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ゴロゴロと音を立てながら背後にある建物が倒壊する。
アキハの持つ武器はかなり切れ味がいい。
いや、万物両断の能力だろうか。
「街中でやり合うつもりか?」
「僕はそれでも構いません。 大きな悪の前に多少の犠牲は付きものです」
ニヤリと笑いながらアキハは再度刀を掲げ、数秒後に振り下ろした。
破裂音のようなものと同時に瓦礫が巻き上がり、地面も建物もボロボロになってしまう。
「クソッタレ!」
俺は小さな石を拾い、アキハに投げる。
その石は彼の頬を掠め、皮膚を切り出血を促した。
直後だ。
たらりと一滴の血が滲み頬を伝った次の瞬間には傷が塞がっていた。
「な・・・」
人間はそこまでの治癒能力は存在しない。
いや、生物でも傷を1秒も経たずに治すほどの者は存在しないはずだ。
「これが万物治癒か⁉︎」
となると、真正面から正々堂々は難しい。
治癒術をもつシグレから狩るのが安定するだろう。
「・・・でも、どうやって」
俺は無意識に呟いていた。
シグレから先に倒せればいいが、万物両断・・・全てを斬る能力の前では近づくのさえ困難だ。
「さぁ・・・行くよ!」
そう言ってアキハは刀を掲げる。
「フィーニス!レメディ! 逃げるぞ!」
俺は逃げるためにクルリと体を回し、敵に背中を見せる。レメディは俺の指示に従い、フィーニスは立ち止まった。
「何してる! フィーニス!」
俺が叫ぶとフィーニスはこちらを見つめる。
「出来ない・・・」
苦しそうな顔でフィーニスはそう呟いた。
「な、何言ってんだこんな時に⁉︎ あの能力見ただろ!」
俺はそういうが、フィーニスは歯を食いしばりながらアキハを視界に捉える。
「逃げられない! 一般人を見捨てていけないし、下の人間たちも!」
下・・・貧困地域の人間か・・・
帝都の下には貧困の下級市民が住む。
住む・・・という表現で合っているのだろうか。
腹を満たすこともできず、服を変えることもできない。
捨てられた街。ゴミ捨て場のような場所だ。
「そんなこと・・・!」
そんなことを言っていたら俺達が死んでしまう。
勝てる見込みはなく、作戦もない状態での戦闘は避けるべきだ。
得策じゃない。
その時、ある声が耳を刺す。
泣き声だ。小さな少年の。
背後・・・
俺はその声に惹かれ、顔を向ける。
少年は泣きながら瓦礫の下敷きになっている母親と思わしき女性の手を引っ張っている。
「・・・早く逃げなさい!」
「嫌だ!」
その光景を見つめていると、あることを思い出す。
脳裏をよぎるのは、皇都襲撃のあの日、瓦礫の下敷きになった俺を受付嬢のサディアが瓦礫をどかし助けてくれた光景だった。
「・・・今はそれどころじゃないはずだろ」
その光景を浮かべた自分に言い聞かせるように呟く。
「早く!」
母親と思わしき女性が、少年を突き飛ばす。
尻もちをついた少年は立ち上がり、泣きながらも再度女性の手を握る。
瓦礫をまさぐり、引こうとしては、また瓦礫に手を伸ばす。
涙を拭った少年の指から、赤い雫が一滴ポタリと地面に落ち、弾けた。
瞬間、歯車がカチカチとはまるように思考が鮮明になる。
モヤモヤとしていた何かが消え、広い花畑にいるような。落ち着いた空気が俺を包んだ。
ガチンッと力強く歯車がはまる。
噛み合った瞬間、それは俺の判断が決まった瞬間だった。
「レメディ! 瓦礫をどけて母親と子どもの避難!お前なら出来るだろ!」
「わかりました」
指示に従い、レメディは素早く行動する。
「避難が完了したら多少治療して、すぐに合流しろ」
俺は短剣を鞘からゆっくり抜きながら話す。
「逃げないの?」
「気持ちが変わった。男は殺せ。女は生かせ、情報を吐き出させて、レイドも来訪者も潰す」
身体中の骨をコキコキとならしながら、体を柔らかく動かす。
「了解・・・」
そう言った後にフィーニスの体が変化する。
茶色の体毛に包まれた大柄な獣に。
「聴きましたか?シグレさん! あの方々、勝つことを前提に話してますよ!」
アキハが高らかに笑いながらメガネをあげた。
「出来ないとでも?」
俺は彼を睨みながらそう呟いた。
その態度を見て、彼は歯を食いしばり、牙を見せる。
「なら・・・やってみてくださいよ! あなたにその力があるなら!」
アキハの声は、瓦礫に包まれた空間に高く響いた。




