7
夜空の下、泥や粘液でベタベタな身体を引きずりながら歩く。
ギルドに帰れば報告を済まして休むことができる。
「早く帰って休みたい・・・」
70人近くいた冒険者ももう20人程度まで減ってしまった。
俺を誘った男は見えない。
これから集められる遺体の数々の一つになるのだろう。
全員が疲弊し、血や泥に汚れている。
腕につけられた等級は変わらず、銅色に光るばかりだ。
正門から皇都にはいり、西洋風の街並みと、石畳をの上を歩き、ギルドの扉を開ける。
「え、・・・ダリアさん?」
受付嬢の娘が俺を見た瞬間に声を漏らす。
「戻りました。ファランクスとやらが・・・暴れてたみたいで」
俺がそう言うと驚いた表情で俺を見つめる。
その瞳には、心配の色が宿っているように見えた。
「スライム退治からなかなか戻らないので心配しましたよ」
彼女は資料を開き、依頼の報告を受ける。
「すいません」
謝罪をし、報告を続ける。
「スライムの数はどうでしたか?」
「あぁ・・・」
彼女の質問に口を閉ざしてしまう。
なんと言ったらいいものか・・・
「なんかあったんですか?」
彼女は俺の顔色を伺いながらそう聞く。
いや、正直に言うのがいいだろう。
「20体前後でしたね。アシッドの他に、フレアとメタルも確認しました」
「えぇ⁉︎」
その報告に彼女は椅子から飛び上がるように立ちカウンターに勢いよく手をつく。
前屈みになったためか、大きな胸が揺れ、強調される。
「フレアとメタルもですか?」
「はい。間違いないです・・・」
質問に答えると、彼女はため息をつきながら椅子に力無く座る。
「魔王が討伐されてからこんなですよ・・・どこも魔物が溢れて手に負えない。 銅級の依頼のはずが、現地に行ってみたら銀級、金級レベル・・・」
彼女は何もない天井を見つめながら声を漏らした。
「原因は魔王の討伐ですか?」
彼女に問いかけるとゆっくりと首を振る。
「わかりません。過去にも似たような事がないか調べたんですが、記録はないみたいで」
取り敢えず手続き進めます。と言いながら彼女は動き始める。
その時、肩を叩かれた。
振り返ると体のデカい男が俺を睨む。
何かをしたのだろうか。
「兄ちゃん・・・本当に銅級か?」
低い声で唸るように話す男は銀級。
身につけた鎧は汚れていて、先程のファランクス戦に参加していたのが容易に想像できた。
「銅級だ」
俺は身につけた腕輪を見せて話す。
瞬間、男は俺の左腕を掴み、手首に嵌められた等級の腕輪を睨む。
かなり力が入っているのか、腕が少し痛む。
「あれだけ戦えるなら死者は減らせたはずだ」
男はそう言った。
背後からパタパタと受付の彼女が帰ってくる音がするが、今はそれどころじゃない。
きっと、心配した顔をしているに違いない。
「あの装甲を剥がせたのは魔術師の力があってこそだ。 一人じゃ戦えなかった」
俺の言葉に男は俺を睨みながら話す。
「恩恵は?」
「威圧。 対象との力量が離れていれば離れているほど相手の本能に恐怖を刻む」
俺はしっかりと説明する。
恩恵は与えられても効果は自分自身しか知らない。
他者は何人たりとも知り得ない。
いかなる手法を持っても、知ることは出来ない。
そのためか、嘘をついてもバレはしない。
「あの速度は?火力は?動きは・・・?どう説明するんだ。銅級の兄ちゃん」
「待て、なんでそんな殺気立ってるんだ」
俺の声は届かずに男から殺気が溢れ出す。
「あの討伐隊にはパーティがいた・・・全滅だ。 お前が力を隠してなければ・・・!」
瞬間、男の手に刃だけでも100センチはある戦斧が握られる。
粒子が集まるように形が作られ、武器を顕現する。
ーーこの男・・・魔法騎士か!
「偽りの冒険者がぁぁぁぁぁぁぁ!」
高く振り上げられた戦斧は、勢いをつけ薙ぎ払われる。
瞬時に短剣を出し、防御。
重い金属音がなり、火花が散る。
「ぐっ・・・」
ーーまずい・・・短剣が折れる⁉︎
短剣に圧力がかかり、折れるのを防ぐために体を少し浮かせ、わざと体を飛ばす。
筋骨隆々の体躯から打ち出された一撃は凄まじい力を誇り、俺の体は数メートル弾き飛ぶ。
ギルドにあった椅子や机を破壊し、床に倒れ込む。
「がっっ・・・ゴホッ・・・イッテェ・・・」
床に手をつき、痛む体を無理やり起こし短剣を握り直す。
額が割れたのか、血がビチャビチャと滴り落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんだよコイツ⁉︎」
瞬間、叫び声が聞こえ顔を上げると床には頭のない死体が転がる。
ーーなんだ?
男の頭を持つのは墨に塗られたような高身長の騎士だった。
「・・・・・。・・・?・・・・」
真っ黒い騎士は何かを話しているが聞き取れない。
単語だろうか。言語?
瞬間、騎士の姿が消え、俺の前に現れる。
握られた拳が動き出し、短剣で防ぐ。
パキンッ・・・
騎士が放った拳が短剣に触れた瞬間、金属音とともにガラス細工のように砕け散り、腹部に衝撃が走る。
鈍い音とともに身体が弾け飛び、壁を破壊しながら数十メートルは飛ぶ。
「ぐはっ・・・あ・・・あぁ・・・!」
口から多量の血液が吐き出され、顎や首にほんのり暖かさを感じる。
ーーなんだあれ! 一撃が重い、肺か?胃が傷ついたか? そんなことはどうでもいい、立て!
霞む視界で立ち上がり、騎士を見つめる。
騎士は周りを見ながら腕を握りしめる。
アイツ・・・どう動いた?
てかどっから現れた?
2メートル以上はある。 あれだけの大きさなら気づくはずだ。
それに、光すらも吸収しそうなほどの黒い体。
目を惹かないはずがない!
「・・・・・・・・!!!!」
瞬間、黒騎士が叫び、他の冒険者に攻撃を仕掛ける。
武器を砕き、鎧を砕き、骨を砕き、皮膚をさく。
舞う鮮血はこの惨劇を写していた。
一撃が重く。
まるで災害。いや、降り注ぐ厄災だろうか。
視界に映るギルドは破壊されて倒壊する。
たった一人に。
その時ある人物が立ち塞がる。
「なんだこの惨劇は⁉︎ 貴様!俺が相手だ・・・!」
そう言って現れたのは魔王を倒したあの男だ。
赤等級の冒険者なら勝てる。
俺たちとは雲泥の差だ。
赤等級なら、経験も知識も違う。
可能性なら十二分にある!
これなら・・・!
黒騎士が動き出し、男も剣を抜く。
だが、刀身は鞘から半分も出せずに決着がついた。
頭を失った体が、ガシャンと音を立てて床に倒れる。
「おーいだいじょ・・・うぶ・・・か?」
男を心配して来たのか、あの日も周りにいた仲間も駆けつけるが、この状況を把握する前に身体が上下に分かれる。
ーーなんだあれ⁉︎ なんなんだ、赤等級を一撃!それどころか戦いにすらなってないぞ!
黒騎士は死体を踏みつけ、自身の動きを確かめるように湾曲した剣を振る。
まるで、鈍った感覚を戻そうとしているようだ。
ーーあの剣・・・どっから出した?最初から持ってたか? いや、そんなことない。 最初は素手だったはずだ。
すると、他の黒い人物が現れる。
魔女のような姿をしているが、墨に黒く塗りつぶされた見た目からは実際の姿は想像できない。
黒騎士は魔女のような人物に、魔王を倒した男の頭をみせる。
魔女は小さく手を振りながらあしらうように見えた。
黒騎士が肩を落とし、床に頭を放り投げ、踏み砕く。
バチャッと血が飛び散り、床を赤く染めた。
瞬間、彼らの周りに墨に塗られたような体を持つ別の個体が何人も姿を現す。
ぱっと見ただけでも数十・・・かなりの数だ。
それに、床・・・地面から出て来たか?
最初は液体の様な形状だったが、形を形成して顕現した。
黒騎士は俺を見つめ、すぐに視線を逸らす。
彼らはギルドを、街を荒らしてすぐに去っていった。
遠のく意識を保ちつつ、呼吸をする。
破壊された街は炎が立ち上がり、熱を感じる。
「ダリア・・・さん!」
すると、瓦礫をどかしながら受付の娘が現れる。
「・・・生きてたんですね・・・」
「はい、戦闘が始まる前に避難しましたから」
身体が痛い。
正直、話すだけでもかなりキツい状態だ。
「大丈夫ですか・・・? 今すぐに神官のいる場所まで運びます!」
彼女は歯を食いしばりながらも俺の体を担ぎ上げる。
この日、皇都アイヴェールは謎の影に襲われ、一夜にして全壊した。