19 もう一人の『自分』
「ミヤ、お前は見なくていい」
いくらラシードに言われたからとは言え、ミヤは目をそらせなかった。
寝台に横になった姫は、手を腹の上に組んで目を閉じている。
それがまるで決められた作法のように、二人とも言葉もなく冷静に、準備を進めていく。
だから、ミヤも声がだせない。
ラシードが、剣の柄に手を掛けて、高く持ち上げる。
そして、姫に言った。
「ごめんな、こんな思いさせて」
「いえ、これがわたしに与えられた人生ですから。
最期をラシードに締めて貰えて、こっちが申し訳ないです。ごめんなさい、嫌な思いをさせて」
「姫だけは、俺達で送りたかった。親しいものたちと、ここまで来る途中、和気藹々と。
なにも知らないミヤにはどれだけ元気付けられたことか」
「本当に。ミヤはいい子だから、大切にしてあげてね」
そんな会話を交わしながら、ラシードは剣を振り上げる。切るのではなく、刺すためだから。
姫神子の──姫の額の紅い石を。
「ごめん!」
「ラシード!」
ラシードとミヤの声が重なった瞬間、どこからともなく、姫を包むシールドのようなものが発生し、消えた。
石を一突きするはずだった剣は、シールドに跳ね返される。
何事だ、なにが起きた!?
混乱するラシードと、ホッとするミヤ。
そして、第三者の気配と声がした。
「姫を傷つけることは赦さない」
そう言って、突如そこに現れたのは。
「テス!?」
「テス兄さん!?どうしてここに!」
そう、テスだった。
「神官の兄さんがこんなところにいたら困るでしょ?」
「いや、『影』を置いてきたから大丈夫だ」
飄々と言ってのけるテス。
そもそも、結界の中にどうやって入ってきたのか。
と、まるでミヤたちの思っていることを察したかのようにテスは言葉を紡いだ。
「それはね、お前がいたから出来たんだ、ミヤ…もう一人の『俺』」
□■□
『もう一人の俺』と言われて、目をしばたたかせたのは決して郁だけではない。
ラシードも呆然としている。
こいつはなにを言っているんだろうと、そんな雰囲気が流れていた。
テスはコホンと咳をして、流れの方向を変える。
「お前を作ったのは、長老女さまと父上だ」
テスの話を要約すると、こうだ。
前回の姫神子は一人だったから挫折した。今回、また同じ事がないとは限らない。それに、二回分ではキャパシティをこえる可能性があることも懸念された。
だからといって、そう簡単に済む話ではないのだ。
人の胎内から生まれれば、それだけで血の汚れを帯びてしまう。
だったら、人工的に作ればいい。
長老女と当時の神官は、そう決意すると、まだ母親の胎内にいるテスに目を付けた。
特殊な魔導で、まだ出来上がってもいない身体細胞が取られ、培養されていく。
元々が男の子の身体だから、そこは女の子に変えなければいけない。
性器は変えるにしても、中身はいらない。子宮だのなんだのといらないものを作らず、代わりに『澱』をためて置く場所を必要とした。
動力源は姫神子と同じ様に魔道力が血の変わりをする。
そして、周りの人に術を掛け、最初から双子だった事になっていて、姫神子と──姫と同じ時間に生まれるようにして、二人の間に絆を作った。
「なぜだか俺はすべてを覚えている」
ミヤ、お前はもう一人の俺であり、その証拠に、お前がいたから俺も結界の中に入れたのさ。
いくら兄妹でも、相手の視界からものを覗くなんて出来るわけがない。
そう言って喋っていることを、郁は呆然と聞いていた。
確かに、比べれば少し身長が低いだけで、後は男女の別を覗けば、初対面の人にも双子だと分かる程に似ている。
剣術はいいけど、怪我しないように。
父や兄が五月蝿いくらい言っていたのはこの為か。
たとえ怪我をしても、あっと合う間に治るのは、体内を巡る魔道力のせいなのか。
あたしは、姫の代わりの生き人形だったのか。
ミヤが呆然と考えていると、
「でも俺は、ミヤを護る。
たとえ作られようとも何でも、俺にとっては掛け替えのない存在だからな」
そう言ってラシードは剣を構える。
「ああ、ラシードならそう言うと思ったよ。だから俺は姫を護る。惚れた女を護るのが、男だからな」
テスは、魔道士の杖を構える。
本気で切りかかる篤を軽く躱わすと、それでも加減しているのか魔道を放つ。無詠唱で出来るので、ラシードの次の攻撃が来る前に、術力を放つことが出来る。でも、どれも本気ではなく、交わせるようになげていた。
「テス、本気でやる気はあるのか!?」
「もちろん本気だよ」
ほら、と適当な火炎呪文を投げつける。
対するラシードは、軽々とそれを避け、テスの利き腕である右手を軽く切りつけた。すると飛び出してきた血飛沫が、姫に掛かる。
途端に、姫神子の証である埋め込まれた額の飾り石が砕け、苦しみ始めた。
時を同じに、ミヤも苦しみ始めた、姫の中にあった『澱』が、血の汚れを受けて姫神子ではなくなった姫から、まだ汚れていない、『作られた』姫神子であるミヤにどんどんたまっていく。
ミヤがしていた耳飾りが弾け飛び、もがき苦しむ。
「ミヤ!」
そう叫んでミヤの元にいこうとしたラシードは、なにかに弾かれた。
「ミヤの作った結界だよ
周りを巻き込まないようにね」
「ミヤ…」
助けてやることも、ともに苦しみを分かち合うことも出来ないのか。こんなに愛おしい存在なのに。
なにも出来ない、そんなラシードは、力なくその場にへたり込んだ。
「ミヤ…」
『あついよ、冷たいよ、なにこれ。身体中を蝕んでいくよ』
「ああ、ピアスも飛び散ったか。あれはいい封じの石になると思ったのだが」
『苦しいよ、助けて、テス兄、側に来ちゃだめ…ラシード』
「お前、もう分かってるだろ、楽になる方法」
『だってあれは…』
「もう姫は姫神子じゃない。お前に頼るしかないんだよ」
『…!』
不思議とミヤは分かっていた。これを使うのは今だと。そして、その結果も。
なにかを決心したかのように、今まで使ったことのない紅玉の短刀を取り出す。
それを自分の胸にあてるとどうなるか、でも、それが『澱』を封じる扉の鍵になるのなら──ラシードが無事だったら。
『ごめんね、ラシード』
「ミヤ!やめろミヤ!」
ミヤはゆっくりと篤にほほえむと、紅玉で出来た短刀を自分に突き立てた──まさにその瞬間。
「止めて!」
鋭い女性の声が響いた。
to be continued…