にはないような、ちょっと危ない本まで置いてあるのだ。


 ヘミングウェイの「老人と海」。まだ一度も読んだことがない。父はこの本が大好きで、「本当は、人間も自然の中の一部なんだよ」って。


 「僕は山を登るとき、いつもそれを実感させられるんだ」


 ファンタジー小説にしか興味が無かったけど、偶には別ジャンルの本を読んでみよう。この手の小説なんて、普通の家庭じゃ絶対に手に入らないし、目にする機会だって無いだろうから……。

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