1 語り部は詠う
10月12日、改稿しました。
青年は、琴を片手に語り出した。
「これはまだ神が身近におわしていたころ、そう、昔々の物語」
ここは山奥の村、たまにやってくる吟遊詩人の語る物語が娯楽の一つになっていた。
みんなはそれぞれの世界を想像し、語り部の話へと引き込まれていく。
「国とは言え小さな集落の集まりで、お互いに助け合って生活しておりました。王はおらず、神に仕える神官がまとめ役をし、神の言葉を伝える役割をしていたのです。
何百年か置きに『姫神子』と呼ばれる神の娘が授けられ、特定の年齢に達すると母である女神の元へ旅立つ決まり事になっておりました。
土地を統べる女神は、姫神子を通じて土地を潤し、人々の助けをしておりました。
これは一人の姫神子の物語」
そう語ると、詩人はしばらく余韻をおいて続きを語り出した。
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晴天の昼下がり、開けた野原には、二人の少女がいた。
一人は薬草を摘み、もう一人はなにやら飾りの付いた杖を剣術の稽古でもするかの如く振り回している。
薬草詰みの少女は柔らかなふわふわとした少し明るめな青い髪を一つにまとめて、額に紅い石を着けている。もう一人の少女は、深い海の色の髪をポニーテールにしていた。
薬草詰みの少女のかごが一杯になる頃、一人の青年が少女たちを探しにきた。
青い髪と茶色の瞳、名をラシードと言う。
「こんな所にいた」
ラシードは真っ直ぐにポニーテールの少女を見付けると、
「ミヤ、テスが呼んでたぞ」
「兄さんが?なんの用だろ」
ポニーテールの少女、名をミヤと言う。
ラシードより五つ歳下の妹のような存在、とミヤは思っている。
「分かった、ありがとう」
そう言って振り回していた杖を持って駆けていった。
その後ろ姿を見ながら、クスクスと笑うのはふわふわの少女、ミヤたちからは姫と呼ばれている。
「ミヤも相変わらずね」
「あいつから元気を抜いたらなにも残らないよ」
ミヤの後ろ姿を見ながら、二人は笑う。
しばらくそうやって眺めていた毬江が、ぽつりと言った。
「ミヤはいいな。お兄さんが居て、ちゃんと名前があって」
やや寂しげなその表情に、ラシードは慰めるわけでもなく話し掛ける。
「姫にだって、姉妹のように育ったミヤや、俺やテスがいるだろ。
名前だって、ミヤが付けてくれた。
姫は『姫』ちゃんだ」
因みに、ラシードとミヤ、テス、姫は五つ離れて、三人同じ歳だ。
ただ違うのは、姫には正式な名前がない。それは人の子では無いからだ。
この地を統治しているのは一人の女神であり、その娘を何百年か一度、人の身体を持たせてこの世に送り出す。
周りの人からは『神子姫』として崇められ、姫君と呼ばれるのが通例であった。
それをよしとしなかったミヤが、勝手に呼び始めた名前、それが『姫』なのだ。
生まれた日も時間も一緒の二人、よそよそしいのを嫌ったミヤが付けたのだ。二人は姉妹のように育ってきたから。
そしてラシードは、『長老女さま』と呼ばれる人物に育てられた、拾われた子供だ。
長老女さまとは、いつからこの国にいるのかわからない、年齢不詳、分かるのは『長老女』と言う呼称と、『ジタン』と言う名前の犬を飼っていること。
ただ、普通の人では知り得ない知識を持ち、国の助けになっているので皆は敬意を表して『長老女さま』と呼んでいる。
ラシードはその長老女さまに拾われ育てられた子供だった。
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そこまで詩人が話し終わると、一人の子供が疑問を投げかけた。
「そこの人たちはみんな髪が青色なの?」
現代では金銀黒、赤や茶色、いろんな毛色の人がいるだけに、疑問に思ったのだろう。
詩人は言った。
「この時代、まだ神が触れられるところにいた時代。土地の力が強かったのですよ。
このお話は『青の国』と呼ばれる国が最初の舞台になります。その名の通り、土地に水の力が強く、一番染まりやすい髪がその土地の色に馴染むんですよ。他にも『朱の国』『森の国』など出てきます。
それぞれが特徴的な色合いの髪を持つ人々がいる国ですね」
「じゃあ、他の国に行けばすぐにわかるの?」
「そうですね、でも、髪はその土地の色に染まりやすいので、国を移って十年もすればその国の色に染まります」
そう言う詩人の髪は若葉のような鮮やかな緑だった。
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この地は大きく五つに分かれており、土色をした髪と瞳を持つ『土の国』、朱の髪と瞳を持つ『朱の国』、智と情報の宝庫を誇る、緑の髪と瞳の『森の国』、そして女神の神殿のある『聖地』と、なにがあるか誰も知らない、入ったが最後出て来れないと言われている『妖の森』で構成されている。
「そこまでは解っているね?」
教鞭を執る教師の如く、テスが説明を始めた。
「当たり前のことをなにを今更」
「お前は物覚えが悪いから、まずそこから復習をね」
「物覚えが悪いってどういう意味よ!」
「言ったままの意味だけど?あれほど杖を剣代わりにするなと言っても聞かないし」
ため息を付くようにテスが言い切る。
「ミヤは魔道士だと言ってるだろう」
「魔道もろくに使えないあたしが魔道士な訳ないじゃない」
「いいや、君はれっきとした魔道士だよ、俺の血を分けた妹だからね」
ぷーっと膨れてみせるミヤに、テスは次の質問を投げた。
「姫君の存在及びその理由、役目は?」
またそんな初歩的な事を。そう文句を言いながら、ミヤは答える。
「姫神子は、数百年に一度土地を統べる女神がこの地に人として送り込まれる贈り物。土地を肥やし、水を潤し、十七の歳になったらそれぞれの国を回り、神殿へと戻る義務がある。
特徴として、額に赤い色石がはめ込まれている」
でしょ?そう言いたげにするミヤに、テスはその中から抜けていることを敢えて訂正せずにいた。
元来姫神子は、人の感情の澱から作られる。
人は集団で暮らすと、どうしても押さえ込まれた感情を持つことになる。
その感情が澱となり、土地を痩せさせ水を汚す元となる。そんな物が溜まり始めたとき、女神がそれを集め人型にし、赤子としてこの世に送り出すのが姫神子だ。
十七の歳にあちこちの国を回るのも、その国の溜まった澱を集め、神殿で昇華させて貰うためだ。
そして、何故かこの青の国に生まれる確率は高い。
姫神子は、いや、女神に通じる物は血の汚れを嫌う。姫神子が生まれ出るのも、女神の産湯と呼ばれる湖に降臨するのだ。
テスがそれをあえて教えないのは、姫神子である毬江とは普通に接して欲しいからだ。
普通の友達として、家族として、姉妹として、最後まで普通に接して欲しかったからだ。
「それでだ」
テスは気を取り直して、郁に言った。
「お前も姫神子である姫も、今年で十七になる。神殿に向かう義務が発生する訳だ。そのときに同行するのが剣士と魔道士だ」
「はいはいはーい、剣士に立候補しまーす」
思いっきり手を挙げた郁に、幹久はため息を付きながら。
「実戦経験もないくせに、剣士なんか任せられるか。剣士はラシードに決まっている」
「えー?ラシード、剣士なんだ。確かに武者修行の旅とかに駆り出されていたけどね」
長老女様に放り出されていたラシードの姿を思い出しながら、ミヤはラシードのいなかった二年間を思い出していた。
「で、同行する魔道士が郁、お前だ」
「…は?」
間抜け面をさらす妹に、もう一度念を押す。
「だから、魔道士はミヤだよ。
そのために先日杖を渡しただろ」
「そんなあたし、魔道の魔の字も使えないのに」
焦るミヤに、テスは満面の笑みを浮かべて。
「大丈夫だよ。俺は俺の『妹』の実力を信じているから」
そう言って、悪魔の笑みを浮かべるのを、ミヤは半泣きになりながら見つめるしかなかった。
to be continued…