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6 兄と妹と姫と

 その夜は、ミヤが寝ずの番だった。


 コタローは夜になるとあやかしの森に帰る。


 よくわからないが、時間軸が違うらしく、この世界の夜は森の中では違う時間が動いているらしい。


 食事を目当てに来るらしいが、その日によって来る時間が違うところを見ると、本当に時間の流れ方が違うようだ。


 今のところ、本当に食事を集りに来ているだけだが、一体何の目的でくっついてくるのか、明日には(あか)の国に入るというのに、そこまで付いてくるつもりなのか、なにかをやらかさないか不安に思わなくもない。


 と、ふとミヤの視界がぼける。


 あれ?と思ったら、目の前に国に残っているはずの兄、テスが立っていた。


「~~!!」


 大声を出さなかっただけ偉いと言って欲しい。それほど驚いたのだ。


「に、兄さん、いつ付いてきたの」


 慌てふためく妹に、兄は落ち着いて話をする。


「今の俺はお前にしか見えない」

「は?」

「おまえの目にしか映らないんだよ」

「じゃあ姫やラシードには見えないって事?端から見たらあたしが独り言いってるって事?」

「まぁ、そうなるな」


 あっさりと肯定する。


 それじゃあ、まるであたし変人じゃん!心の中で抗議しても、口には出さない。

 言って聞くような兄ではないからだ。


「どういう仕組みよ」


 聞いてもわかんないだろうなぁ、と思いつつも、聞かずにはいられない。


「簡単なことさ。俺とお前が血肉を分けた兄妹(ふたご)だから。

『誰よりも一番近い存在』だからだ。

お前の見た物は俺も見えるし、聞いたこと、感じたこと、すべて望めば手に取るように分かる」


 思わず郁は顔を染めた。感じたことすべてって、それって!


「あ、普段から繋がっているわけじゃないから気にするな。特別な事があった時とか、お前が一人の時とかにたまに覗かせてもらっているだけだ」

「プライバシーの侵害です」

「お前の口からプライバシーなんて言葉が聞けるとはな」


 カラカラと笑う兄がなにかムカついて、切れない紅い短剣を振り回す。

 それを避けながら、幻影のテスは言った。


「今の俺はその剣に触れたら消えてなくなるから止めろ。

忠告に来たんだ、お前を揶揄(からかい)に来たわけじゃない」

「忠告ぅ?」


 だったら最初からそう言えばいい。兄の忠告は聞いておいて損はないはずだ。


「ああ、明日には朱の国に入るだろう。なにを言われても、どんな侮辱を受けても、とにかく我慢しろ。

お前が堪えられなくなったら、俺が入れ替わるから」

「い、入れ替わるって、あの、兄さん?」

「それくらい出来る。憑依に近い状態だけどな。朱の国は、先代姫神子が母神帰依を失敗した時、かなりの痛手を被っているから、姫神子に関してはかなりの恨みを持っているはずだ」


 そう聞いて、ミヤは戦慄した。


 基本ミヤは、幼なじみの姫のことは嫌いではない。むしろ好意を持っている。


 だから、その姫を莫迦にされて黙っている自信はない。覚えて間もない、コントロールの怪しい魔道を抑える自信がないのだ。

 ちなみに郁の魔道はしょぼくはない。威力は爆発的だが、コントロールがヤバいのだ。


「とにかく抑えろ。なにがあっても、なにを言われても、だ」

「が、頑張る」


 兄に身体を乗っ取られるなんて気持ちの悪い真似をされるくらいなら、この際我慢してみよう。


 心の中で誓うミヤだった。

 

 野営地を見やったテスは、


「ちょっと身体借りるぞ」


 そう言うと、ミヤの中に溶けて消えた。

 いや、ミヤが身体を乗っ取られたのだ。ミヤとしての意識はある。が、身体はテスの支配の元だ。

 自分の身体なのに、思うとおりに動けない。 

 明日と言わず、今日やられるとは思わなかった。


 ミヤになったテスは、まず結界を張る。


 勘の良いラシードが気が付かないように、彼自身に張って、ラシードの周りの物音をシャットアウトさせた。


 男女が同じテントで寝泊まりするのは外聞が良くない。そう言って、ラシードはテントに程近い大樹に寄りかかって仮眠を取っているのだ。


 それから、野営地である簡易テントの中に入ると、愛おしげに姫を見つめる。

 その伝わる気持ちで分かってしまった。兄が、姫にどんな感情を持っているのか、色恋に疎い郁でもさすがに分かった。


「姫…」


 そう呟くと、額の石に、頬に、唇を落とした。


 いやいや、兄さんそれ寝込みを襲っているようなものだから。

 それにこれ、あたしの身体だから。


 郁は自分の身体でそんな事をされているのがむず痒くて仕方がない。


 その気配に目を覚ましたのか、姫は目の前にいるミヤを通して、テスの名を呼んだ。


「テス…?夢でもいいから逢えてうれしい」


 ぼんやりとしながらも、言葉通り嬉しそうにミヤに、もといテスに抱き付く。


 二人がそんな関係だったなんて!


 地元では欠片も見せなかった二人の態度に、ミヤは慌てて目を瞑りたい気持ちになった。のぞきは趣味ではない。

 姫には今、ミヤではなくテスに見えているのだろうか。

 それにミヤは姫の想い人がラシードだと思いこんでいたので、ほんの少しほっとした。


 …ほっとしたってなにが?


 自分でも持て余した感情に心が揺らぐ。 なんだろう、この気持ち。


 熱く甘い抱擁を交わすと、テスは、


「また会いに来るから」


 そう言って姫を眠りの世界に引き込んだ。


 わずかな逢瀬。姫の気持ちも分かってしまった以上、なんとしてでも帰り着かなければいけない。ミヤは決意を固めた。


 兄のために、姫のために、自国に帰り着くのだ、と。


 テントを出ると、テスはミヤから離脱する。

 それから忘れないようにラシードの結界を解いて、思い出したように言った。


「それと」


 何故だかテスの姿がブレる。


「最近うろちょろしている黒い奴」


「コタローの事?」


「名前は知ら…んがそいつに…も注意しろ。あいつはなにもかも…」


 声にノイズがかかって聞き取れない。


「コタローがどうかしたの?」


「なにもかもしっ…」


 そう言い残して、テスの姿は消えた。

 まるで何者かが妨害しているような消え方だった。


 まったく、言いたいことだけいっていなくなるのは昔からだ。

 プリプリ怒っていると、テントのそばの木陰からラシードが出てきた。


「どうした」


「あ、起こしちゃってごめん」


「いや、そろそろ交代の時間だから。

それよりなに怒ってるんだ」 


 ミヤは、包み隠さずテスからの情報を開示した。

 さすがに二人の関係は話さなかったが。


「兄妹だとそんな器用な真似が出来るのか。それともテスだから出来るんだか」


 二人の通信会話にあきれ半分関心半分で話を聞いたラシードは呟いた。この様子では、明日、朱の国に入る時は、姫には厳重注意が必要かと心を引き締めた。


 そして気になるのが、コタローの話。


 誰かに邪魔されたらしいのは分かったが、果たしてそれがコタロー本人なのか第三者なのか、それでまた対処が変わる。


 ともあれ、明日の朱の国入りの時は注意が必要だと肝に銘じた。


to be continued…







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