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翌朝。
俺は彼女のところに行く。
もちろん、受付の娘だ。
正門の方に駆けていくと、馬車に乗ろうとしていた彼女が目に入る。
「おい!」
声をかけると彼女の動きがピタリと止まりこちらを見る。
「ダリアさん・・・」
「俺も行きます」
そう言うと彼女は驚いた顔をした。
すぐに馬車の操縦者に腕輪を見せ、冒険者だと言う。
「金銭はいただきますぜ?」
「ただの護衛だ。何かあったら助けよう。 最近は魔物が活発になっているからな・・・」
俺がそう言うと、操縦者は頬を掻き視線を逸らした。
俺と彼女は馬車に乗り込み、座る。
パシッと音と共に馬車が揺れ、走り出した。
「ダリアさんどうして・・・」
向かい合う様に座る彼女からそんな言葉が聞こえて来た。
「護衛ですよ。ギルドが破壊されたあの日・・・運んでもらった事へのお礼です」
そう言うと、彼女は少し笑った。
「お給金は出ませんよ?」
「言ったでしょ。お礼だって・・・報酬はいりませんよ」
そう話す。
馬車の小窓から見える外の風景は鮮やかな緑で、世界の果てまで草原が広がっている様にも思える。
「今から行く場所は、どんなところなんですか?」
そう言うと、彼女はゆっくりと話し始める。
「そうですね・・・平和なところですよ。小さな村なんですが農業が盛んで、牧場もあります。 緑も豊かで笑顔が絶えない村です」
「いいところですね」
そう言うと、彼女は少し笑った。
「ちょっと遠いですけどね」
彼女はそう言って、背もたれに深く体重を預ける。
あれから動きっぱなしだったのだろうか。
ひどく疲れている様にも見えた。
「少し休みますか? 着いたら起こしますよ」
そう言うと、彼女は少し考えた後に口を開く。
「そうですか? ではお言葉に甘えて・・・」
そう言って数秒。
スースーと寝息が馬車の狭い空間に響く。
「早いな・・・」
あまりの速さに驚きつつも、彼女を見つめる。
「お疲れ様です」
小さくそう呟き、馬車の扉をゆっくりと開ける。
綺麗な草原が広がり、森に入ろうとしていた。
馬車の屋根に登り扉を閉める。
やはり少し高い位置でないと索敵は難しいと言うものだ。
ポーチに手を入れ、塩をひとつまみ取り、口に入れる。
塩味が広がり、脳が働き始める。
耳を済ませ、周りの音を聞く。
朝早くに皇都を出たが、すでに昼頃だろうか。
直上から降り注ぐ太陽の光は暑く、汗が滴となって垂れる。
弓を取り出し、矢をつがえる。
何か聞こえる。 だが、風を切る音や馬車の音でうまくかき消されてしまうくらい小さな音だ。
いろんな音が何十にも重なり、場所が特定できない。
周りを見渡しても姿が確認できないのだ。
瞬間、地面に影が映る。
人間よりかは少し小さいが鳥と比べるとかなり大きい。
そして、形が歪だ。
俺は空を見上げる。
瞬間映ったのは茶色の大きな翼に、蒼白い女体。
醜い顔と血に濡れたギザギザの歯だった。
「ハーピー⁉︎」
数は十数匹ほど、ハーピーは群れで動く習性があるが、ハーピーにはグループがありどの個体も5体前後で1グループが作られる。
珍しい光景だ。
「アンタ!馬車を止めて中に入れ! ハーピーだ!」
すぐに操縦者に指示を出す。
馬車が止まった瞬間に屋根から飛び降り、ハーピーに矢を打ち込む。
女体の胸の中央に突き刺さり、落ちてくる。
「まず一体!」
操縦者を守り、誘導しながら次の矢をつがえ、引きく。
ハーピーは狩りをする際でもあまり攻撃性は高くない。
それはきっと、彼らが遊び感覚で人間を狩っているからだろう。
したがって、ハーピーの依頼ば銅級。
ゴブリンと並ぶほど、もしかしたらゴブリンより弱いかもしれない。
また、ハーピーはその場では殺さずに、歌声で眠らせてから人間を持ち帰る。
その特性上。眠りに耐性をつけてしまえばさほど怯える相手ではないが、攫われてしまえば救助は困難を極める。
「馬車に引っ込め! いいから!」
操縦者を馬車に押し込み、扉を閉める。
内側から鍵をかけさせ、俺はまた屋根の上に飛び乗る。
矢を何本も撃ち込み、次々とハーピーを落として行く。
瞬間、耳をキンッと叩く様な。
脳に直接染み込ませる様な歌声が響く。
「来た・・・歌か⁉︎」
視界がユラユラと揺れ・・・
眠気に襲われる。
瞼が重くなり、目を瞑る。
「待て・・・寝るな・・・!」
自分にそう言い聞かせ、短剣を取り出し脚の肉を浅く抉る。
鋭利な痛みに目を覚まし、さらに撃ち落としていく。
残り10体程度・・・
矢を取り出そうと腰に手を回すが、矢が見当たらない。
「クソッ! 使い切ったか⁉︎」
スカウトではあるが、あまり弓は使わない。
そのためか矢を持ってきていなかった。
ーーどうする? どうすればいい⁉︎
瞬間、更に大きな影が頭上を通る。
ハーピーたちが慌てる様に騒ぎ始め、何かに気付いた様だ。
空を見上げると人間より遥かに大きな体が見える。
逆光でシルエットしか認識できない。
大きな翼に細い尻尾。
四足獣だろうか?
それは翼を折りたたみ滑空をはじめ、ハーピー一瞬にして啄む。
血が溢れ、地面にビチャリと落ちる。
だがしっかりと見えた。
白い頭に鋭い目。鋭利な嘴。 赤茶色の体に細い尻尾。 鉤爪はとても鋭く、地面を簡単に抉る。
そして、大きな翼。
「グリフォンか!」
グリフォン。
一部の地域では神と崇められ、人間と敵対関係にはない。
だが、一定期間気性が荒れている時期があり、その時期には討伐依頼が出される。
グリフォンは高い場所に生息しており、下まで降りてくる事はそうそうない。
そのためか、気性が荒れている時期などの研究は進まず、理由はわからないままだ。
「ふざけんな! なんでこんな下にいる⁉︎ お前の依頼は金等級だろ!」
グリフォンが来た事でハーピーが散りじりに去っていく、
グリフォンは俺を見つめ、睨む。
数回瞬きをした後、飛び去っていった。
ハーピーを追いかけている様子から見ると、食料を求めていたのだろうか。
馬車をおり、扉を叩く。
男が怯えた様子で出て来た。
「もう大丈夫なんですかい?」
「あぁ、操縦を頼む。 眠っている馬は起こしてくれ、馬の扱いはわからん」
そう言うと、男は馬車から出てすぐに手綱を握った。
俺はまた馬車の屋根に飛び乗り、すぐに警戒を進める。
夕方から夜にかけては魔物が更に活発になる。
警戒を強めていかなくては・・・