8 たまご
「ミヤ。また大きくなったんじゃない?」
「うん、少し重いかも」
「なあ、卵のうちに食っちまおうぜ、孵るとやっかいだ、カズみたいに携帯食になっちまう。捌くのが面倒なんだよ、このサイズになると」
コタローの方の辺りを飛んでいたカズは、思わず少し距離をあける。
ラシードは無言だ。なにを言ってもミヤが聞かないのはわかってた。
それに、この旅で起こる出来事はすべてが繋がっているような、だからこれも必要な事だと思うことにした。
今となっては子供サイズの卵を背中に縛って、姫を乗せた凪と歩調を合わせつつ(どちらかと言えば、凪の方がミヤにあわせている感じだ)、のたりのたりと歩いている。
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事の起こりは、姫が朱の国で余りにも瘴気をその身に吸収させた所為。
何故かその一部をミヤが請け負うことになったのだが、それでもしばらくすると姫は動くことが出来なかった。
このままでは足止めされてしまうし、次に向かう森の国の瘴気を吸い取ることか出来ない。ミヤは兄であるテスと相談して(ミヤだけにしか見えない、血の繋がりがあるから使える魔道だ)、一部を白の神殿におわす女神に預けることにした。
ミヤの身体を借りたテスは、小さな身体の姫を愛おしげに見やると、眠る姫の額の石にそっと手を当てて。
とたんに重くなる郁の身体。
ミヤの紅い耳飾りは、姫のそれと同じ物で出来ているらしい。だから、姫が持ちきれない部分は、それを通じてミヤのところに流れ込んで来るのだ。
その後、なにをしたのか良く分からないが、小声で呪文を唱えると、一気にミヤの身体が軽くなった。
それまで寝苦しそうにしていた姫も、安らかな寝顔になっていた。
そんなこんなの旅を続けていたとき、道の端っこに小さな──と言っても鶏の卵より少し大きいくらいの卵を、ミヤが見つけた。
何故かとても大切に見えて、つい胸元に仕舞ってしまったのだ。
余談だが、ミヤには仕舞っておけるほどの胸の谷間はない。ので、魔道士のローブの、一番心臓に近いところに仕舞っておいた。
その卵は日を追うごとに大きくなっていき、ラシード達にばれる頃には、ダチョウの卵くらいになっていたのだから、もう隠しようがない。
何の卵か分からないから捨てろ、人食いトカゲでも出てきたらどうすると主張するラシードに対して、なにか神聖なものを感じるんだもん!とミヤは大反対して、結果ラシードが折れる形となり、今では一抱えもありそうな卵になっている。
ラシードはなにかあれば自己責任で、と傍観の体。姫はなにかおもしろそうなことがありそうで、楽しみに見ているし、コタローに至っては、食用としてしか見ていない。
郁の一番の敵はコタローだ。
なんとしてでも、卵を護らなければいけない。
そんなある日の朝、卵にひびが入った。
中から突っつくような音がして、そのうち、メリメリと皮を剥ぐような音が響き始めた。
ラシード、姫、ミヤの三人は足を止め、孵化を見守りながら、なにが出てくるかを凝視している。
ラシードに至っては、剣の柄に手を掛け、なにかあったら切り捨てる覚悟だ。
薄皮が破れ、外の堅いからが破れたら、中から出てきたのは。
「まま!」
そう言ってミヤにしがみつく四、五歳くらいの少女。
ラシードは剣をしまい、姫はあまりのかわいらしさにメロメロだ。
ミヤはいきなり『まま』呼ばわりされてどうしていいのか分からない。
「あたし、『たまご』と言います。
今まであたしに魔道力を与えてくれた人、まま!」
そう言って、郁の足にしがみつく。
卵色の長い髪に、瞳。まだ何物にも染まっていない、もしかしたら染まらないのかも知れない幼子を放って置くわけには行かない。
と、そこにコタローが現れた。
「なんだ、孵っちまったのか。だから卵のうちに食べようと…」
コタローが言うのを遮るように、『たまご』はコタローに突進していった。
あまりのことに交わすことも出来ず、そのままタックルを受け止めたコタローに、
「すてきな方です。ご一緒させてください。もちろんママ達と一緒に」
だめですか?
生まれたての無垢なたまごに懇願されて、混乱したコタロー、
「…お前、変わった匂いがする」
「変わった匂い?」
「なんて言うのか、姫神子に近いようなでも違うような、いろんな『事』が混じった匂い。神々しいような、禍々しいような…よし、面白そうだから、こいつも一緒に行く!」
勝手に同行を認めてしまった。
そして半ば強引に、『たまご』とコタローとの同行の旅が確定してしまったのだ。
to be continued…