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まるで亀裂を押し広げるかのようにレイドが何十体も姿を表す。
空はまばらに黒色が散りばめられ、ことの異常さを認識するまでには時間はかからなかった。
液体が落ちるように、ボチャっと鈍く籠った音を鳴らしながらレイドが落ちてくる。
地面と接触した瞬間弾け、散らばった水滴が一点に集中しと人の形を成す。
「クロークス!目を覚ませ!」
その呼びかけにクロークスは埋まっていた顔面を地面から引き抜く。
「レイドだって⁉︎」
話を聞いていたなら早い。
数が多すぎる影の集団に、勝ち目はないと一瞬で察知する。
「アルゴ! 俺たちをこの世界から弾き出せ!」
「無理だ! 生者の魂はこちらにくると不安定になる!チューニングには時間がかかる! 世界の理を破ってこちらに来てるんだ、すぐには無理!」
増えて行くレイドにアルゴさえも急を見せる。
アルゴは生命にはダメージを与えられない。
この状況を俺たちだけで抜け出すしかないのだ。
彼らは立ち上がり、こちらを見る。
その中に、見覚えのある人物が一体見えた。
「ふむ。少年、どこかで見覚えがあるな」
彼女はそう話した。
「・・・なんだよ。その姿。なんなんだお前、なんなんだお前らぁぁぁ!」
影の中に混じるのは色のある人物。
そして、それはよく知っている人物だった。
背丈も声も同じ、見た目も変わらない。
話し方は少し違うが間違うはずがない。
あの時、故郷に帰ると言って殺された受付嬢、サディアの姿だった。
「サディアァァァァァァァ!!」
俺は怒りに身を任せるように飛び出し、短剣を構える。
地面を蹴り、自身の限界のスピードでサディアに突っ込む。
彼女はまだ槍を構えていない。
このまま喉を切り裂き、頭を切り落としてやる。
彼女の顔が近づくと、瓜二つな受付嬢の顔に一瞬の躊躇が生まれる。
「ふむ。あの時の少年か」
瞬間、パァンと音が響き、身体に衝撃が走る。
鈍痛と共に身体が舞い、地面を滑り、いくつもの岩を破壊する。
「ぐっぁ」
咳と同時に、赤い液体が口から溢れる。
「馬鹿! 生命にダメージを与えられないのはあーしだけだよ!」
アルゴが瞬間的に移動をしてきて、俺の身体を支えながらそう話す。
「あいつは殺す」
「馬鹿言わないで!たった一撃でボロボロじゃない! チューニングする! 時間を稼ぎなさい!」
そう言ってアルゴは立ち上がる。
息を大きく吸い、叫び始めた。
「クロークス!レティシア! 時間を稼ぐんだ!私はチューニングをする!」
アルゴの声を聞いた瞬間、クロークスは雷を纏い、フィーニスは獣化する。
だが、いくら彼らが強くても数で押し切られてしまう。
俺を含めて3人と、数十人の部隊だ。
「チューニングの時間稼ぎすら難しいかもしれないぞ」
俺がそう呟くと、アルゴはニヤリと笑い口を開く。
「大丈夫。あーしは生命にダメージを与えられない。『あーし』はね。 頼んだよ」
瞬間、アルゴが倒れ、数秒経ってから目を覚ます。
「アルゴ?大丈夫か?」
声をかけても特に返事はなく、周りをキョロキョロと見る。
状況の把握を最優先にしているようだ。
「あぁ・・・これは時間稼ぎをしろって事かな?神から半神になるほどかなりやばい自体って事かぁ・・・」
そう言いながらアルゴは背筋を伸ばした。
いや、アルゴ・・・なのだろうか。
見た目はそのままだが、口調や仕草も変わってしまっている。
アルゴの姿だが、中身はアルゴではないのだろう。
「・・・アンタ。アルゴじゃ・・・ないのか?」
恐る恐る問う。
その問いに彼女は頷いた。
「アルゴは今チューニングしてるから、すぐにここから出してあげる。 大丈夫。お姉ちゃんが必ず出してあげる」
そう言って彼女は優しく笑った。
彼女は周りをキョロキョロと見て、レイドと対峙するクロークスとフィーニスを見つける。
「なるほどね・・・引退しちゃったけど、世界の理から外れたここなら、昔の力も使えるかなぁ」
そう呟いて、彼女は俺を担ぎ、クロークス立ちの方に歩きながら手を振る。
「君たちぃ!! お姉ちゃんが手伝ってあげよう!アルゴがチューニングするまでの時間稼ぎ、私も頑張っちゃうよ!」
と、ニコニコしながら手を振る彼女を見たクロークスは驚いた顔をし、フィーニスは怪訝そうな顔で首を傾げた。
そして、サディアは口を開く。
「ほう。憑依、いや、協調か? アルゴ!神を捨てると言う事は貴様も死ぬと言う事だろう? いいのか?こんな場所で死んで」
サディアがそう話すと、世界そのものからアルゴの声が響く。
「全然構わない。あーしは冥府の神。死んだ生物を弔うけど、この世界では死なせないよ。 それに、最初から負けるつもりで戦わないわ。お前ら全員潰して、このクソガキ達を外に出す」
アルゴの声はそう話した。
それを聞いてサディアは少し笑い、槍を構える。
「アルゴ、貴様が元より神だったら、勝機はあったかもしれんな。 案外、命というのは脆いぞ、元人間」
槍を構えたサディアがそう言いながら戦闘態勢に移行すると、周囲のレイドたちも武器を顕現させる。
「命は5つ。半神となれば、貴様も、協調している魂すらも消滅する。それに、男が二つに女が一つ。これほど良い収穫はない。 全員・・・かかれ!」
サディアの号令と共にレイドの群れが動き出す。
短剣を構え、迫る闇を見つめた。
その時、アルゴの姿をした彼女が数歩前に出て、レイドに手のひらを見せる。
捻り潰すように、広げた手を捻りながら握った。
瞬間、レイドの半数がまるで紙を丸めるみたいに小さく潰れる。
「甘いんだなぁ。これが」
彼女はニコニコしながらそう呟いた。
それに続くようにアルゴの声が世界に響き渡る。
「そう。甘々だねぇ。 今あーしと合わさってるのさは史上最強の魔術師とも言われた人間・・・正真正銘の黒等級。 重力を操る災禍の魔女。ティタだよ。 本当・・・人間の味方で良かった」
アルゴの声は確かにそう話した。
その言葉にクロークスはアルゴの身体をもつ誰かを見つめる。
そして小さく呟いたのだ。
「・・・姉貴」
その声は進軍を続けるレイドの足音にかき消された。




