2 封印
ミヤが呻いたと同時にノックの音、そして勢いよく扉が開かれる。
「あなた達、喧嘩をするならもう少し小さな声でしなさい。外まで丸聞こえですよ」
もの言いたげな長老女にそう諭されると、二人とも黙り込んだ。
テスとミヤが産まれてすぐに母親を亡くし、十の年に父親を亡くした二人は、長老女に育てられたも同然だった。
「テスたちも、もうすぐ十七になるのだから、そろそろ大人になる気持ちに切り替えなさい」
この世界では十七で成人とされ、自分のやりたい道に進むこととなっている。
兄のテスは、父を亡くした十の年から神官としての仕事を、長老女のサポートを貰いながらしているので、そのまま神官職に進むのだろう。
一方ミヤは剣士希望だが、兄のテスは魔道士になれと言う。そして、自分のサポートをしてほしい、と。
神の声を聴き、それを皆に伝える神官のサポートなんて自分に出来るわけがない。体のいい小間使いだろう程度に思っている。
それくらいなら剣士になって、幼い頃から剣術の師として憧れているラシードと肩を並べて、時折流れてくる『邪』退治や、ならず者を片づける仕事をしたい。
そもそも同じ血を分けた兄妹でも、ミヤには魔道を扱う才能がないのだ。
子供の頃、魔道力を暴走させて以来、まるで使えなくなってしまったのだ。
そんな奴に魔道士になれなんて、無謀もいいところではないか。
うつむいて押し黙る郁の額を、長老女が軽く中指で押した。
すると、郁の動きがぎこちなくなり、人形の動きのように椅子に座る。
まるで誰かに操られているかのように。
そしてそのまま、動かなくなった。
「長老女さま、なにを」
「テス、貴方の掛けた封印を解いてあげなさい」
「! なぜそれを」
長老女は、静かに首を横に振ると。
「他の人には魔力が不足しているといえば通じたかもけど、私にはミヤの身体の中の魔力が、成長とともにマグマ溜まりの様に渦を巻いているのがわかります。
このままでは子供の頃以上の暴発をさせかねないですね」
テスにもわかるでしょう、そう言われて魔道力を目に集中させると、確かに魔道力の塊が蠢いているのがわかった。
「ミヤは『稀代の魔道士 テス』の『血を分けた妹』。
同じぐらいの魔力があって当然です。道筋をつけて、体内循環させてやらなければ、今度こそ『姫神子』を失ってからじゃ遅いのですよ。
暴発が起こらないようにこちらでも制御を手伝いますから」
そう、あれは十の年。
父親を亡くしてすぐ、郁は見よう見まねで父の残した術法を試そうとし、見事失敗を──魔道力の暴走をさせた。
たまたま近くにいた『姫神子』を巻き添いにしそうになり、テスは慌ててミヤの魔道力を封印したのだ。
テスもミヤも、父親から魔道力の循環の仕方を教わっていたが、持ち前の不器用さなのか、うまく巡らせることが出来ず、暴発に繋がった。
テスも、父から受け継いだことで精一杯で、掛けた封印を解くことを忘れていた。
幸い暴発は神殿内で済み、民にはバレずに済んだのだが、それは、神官としての職務を、幼いながらもテスがきっちりとやっていたからだ。
「ミヤには…重すぎる魔道力だと思ったんです」
だから封印した。
それに、今度の『姫神子』の母神回帰の時には魔道士としての魔道力を再び解放して、お付きの魔道士にする予定だった。
テスには、そうしなければいけない理由があった。
「魔道はそう簡単に繰ることは出来る事はありません。きちんと基礎を教えないと」
長老女にそう言われ、その時までに封印を解けばいい、そんな楽観的に考えていた自分を恥じた。
「封印は掛けた本人にしか解けないの。とりあえず封印を解きなさい」
長老女にそう言われ、テスの口は呪を紡いだ。暫くすると、郁の身体が紅く光り出し──その光を長老女は紬始める。
細く紡がれたそれは、小さな光はミヤの耳元にピアスとして、残りの光は短剣の形を取って長老女の手の中に残った。
「長老女さま、それは」
「耳飾りは念のための封印具、短剣は道筋をつけやすい為の道具です」
封印を解かれたミヤは、今後爆発的に魔道力を伸ばすことでしょう。その時に、下手な暴走をしないための『封印具』。これが壊れるときは、郁の全力を必要とする事態が起きたとき。
そして短剣は、ミヤの魔道力の制御に方向性を持たせる為に杖と一緒に帯剣させておけばいい。
長老女はそう説明した。
「封印が解かれたことで、ミヤの身体の中の魔道力が循環を始めたわ。うまい具合に導いて、姫のために一人前の魔道士にしてあげなさい」
そう言ってパン、と手をたたくと、人形のようだった郁が人間に戻った。
「あ…れ?」
ぼんやりと周りをみているミヤに、長老女が件の短剣を渡す。
血が滴るような紅い短剣は、不思議と郁の手にしっくりと馴染んだ。
「これはミヤの制御装置のようなもの。短剣の形を取ってるけど、なにも切れない。ただ、どうしようもなくなった時に、ミヤの心に従ってたった一度だけ使うことが出来る」
なにやら難しいことを言うが、ミヤは自分の中の魔道力の存在に気が付いていない。
「せっかくですが長老女さま、あたしには魔道力がありません。これは宝の持ち腐れになります」
必死に言い繕うミヤだが、長老女はそっと首を振ると、
「ミヤの魔力は強力すぎて封印してあっただけ。封印は解かれました。あとは、制御の仕方をテスに習いなさい。
ミヤと姫が十七になった日に…同じ日に産まれたあなたたちの誕生日でもありますね。その日に出立するから、心積もりを」
十七年前と同じ、紅い月と、白い月が重なるその日に──。
そう言いおいて、長老女は部屋をあとにした。
残されたミヤとテスはお互いを見合わせ──ミヤは呆然と、テスは肩をすくめて。
誕生日はあと二ヶ月後。
「さて」
テスが、なんとも表現のしがたい表情をして、ミヤに近づいてきた。
ぽん、と肩を叩くと、
「始めようか」
と、笑って言った。
ミヤにとって、それは鬼の笑顔に等しくて。
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「水を出すだけだ!コップからあふれて床までぬらすな!」
「か、火事になる!水をかけろ!水出し過ぎ!」
ミヤの中で眠っていた魔道力はあまりにも大きすぎ、その日一日神殿は大騒ぎになっていたとか。
to be continued…