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4 出立

 そして、ついにその日が来た。

 姫神子が──姫が十七の誕生日を迎える日だ。

 出立式に参加するのは神殿の関係者だけ。

 他の国民は、自宅で姫君の旅路が旨上手く行くとこをただひたすら願っていた。


 あまり人がいると、個人の持つ魔道力(ちから)が姫の魔道力の邪魔になるからだ。

 その場にいたのは同行するラシードとミヤ、この国に残る長老女と神官であるテスだけだ。


 姫はラシードの肩に手を当て、


「私の安全を守る約束をしてくれますか」 「御心のままに」


 その言葉に、姫神子の手が淡く光った。従者の誓いだ。

 同じくミヤにも手を当てて、同じ言葉を繰り返す。

 姫に触られた肩がほんのり温かくなり、全身を廻る。

 これで二人は『姫神子の従者』となったわけだ。

 命に代えても姫神子を──姫を護ることが最優先事項になる。


 たとえ、どちらかが危険に曝されたとしても。


□■□


 好きで姫神子として生まれた訳じゃない。


 内心、姫は思った。


 想う人と想いを交わし、命尽きるまで一緒にいたかった。

 実際離れてしまうのは辛い。

 側で姿を見ているだけで、声を聴いているだけで幸せだったのに。

 …わたしには、貴方の『後』を残すことができないから。


 母神回帰なんて行きたくはない。

このまま何事もなかったかのようにのんびりとした時間を過ごしていきたい。


…でも、それは我が儘だと分かっている。

姫神子として命を受けた以上、使命は果たさなければいけない。


姫は大きく息を吸って、国中に伝わるくらい大きな声で叫んだ。


「いままでありがとうございました! みなさまのご多幸をお祈りします」


 両手を広げて、取り込めるだけの澱を取り込む。 地面に手を突いて、大地を潤す。 水に手を入れて、懇々とわき出る水源に浄水の魔道力を与える。 ほんの少しだけ余分になってしまったのは、里心と言うものだろうか。

 

 国民は、今まで娘と同じように育ってきた姫神子を本当なら出立させたくない。

 でも、前回の姫が成し得られなかった以上、今回は失敗してはならない。 今度失敗すると、女神のお力が届かなくなってしまう。


 今までは長老女さまが何とかしてくれたが、さすがに魔道力に限りが出てきたようだ。

 そうなると、今の姫君に頼るしかない。

旅の成功を、それぞれの家で祈っていた。


 姫は身体が少しだけ重く感じた。

 密度が増えたとでも言うのか。

 澱を吸い込んだ分、重くなるのだろう。


 そんな姫神子用に用意された乗り物がある。

想像上の生物、麒麟とよく似た生き物だ。その生き物は、澱の重さに関わらず姫を乗せることが出来る。

 そして、この生き物がいないと神殿のある白の聖域に入れないのだ。

 聖域に入るための鍵のようなものだろう。


 姫はその生き物に『(なぎ)』と名を付け、これからの旅の供を労った。

 凪に横座りになり、ミラシードが手綱を持つ。

 魔道士のミヤは後衛担当だ。ミヤの持っている短剣は魔法を扱うための媒介であって、殺傷能力はないのだ。


 青の国全体を覆う祈りの魔道力に後押しをされ、短いながらも旅の始まりを告げた。


□■□


 旅路は決して長くはないが短くもない。

 さほど距離無く隣の国に抜けられるのだが、途中の難所として『(あやかし)の森』と呼ばれる場所を通ることになるのだ。

 森の中には入らないが、近くで野営をする事となる。

 その森は、ずっと昔に自害した姫神子の瘴気が溢れ出たまま、まだ昇華されていないため、存在するという話だ。


 何故自害をしたかは誰も知らない。

 ただ、その時は姫神子が母神の元に行けなかったため、しばらくの間は土地は荒れ、水は濁り人々は生活するのに精一杯だと聞かされた。


 そして、その時に起こった諍いで朱の国との関係が悪化したことも。


  道を挟んだ森とは逆側に簡易な宿泊施設を作り、火をおこし簡単な食事をすませる。

 妖の森は怖いが、中に入りさえしなければ、妖たちは滅多に襲ってこない。

 森の中にはエルフや、文字通り妖と呼ばれる存在が生活しているが、よほどの物好きではないと人と関わろうとしない。


 しかし、いくらミヤが魔法で出した一晩中消えない火とは言え、火の番は必要だ。

 丸い形をした危険性の無いものと分かっていても、万が一燃え移らない可能性がないとは言えないからだ。


 姫は簡易宿泊施設で休んでいる。

 今日、青の国の浄化をしたのが疲れているんだろう。安らかな寝息をたてている。

 ミヤとラシードで交代で火の番をすることになっている。

 ラシードが交代に出ると、ミヤはぼんやりと燃え盛る火を見ていた。

 まさか自分の中にこんな魔道力があったとは。 長老女さまの説明では、暴走を防ぐために封印してあったとのことだが、それでもまだ自分の魔力に振り回されている。 テスとの訓練で、爆水を起こしたり辺りが炎上することはなくなったが、それはあくまでミヤが落ち着いているとき。

 両耳の赤い石は、それをコントロールさせる役割があるとか。 ただし、ミヤの感情が暴走すると、歯止めが利かなくなる可能性は大なんだそうだ。

 性格上、暴走させる不安は隠せない。 そんなミヤの顔を見ていると、幼かった頃のあどけない笑顔を思い出すラシードだった。


 あの幼かったミヤが、いつの間にか大人の女の顔をするようになってきた。 

 子供はいつまでも子供ではないということなのか。

 少し胸の中のやるせなさを感じながらミヤとの交代を申し出る。 ミヤは、少しの時間ラシードと話をすることにした。

 まだなれていない魔道力のこと。 失敗すると、とんでもないことになる恐れ。自分に対する自信のなさ。 でも、ラシードはこともなげに言うのだ。

 何事も、初めは慣れないことはある。細心の注意を払い、気をつけるしかないと。 なによりもミヤは選ばれし魔道士なのだ。

 もっと自信を持っていい。

 そうアドバイスした。


「さすがラシード、兄さんより言葉に重みがある。なんとか落ちついてきた。ありがと」


 そう言ってみせる表情は、ずいぶんと落ち着いた大人びたものだった。

 その言葉に心揺すられるものはあっても、さっさと仮眠を取らないとミヤのためにならない。 早く寝るように促す。


 ミヤの作り出した魔法の炎は魔除けの効果もあり、気を張る必要は無い分、ラシードは一人になって自分と向き合う。


 ミヤの態度は自分の求めているものと全く違う方向を向いている。 男として見てもらえない。

 『ラシード』は『ラシード』だ、そう言う存在なのだ。

 そんな分かり切ったことに今更ながら頭を抱えるラシードだった。



to be continued…

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