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第1話 働き蜂、せっせと働く

 薄暗い部屋の中で青年は夢を見た。

自分が小さな働き蜂となって大きな巣の中にあるハニカムの一つから這い出て、外で蜜を集め女王蜂に献上して自分のハニカムに戻って寝る。

そして、朝になったら同じ事を死ぬまで繰り返す。

そんな夢だった。

青年は目を覚ましてから、そんな夢を嘲笑った。

その青年の笑いは、バラエティーを見てる時に起こるような笑いではない。

自身の本音を誤魔化すような自嘲するような…そんな自虐的な笑いだった。


ーーーくだらない夢だったな。あんな飼いならされた虫の夢なんて…俺は病んでるのか?


ミツバチとは、嗜好品である【ハニーシロップ】の生産のために人類に飼われている生物であり、つまり家畜だ。

この青年にとって家畜は軽蔑の対象だ。

自分よりも自由が無く、自我も無い惨めな虫けら。

そんな印象を心の奥底で抱いている。

そんな虫けらの夢を見た事が、バカらしいことである。青年が心の中で持論を展開していると、外でサイレンが鳴り響いた。


「………仕事の時間か。…行くか。」


青年は壁に触れ、虚空でタイピングをする。

すると、足元側のハッチが淡く輝き、薄く透けながら消失した。青年は体を捩るように自室から出て、立ち上がった。

青年の目の前には高く分厚い壁があった。

この壁は外とこの場所…【ビー・ハイヴ】を隔てる壁であり、壁の先には汚染された荒れ地…【フロンティア】が広がっている。

そして、今自身が這い出た所は居住スペースだ。

かつての文明に存在したカプセルホテルのような小さな筒型の部屋が積まれて、ビルのような形状にされているだけである。

部屋の出入り口が六角形でそれらが規則正しく並んでいる様は、まるで蜂の巣のハニカムを彷彿とさせる。

青年は決められた招集所まで軽く走って出勤する。

道中の景色はほとんど変わらない。

壁と居住スペースを間の道で見れるのは、部屋から体を出して無気力にだらける住民や、足元に転がる煙草の空箱やペットボトル等のゴミくらいだ。

たまに、カップルの痴話げんかの場面や隣人同士の殴り合いの場面、または男と女の劣情が見えることがあるが、それらのイベントは本当に稀であり、そういった現場に遭遇出来たら今日の娯楽となる。


娯楽が極端に無いこの【アウトサイトハイヴ】では、他者の不幸や色情は至高の娯楽である。


ただ今回はそう言ったイベントは無かったようで、青年は少し不服そうだ。

招集所の近くまで来た青年は気持ちを切り替えた。

そして、招集所に着き、自分のロッカーを開けた。

ロッカーに入っている黄色いコートを羽織り、白い鉄のバイザーを被って靴と手袋を装備する。

そして、【聖鉄】と呼ばれる特殊な金属で製造された軍刀と【発光石】と呼ばれる光る水晶が填め込まれたランタンを持って、指定の場所に並び待機した。

既に何人か並んでおり、自分の後からも隊員がぞろぞろと並び始めた。

隊員300名が整列するとともに放送が流れた。

放送の内容は「これから来る脅威に備えろ」といったもので、難しい事ではない。

青年は少し長い放送を聞き流して装備の点検をする。


「ランタン…よし。サーベル…よし。コート…バイザー…よし。プロテクターとベルト…よし。手袋と靴も…よし。まあ、全部よしかな。」


装備に欠陥が無い事を確認し、放送に意識を戻した。

放送はちょうど終盤に差し掛かっていたところだった。

感情の籠っていない機械の紡ぐ合成音声で、変わらない鼓舞の言葉が垂れ流しにされた。


「勇者よ、痛みを恐れるな。降りかかる苦痛の闇をその銀光の灯で払い、迫りくる邪悪の臓腑を銀閃の剣で引きずり出して見せよ。人類に栄光あれ。勇者らに光の導きがあらんことを。」


「「「導きがあらんことを!!」」」


一斉に300人以上の兵達が敬礼をした事で、靴の音と声が地響きのように木霊した。

放送が終了したと同時に開門され、兵達は次々と外へ出て整列していく。

壁の外へ出た青年はランタンを灯した。

青い聖なる光が周りを照らす。

バイザーの望遠機能で遠くまで見通せるため、外敵を簡単に感知できた。

兵達はサーベルを鞘から抜き、迎撃の構えを取る。

現れたのは腐敗した獣…【腐った野犬・戦車ヘト】の大群と、放逐者の成れの果て…【病み穢れた人・死刑囚メム】の群衆だ。

青年は足のつま先とサーベルの剣先を真っ直ぐ向けて迎撃体勢を取る。

敵の群衆が肉眼でも目視出来るほどの距離になった瞬間、将校が笛を咥えて力強く吹き鳴らした。


ピィィィィィィィッッッ


ソレを合図に兵士達はサーベルを強く握り、覚悟を決めてスタートを切った。


「突撃ーっ!!!!」


「「「「うおおおおおおおおお!!!!!!」」」」


兵士達は鋭い剣先を前方に伸ばしながら、ドタドタと何十にも重なった軍靴の音を奏でた。


『ギャャャッ!!』


皮膚が腐って酷い匂いを放つ亡者が、朽ちた刃物を振り回してきた。

青年は軍刀の鍔で受け、そのまま強引に押し返した。


ガキャンッッ


鋭い剣は空を裂き、亡者の腹部を切り裂いた。


ヒュッ ザシュッ


空を切った音はとても軽かったが、中身を零す音はとても重々しかった。

亡者は今のダメージによって怯み、後ろに後ずさった。

しかし青年は敗走する敵を見逃すような、慈悲深い者ではなかった。

青年はランタンを前に突き出して、その亡者を照らし出したのだ。


『ギャアアアアア?!!?!?』


すると不思議なことに亡者の皮膚がどんどんと焼け焦げてきたのだ。

腐肉が焼ける悪臭に眉を寄せ、青年は鋭い刺突でその腐り落ちた心臓を穿った。


「一体目排除。」


そのまま流れるように、青年は他の兵士と戦う亡者の背中を切り裂いた。

不意打ちを食らった亡者は、振り向きざまに鋭い爪で引っ搔きにきた。

しかし振り向いた所に、青年はランタンの光を強くしていたがため、亡者は目を焼いてしまった。

そのまま青年は亡者の脳を鋭い刺突で貫いた。


「二体目排除。」


「あ…助かった。感謝する。」


同僚の感謝を聞き流した青年は、足に噛み付いてきた野犬を蹴り飛ばした。

そして銀光のランタンを押し付けて、野犬の心臓を刺し抉った。


「三体目排除。」


青年はまだ止まらない。

目の前の邪悪を滅ぼしきるまで、彼ら【働き蜂】には休息は無いのだ。

この穢れた存在は、人類を絶滅寸前まで追い詰めて、文明を崩壊寸前まで壊し続けてきたのだから。

人類最後の楽園…【ビー・ハイヴ】の運命はこの青年達に掛かっている。

そこに住む【アウトサイトハイヴ】の隣人達、【インサイトハイヴ】の市民達の安全、【ロイヤルハイヴ】の【蜂の子】のかけがえのない命、そして【クイーンハウス】の【女王蜂】の命運を…彼ら前線の【働き蜂】が背負っている。


ザシュッ ザシュッ


だからどんなに邪悪を殺しても、完全に消え去るまで剣を振るわなければいけない。


「う…うわあああああああああああ!!?!!」


だからどんなに仲間を殺されても、撤退命令を受けるまで突き進まなければいけない。


「四体目、五体目、六、七体目排除。」


だからどんなに心が疲れても、悪を滅ぼしきるまで休息は無いのだ。

そうして青年達は迫り来る邪悪を切り伏せ、あるいは無惨に殉職していった。

幾つもの命を散らせていると、古びた法衣に身を包む巨体の亡者が現れた。


「【肥大化した宣教師・教皇ワウツァディ】。こいつが今回のコアか。」


青年は剣に付いた汚れた血液を拭き取り、その布切れを捨てた。

それを合図に青年と他6名の兵士は剣先を刺し進めながら突撃した。


『ゴァアアァアアアアァアアアアァ…ウゥ…!!?』


太った亡者は担いでいた丸太を大振りで薙ぎ払い、襲い来る剣客を撃退しようとした。

しかし、戦い慣れた兵士達はその緩慢な一撃を回避した。もっとも回避できた者は青年含めた歴戦の戦士4名だけであり、他新人2名は激しく吹き飛び地面に叩きつけられた。


「クソ…!このクソデブがぁ!よくも…!」


同僚の一人が激昂し、太った亡者に突進した。

鋭い刺突が太った腹部を貫き、ぐちゅぐちゅと抉り回した。

しかし、太った亡者は少しうめき声を上げる程度で、全く意に介していなかった。

太った亡者はそのまま憤慨する兵士を掴み、ひょいと持ち上げた。


「クソ…離しやがれ!この、薄汚いなり損ないめ!」


憤慨する兵士はランタンを振るい、太った亡者の顔面に叩き付けた。


「おい!よせ…!」

「おらぁ!!」


ガシャンと叩き割れる音と、亡者の顔面が焼き爛れる燻る音が青年の耳に届いた。

青年は憤慨する同僚を心底愚かだと吐き捨て、そのまま太った亡者を斬り付けた。


『グラゥアァアアアアアアァアアアアアアアッッッ!?!!??!!』


太った亡者は絶叫を上げ、青白く燃え上がる顔面を押さえて身悶えた。

そうして手放された憤慨する兵士は、地面を転げ回り、素早く起き上がった。

そして俊足で駆け、その鋭利な一撃をもって、太った亡者にとどめを刺した。


『ア…アウ?』


それにより、残った亡者や獣達は、最愛の人と死別した恋人のようにフラフラと、何処かに歩いて行った。

この【ツァディ】と呼ばれる特殊個体を倒したことで、煽動されていた亡者と導かれた獣は、目的を喪失して統率を失い襲撃を辞めるのだ。

つまり、【ツァディ】さえ倒してしまえば、犠牲を最小限に押さえて戦いを終わらせることが出来る。

しかし、残念ながらそれは簡単なことでは無かった。


「ごほ…!がはぁ…!?」


ツァディ個体を討伐した兵士が、唐突に濁った血を吐き出した。青年を含めた兵士達がその吐血する兵士に近づいた。


「ダメだ。腐食が始まっている。」


青年は冷静に状態を分析して、無表情で首を横に振った。青年は小さく「だから止めろと言ったのに、バカな奴が。」と毒づき、剣を吐血する兵士に向けた。


「な…じょ…冗談…だよ…な?オレは……まだ、腐敗して…いない…ひ…姫蜂達が…女王蜂様に頼めば治してくれる!だ…だから…!」


「俺達のような掃いて捨てるほどいる働き蜂が、高潔な蜂の子しか入ることを許されていない【ロイヤルハイヴ】に行けると思っているのか?現実を見ろ。」


同僚の懇願を青年は無慈悲に斬り捨てた。

そう、彼らのような【アウトサイトハイヴ】出身の働き蜂は、【姫蜂】達が居る【ロイヤルハイヴ】には近づくことすら出来ない。

だから、邪悪な闇に淀んだ者はこうして亡者に成り果てる前に、介錯をしてもらう必要があるのだ。


「頼む…助けてくれ…まだ、こんな所でくたばれ無いんだ…お願イだかラ…見逃し…テ。」


しかし、介錯を請け負ってくれる仲間はかなり少ない。

こうやって腐敗しながらも救いを求められれば、大抵の仲間は同情して見逃してしまう。だが…


「すまない。見逃すことは出来ない。だが…助けてやることは出来る。」


「ナ…あ…ああ、ありガとウ…アリがとウ。まダ死にタク無かっタンダ。…ヨカッタコレデオレハ…」


「だから…大人しく、くたばってくれ。」


そう言って青年は、腐敗の進行した元同僚の首を切り裂いた。

腐敗した同僚は、自分の首が刎ね飛ばされた事にも気づくことなく、最後まで自分が助かると思っていたようだ。

刎ね飛ばされた同僚の表情は、安堵と感謝で満ちている。

ある意味ではこの同僚は救われたのかもしれないが、周りの生き残った兵士達の心は救われなかったようだ。…青年は無感情な様子で、淡々と剣を鞘に納めた。


「一人目粛清。…言った通り助けてやった。苦痛も恐怖も無い安楽死こそが…俺にできる唯一の慈悲だ。」


青年は静かに呟きながら敬礼して、殺した同僚への哀悼の意を示した。

嘆く戦友達の軽蔑や怨恨に満ちた恨み言や眼差しを浴びながら、ただ沈黙を貫いたまま青年達は撤退した。

……。

………………。

その日、青年は少しだけ違った帰り道を通った。

安い煙草を咥えて深呼吸をしながら、ゴミと汚物だらけの路地裏を歩いていた。

特に理由は無かった。

ただただ今日の出来事がうしろめたくて、人の目を避けたかっただけである。

そのためだけに、わざわざ異臭の酷いこの場所を歩いていたのだ。

青年にとって、同僚の死や戦友からの憎悪は日常的な出来事であった。

故に青年は、自分を守るために、何も感じない素振りで過ごしていたのだ。

他の仲間達や上司や先輩達は、そんな青年を【冷血の戦士】と呼び恐れた。しかし…


「クソ…吐き気がする。こんな事、好きでするものか…!何にも知らない癖に、憶測ばかり語りやがって!」


青年だって、人の血が通っている子供である。

自らの手で殺めた事に、何も感じない訳が無い。

しかし、他人の憶測とは恐ろしいもので、本人達には彼を陥れる意図など無く、ただ純粋にそうだと思っているのだから、なおさらタチが悪いのだ。

青年は確かに無関心を気取れるが、その脆弱な精神は少しずつ摩耗していっているのだ。

いつか、青年はきっと、この世界に絶望してしまうかも知れない。

そうして堕落した心に邪悪な闇が入り込み、あの同僚のように腐敗してしまうのだろう。

そんなことを青年は何となく察していた。

だから、青年は常に聖鉄のナイフと小さな発光石を持ち歩いているのだ。

いつでも自分を粛清できるように、前もって準備しているのだ。

陰鬱な気分で鮮血のような黄昏の路地裏を歩いていると、分かれ道に遭遇した。


暗い闇に覆われた左の道、ほのかに輝く右の道。


青年は何となく選ぼうとして、ある違和感に気が付いた。

そう、この薄暗い路地裏にもかかわらず、何故か光が見えるからだ。

確かにこの【ビー・ハイヴ】は、地下を除いた全ての場所が導きの光で照らされている。

それは、人の心を腐食して肉体と自我を腐敗させる闇を散らすためのものだ。

しかし、今見えるこの光は、かなり過剰に輝いているような気がする。

ここまでの明るさは、かなり高純度の発光石でも難しいほどに強力な輝きだ。


ーーーどうしてだ?光から優しさを感じる。この感覚、まるで愛おしい人から抱擁されているようだ。


青年は導かれるように、その光の溢れる右の道を選択した。

その光は確かに強かったが、目が眩む事は無かった。

一歩一歩と、よちよちと歩く幼い子供のような足取りで、青年は光り輝く根源に歩み寄った。


そこにあったモノは…淡く光る粒子で薄く纏い…純白の薄い布切れで包まれた…美しい柔肌の下半身ケツであった…。

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