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魔法の世界に憧れて  作者: 富乃光
王宮編
28/44

血の同盟

 「うわ、キモいねー。ほんとに何もしてないの?」


 舞台は魔法学校に戻る。王都中心街が混乱の渦に巻き込まれる中、第三位のランカーであるキルステン・ダルムシュタットは、同じくランカーのパトリックの自室に招かれていた。半笑いで以上の如き悪態を吐くキルステン。目の前には、パトリックがひた隠しにしようとする「秘密」が横たわっている。


 「うるせえな。殺すぞてめえ」


 苛立つあまり杖を向けるパトリック。しかし彼女は平然と、


 「これ冷却魔法? ずいぶん雑だね。てか、もっといい保存方法あるのに」


 「余計なお世話だ。もう出てけよ、これだけ見せりゃ十分だろ」


 「うんうん。アンタが下級生の体に欲情する変態じゃないってこと、ちゃんと分かったよ」


 「てめえ……どこまでも俺をコケにしやがって……」


 保管しているエステルの遺体を見てみたい。そんなキルステンの要求に、パトリックは抗うことが出来なかった。何しろ彼は弱みを握られている立場である。本来なら他人の命令に従うことを、誰よりも嫌う質であったが、他に選択肢は無かった。「見せてくれなきゃバラすよ」 そう脅されて、パトリックはしぶしぶ彼女を自室に招き入れたのである。


 「ここに置いといたらバレるでしょ、流石に」


 「だから今考えてんだよ」


 「あたしが隠してあげようか? 」


 「いいや、こいつは俺が頼まれた仕事だ。他人には任せらんねえよ」


 「……結構人間っぽいところあるんだね。ただのサイコパスかと思ってたわ」


 「馬鹿にしてんのか?」


 「褒めてるんだよ。辛うじて」


 

 やがて二人は外に出た。今朝、エステルの死亡が全校集会で伝えられ、そのまま無期限の休校が言い渡されたこともあり、生徒達はみな寮に戻っているようである。日はまだ高い。澄み渡る空気が、草原の先にある景色を良く見せてくれている。


 「なー、アイス奢れよ」


 「買う場所ねえだろ、馬鹿が」


 「王都でも行く?」


 「俺はエステル殺しの疑い掛けられてんだから。外出できるワケねえだろ」


 「つまんねーな。ちょうど薬草も切れちゃったし、調達にでもいくかあ」


 その時であった。パトリックは不意に立ち止まると、職員棟の方向に目をやって、何かに気付いたかのように、懐から魔法の杖を取り出した。


 「……奴だ」


 「え?」


 キルステンも、つられて職員棟に目を向ける。


 「この馬鹿でけえ魔力。エステルを殺した野郎と同じだな」


 「……まさか、職員室に?」


 仮設の職員棟から、水平に伸びる一筋の光線。二人は思わず顔を見合わせた。直後に明滅する光の束が、職員棟の外壁に無数の穴を空けて行く。どうやら光線は建物内部から放たれているらしい。


 「奴の攻撃だ! エステルはアレでやられたんだよ!」


 一目散に駆け出すパトリック。キルステンはその後を追って、強引に彼の体を抱きかかえると、


 「あたし、瞬間移動使えるから」


 「てめっ、何をっ!?」


 次の瞬間、二人の体は職員棟の入口手前に辿り着いていた。唖然とした表情で彼女を見るパトリック。


 「まさか……てめえも空間魔法を……」


 「違う違う、高速で移動したんだよ。物質をすり抜けるのは流石に無理」


 そう言って、入口から建物内を覗き込みながら、キルステンは腰のサーベルを静かに引き抜いた。


 「行くよ、パトリック」


 「ああ……」






 職員室の様相は悲惨そのものであった。散乱する書類。壁に空いた無数の穴。そして、あたり一面に広がる血の海と、重なる死体の山である。室内の教官は皆殺しであった。生きている人間はただ一人だけ。デスクを漁るその男が、こちらに気付いて振り返る。


 「全身黒のローブ。あんたが言ってた男で、間違いないね」


 「いや……違う……」


 エステルを殺した野郎は、もっと背の低い、華奢な体つきの男だった。……こいつは別人だ。


 「学生か?」


 男は低い声でそう言った。しかしパトリックは答えない。即座に暗黒魔法を発動させ、おぞましい瘴気で対象を包み込む。が、どうやら男は無傷であるらしく、


 「貴殿らと戦うつもりは無い。子供は殺さぬ。大人しく退くが良い」


 「あ? 馬鹿かてめえ。こっちはてめえを殺したくてウズウズしてんだよ」


 更に出力を上げるパトリック。やはり手ごたえが無い。……おかしい。まだ男は魔法を使っていない筈なのに、どうして何も効いていないんだ。


 少しでも瘴気に触れてしまえば、暗黒魔法の効力から逃れる術は無い。術者が発動を止めるか、対象の肉体が滅びるまで、黒い瘴気は地獄の苦しみを対象に与え続ける。筈なのだが……。


 「てめえのお仲間がよ、俺の獲物を横取りしやがったんだ。ぜってえ殺すからな!」


 「なるほど。術者の感情に反応し、その威力を高める魔法だな」


 男は銃を構えると、引き金に指を掛けて、


 「貴殿の精神もそう長くは持つまい。ここで楽にしてやるのが、貴殿にとっての幸福でもあるか」


 その瞬間、パトリックの体は窓ガラスを突き破り、勢いよく外の地面に叩きつけられた。何が起こったのか分からぬまま、慌てて立ち上がると、隣にはキルステンの姿がある。


 「てめっ、邪魔すんじゃねえ!」


 「助けてやったんだよ。アンタじゃ分が悪い。ここは任せて」


 彼女は高速移動を用いて、間一髪のところでパトリックを救ったのである。しかしパトリックは激怒した。暗黒魔法の副作用なのか、はたまたエステルの仇を本気で取ろうとでも考えているのか。いつにも増して殺気立つ彼の様子を、キルステンは呆れながら横目で見ると、


 「冷静になって。目の前の敵に集中しないと」


 「俺がやるんだよ。てめえはすっこんで――」


 再び景色が変わった。職員棟の屋根の上。先ほどまで立っていた辺りの地面に、光線の跡がいくつも残っている。


 確かにキルステンの言う通りだ。彼女がいなければ、俺は二度死んでいた。


 「下らないプライドは捨てて、建物の陰にでも隠れてなって」


 「てめえ! キルステン!」


 「黙れ。後で決闘してやるから」


 彼女はそう言って、職員棟の屋根から身を投げると、再度地上に舞い降りた。パトリックは全身を焼かれるような怒りと、やり場のない悔しさに何とか耐えながら、建物の反対側に身を隠す。



 「やはり、退いてはくれないか」


 職員室の窓から這い出てきた男が、駄目押しをするように彼女へ問う。


 「連れが黙ってくれそうに無いんでね」


 「そうか。残念だ……」


 男は再び魔導銃を構えようとした。しかし直後に、彼はその銃が地面に転がる様を見た。右手で確かに握られている。まさか……。


 やられた。肩の下から、腕ごとだ……。


 急いで止血を試みるが、全身が痺れ、まともに声を上げることすら叶わない。やがて男は立つ力すらも失って、そのまま地面に崩れ落ちるのであった。




 男の後方に着地したキルステン。サーベルに付着した血を払い落とし、男のもとへと歩み寄る。

 

 「毒か……貴殿は第三位の……ダルムシュタット……」


 「怖いな。何で知ってんだよ」


 「まさかこれ程の実力とは。余としたことが……迂闊だった……」


 男の体が消えて無くなった。同時に切り落とされた右腕も消滅し、身に着けていた衣服や装備品のみが残される。キルステンは驚いて、


 「これ、もしかしてあれか? 空間魔法?」


 リサ・オズボーンが使用していたという、高速移動の完全上位互換である。学内でも散々噂になっていた。けれど、その詳しい内容を知る者に出会ったことは一度も無い。


 「お、いいもん置いてってくれたじゃん」


 キルステンは男の武器を拾い上げ、そのまま上空へ構えると、試しに引き金を引いてみた。一筋の光線が天を衝く。確かに使えるようではあるが、しかし……。


 放たれた光線は、男のそれとはまるで違っていた。少なくとも強固なシールドを貫けるような威力は出ていない。魔力の問題か? 感知魔法に熟達したパトリックが「馬鹿でけえ魔力」と言っていたぐらいだし、あの男は相当な魔力の持ち主なのだろうか。



 「キルステン……」


 パトリックの声に気が付いて、彼女は口元を緩ませながら振り返る。


 「どうよ。撃退してやったぜ」


 「余計なことしやがって。俺に任せてりゃあ、今頃奴を殺せてた……」


 悔し紛れに悪態を吐くパトリック。しかしキルステンは、右手の魔導銃をひらひらと見せて、


 「見てよこれ。戦利品ゲットだ」


 「こいつ、化け物かよ」と、パトリックは彼女のしたり顔を眺めながら、ただ呆然と立ち尽くすのであった。






 校舎に残っていた教官たちは、職員棟の襲撃を知るやすぐさま王都に連絡を試みた。しかし王宮魔導士本部には通信が繋がらず、校長のトビーも音信不通。仕方なく軍に連絡を取ってみると、兵士を送るからその場で待機せよとの命令。残された教官たちは激しい不安に襲われながらも、生徒たちの安全を守るべく、学生寮の周辺に警戒網を巡らせるのであった。




 「何だ、アイザックの部屋じゃねえかよ。あいつも俺のぶっ殺しリストに入ってるが……どうやら不在みてえだな」


 戦利品の一部を拝借したキルステンとパトリックは、二人でこっそりとオカルト研究部の拠点を訪れていた。騒ぎを聞きつけ、外に出ていた部員の一人と偶然鉢合わせたキルステンは、襲撃犯の残していった手帳をその場で見せ、中身を解読できるか尋ねてみたのである。部員は大いに興味を示し、すぐに二人を研究室へと案内した。


 部屋の中には生物学担当のシドン教官も控えており、彼らはさっそく解読に取り掛かったのであるが、


 「確かに東方の言語で間違いない。けど、これは……」


 シドンは妙に緊迫した様子で、食い入るように手帳のページを凝視していた。他のオカルト研究部の部員たちは、流石に東方文字となるとさっぱりなようで、


 「ここはシドン教官に任せる他ありませんな」


 と、すでに匙を投げている。部屋の端ではアイザックの部下たちが杖を構え、問題児のパトリックが何かしでかすのではないかと警戒を続けていた。


 「で、読めるのかよ? 読めねえなら殺すぞ」


 「少しでも杖に触れてみろ。俺たち十二騎士がただじゃ置かねえからな」


 「なーにが十二騎士だ、金魚のフンが偉そうに。てめえらじゃ相手にならねえよ。つーかご主人様はどこ行ったんだ?」


 「お前に明かす義理は無い。いいから大人しくしてろ」

 

 一触即発の状況を不安げに見守る部員たち。そんな小競り合いには目もくれず、手帳の文字を読み進めるシドン。キルステンも興味深げに手帳の中身を覗き込んでいる。


 「所々読めそうな部分はあるんだけどなあ」


 「それでもいいっすよ。襲撃犯の手がかりを掴めるかもしれないし」


 「これは国の名前か? リー、ベン……。すまない、やっぱり時間が必要だ。意味の分からない箇所が多すぎる」


 シドンは頭を抱えながら天井を仰ぎ見た。すると、十二騎士といがみ合っていたパトリックが、


 「お前東方人だろ? 簡単に読めるもんじゃねえのかよ」


 珍しく興味を示している様子である。「私は言語の専門家じゃないからなあ」とぼやきながら、シドンは手帳を持って立ち上がると、彼の疑問にこう返答した。


 「この複雑な文字が見えるかい? これは私の故郷に伝わる古代文字の一種だ。現在でも一部は使用されているから、ある程度理解することは出来る。けど……」


 どうやら読めない文字の方が多いらしい。「見たことはあるんだけど」と、シドンは必死に記憶を掘り返そうとしている。


 「そういえば、アイザック殿のお父様も、かつて東方世界を旅していたとか」


 一人のオカルト研究部員がそう呟くと、シドンは難しい顔をしながら再び手帳に目を向けた。


 「何だか、これ解読できちゃうとマズい気がするんだよな……」


 室内が静寂に包まれる。魔法学校を取り巻く環境は悪化の一途を辿っていた。二か月前の爆発事件。アラン・カークランドの犯行疑惑。王都に連行されたまま、未だ帰らぬリサの安否。魔法学校の管轄移譲。軍の陰謀。エステルの殺害。王国に、不穏な空気が漂い始めている。いずれ自分たちも……。


 そんな予感を、ここにいる誰もが感じていたのである。




 「なあ、お前ら」


 不意に口を開いたパトリック。室内の視線が一気に集まる。彼は不気味な笑みを浮かべながら、続けてこう問いかけた。


 「王国中を敵に回してでも、真実を知りてえと思わねえか?」


 キルステンは怪訝な顔をした。しかしオカルト研究部のメンバーは、瞳を輝かせて彼を見る。シドンの不安げな表情の中にも、抑えきれない好奇心が見え隠れしている。


 「アイザックの取り巻き連中もだ。てめえら全員道連れだからな」

 

 十二騎士は、パトリックの様子に「冷やかしではない何か」を感じると、真剣な顔をして彼を見据えた。よき友であり、忠誠を誓った主人でもあるアイザックは、現在シャーロットと共に王宮を目指している。二人が無事に帰ってこれる保証もない。既に、賽は投げられている。


 ならばこの男に、「何か」を掛けてみるのもアリじゃないか……。


 「アイザックは王宮に向かった。シャーロットと共に、「リサ・オズボーン」を救出する為にな」


 騎士の一人が、アイザック不在の理由を明かした。キルステンは驚いて彼を見た。パトリックは大口を開けて笑うと、


 「今までクソ真面目な野郎だと思っていたが。あいつ、最高に面白え奴じゃねえか……」


 「こちらは情報を出した。お前の話も聞かせろ」


 「ああ。全部話してやる。これから俺は、てめえらだけには嘘を吐かねえ」

 

 一同は固唾を飲んで、パトリックの姿を注視した。


 「まずはエステルの死の真相からだ。俺があいつに何を託されたのか、その全てを聞かせてやるよ……」

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