14 そこで見たものは
そこは真っ白な闇だった。
辺り全体白、見渡す限り、白い世界。
「誰かいませんか」
「姫、ラシード、『たまご』、コタロー」
発した声すら吸い込まれるような、上も下もない白い世界。
と、そこに急に暗闇が攻めてきた。
そうとしか表現できない暗闇に、ミヤはあっと言う間に飲み込まれる。
なにかの記憶の闇なのだろうか、たくさんの光景が流れては消える。
そして、ポンと吸い込まれるように人混みに飲み込まれそうになった。
視点の高さから、まだそれ程育っていない子供だと思った。誰かの身体に、ミヤの気持ちだけが入り込んだような感じだ。その証拠に、身体の持ち主の考えていることは分かるのに、身体の主導権は持ち主にあって、ミヤは傍観するしかないのだから。
どうやら場所は朱の国らしい。
道行く人が、皆朱色の髪をしている。
ミヤを──少女を見かけると、皆一様に挨拶をしてくれ、温かく迎え入れてくれる。
少女の髪は、時折見える色で分かるが青い色をしている。
つまり、少女は青の国の人間なのだ。
なのに、こんなに拒絶反応もなく受け入れてくれるのは何故だろう。
姫たちと一緒に立ち寄った時の反応とは大違いだ。石でもぶつけられそうなくらい、物騒な雰囲気だったのに、この少女の姿を見ると、微笑んで挨拶してくれる。
その少女が向かう先は、先日ミヤたちが立ち寄った、立ち寄らざるを得なかった神殿──国の中心部だ。
少女は当たり前のように衛門を通り抜け、神官らしき少年に声をかけた。
「お久しぶり、ジタン」
(ジタン?どこかで聞いたことあるんだけど…。)
ミヤは、長老女さまの飼い犬と同じ名前だ、何ら関係があるのか、疑問に思ったが、そんな気持ちを混乱させるかのように、ジタンと呼ばれた少年は少女を見て微笑んだ。
「やぁ、『──』、久し振り。
いろいろと忙しくてなかなか会いに行けなくてごめん」
何故か、ミヤの耳には少女の名前だけは聞き取れない。
「いいのよ。それより、決まったんですって?」
少女はわくわくした気持ちを抑えられない。
「私の同行者にジタン、剣士として付いてきてくれるんですって?」
「『──』は早耳だなぁ、決まったのは昨日なのに」
「だってやっぱり嬉しいんだもの」
初々しい初恋、見てるこっちが赤くなりそうなくらい、甘い空気が漂う。
が、ふとミヤは思った。自分が初恋のはの字も経験無いことに。
思わず目の前にいるまだ小さな子供たちにも負けてる、そう思うと、なぜかラシードの顔が浮かんで、あわててかき消す。
大人の仲間入りしたはずの年齢の癖して──そう言えば、初潮がまだ無いことに気が付いた。
ただ単に遅いだけかと思っていたが、胸の平らさと言い、ほんとに目の前の子供たちに負けている気がする。
「私も同行させていただきますよ」
そう言って現れたのはやはり朱色の髪を持つ少年。手に魔道士の杖を持っているところを見ると、一人前に認められた魔道士なのだろう。まだ子供なのに…。
「青の国の魔道士よりも、頭一つ分抜きん出ているので、私が同行者の魔道士と決まりました」
そう言われて少女は、目を丸くする。
「嘘!ジタンも次期神官長になるのを弟に譲ってまで来てくれるのに、魔道士長と目されているカイまで来てくれるなんて、朱の国に悪すぎるわ」
「いえ、自分で望んで決めたことですし、それだけ大切なことですから」
「勝手をさせてもらったのはこっちなんだから、気にするな」
二人の少年にそう言われ、少女は青い髪を揺らして喜びを隠せない。
恐らく初恋の君と親友なのだろう。
カイはあのカイなのだろう。カーミのところで会った、姫神子が原因で死ねなかったと言う。
と言うことは、少女は姫神子なのだろう。
つまり、見ているのはどう考えても過去。以前の姫神子の記憶だ。
途中まででも、楽しい旅になるといい、ミヤはそう思った。
□■□
目の前が暗くなり、新しい場面が見える。
今度は、ミヤ自身が姫神子の身体から離れて文字通り高みの見物になる。
「その女をこっちに寄越しな」
狼藉物が、姫神子一行を襲っているのだ。最初に見たときよりも、成長している。郁たちと同じくらいの年齢だろう。
姫神子の顔は、ピントがぶれたように判断つかない。ただ、何となく見覚えのある雰囲気だけは分かった。
髪の色が白いので、どこの国に属することもなく、こんな生活をしているのだろう。姫神子は珍しいので売れば高いと聞いたことがある。人身売買の集団か。
ジタンも、カイも、善戦はしている。が、多数相手に、隙をつかれてカイが負傷した。
あわてて姫神子は飛んでいって、怪我の治癒魔法を掛ける。これが原因で、カイは死ねなくなってしまったわけだ。
「危ない!」
当時の朱の国最強といわれたジタンも、圧され気味の上、姫神子と怪我をしたカイを庇いながらの状況では、どうしても後手に回る。
そして。
なんとも言えない嫌な音がして、ジタンの身体から剣が生えた。
正確には切りつけられたのだ。
さすがの姫神子も、これを治癒するには時間がかかるだろう。
そして、残されたのは姫神子──少女一人。
その少女の想いがミヤの中に流れ込んできた。
…こんな奴らの思い通りになるくらいなら。
ジタンの剣を抜いて、血の滴るまま自らの胸にざっくりと突き立てて──その瞬間、爆発的な、なんと言うのだろう、闇のような、粘着質のような物が少女──姫神子の中から飛び出して、狼藉者を飲み込んだ。
周りの森も巻き込んで──そしてそこには、三人の姿はなかった。
□■□
ミヤの目の前に、『たまご』が現れた。
「ママ、これが前回の姫神子たちが起こした事です。今回は、こんな事にならないように気をつけて下さい。
なにがあっても、ママだけでも神殿にたどり着いて下さい。姫神子がいないと、もうこの土地は成り立たなくなります。
作られし姫神子であるミヤママ、以前の姫神子の残留思念のあたしはそれを伝えるために居ました。使命を終えた今、また元のたまごに戻ります」
作られし姫神子──どういう事!?
「『たまご』、ちょっと待って、『たまご』!」
ミヤの意識は徐々にぼやけて行き…。
to be continued…
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