5
真っ暗な道を歩く。
視界を照らすのは月の明かりだけで、足元すらも上手く視認できない。
松明はスライム退治で使ってしまった。
傷があるためか足が重く動きが鈍い。
だが、皇都に着かなくてはまともな休息は取れない。
スカウトの属性を持っているため、耳を澄まし、風を読む。
匂いなんかにも敏感だ。
暗く視界は悪いが、強襲にも対応できるくらいには扱える。
心配なことは疲労が顕著に現れているというくらいだ。
だが数時間は歩いている。
皇都はすぐだ。
十数分もしないうちに皇都が見える。
闇の中でもギラギラと光り、目につく。
「やっとつく・・・報告したら夕飯・・・いや、夕飯はいいか。疲れたから宿を取って寝よう・・・」
歩き疲れ、痛む足を引きずり正門をくぐる。
西洋風な作りの建物が並び、空は暗いのにこの場所は太陽のように明るく、賑やかだった。
その時、前方から何やら集団が見える。
全員武装していて、焦っている様子だ、
冒険者の腕輪をしている。
「冒険者があんなに・・・夜だぞ? 何があった」
俺はそう呟いた。
近くにいた酔っ払いの中年の男が俺の肩に腕を回す。
ふわりと香った酒の匂いは強く、顔を歪めてしまう。
「魔物だよ・・・魔物が出たんさね・・・」
「魔物? 群れか?あんなに冒険者を束ねて」
俺がそういうと、男が首を振り、酒の入ったジョッキをあおる。
ゴクゴクと音が鳴り、気持ちよさそうに声を出したあと話を続けた。
「いんや・・・群れじゃねぇさ」
その言葉に俺は首を傾げる。
群れじゃないならあそこまでの編成はいらない。
かなりやばい相手なのか?
俺の顔を覗き込み、男がニヤリと笑う。
ジョッキを俺の胸にコツンと当て、口を開く。
「わからねぇか?たった一体の魔物・・・歩く要塞さ・・・」
瞬間、ガチャガチャと鎧を着た冒険者達が横を走っていく。
銅級・・・銀級も何人かいるが、大半が銅級で組まれた大型パーティだ。
すると最後尾を走っていた男が俺を見て立ち止まる。
「君、冒険者か⁉︎」
「あ、あぁ」
突然声をかけられ、驚いてしまう。
声をかけてきた好青年のような若い男は左手首に銀色の腕輪を身につけていた。
「君も一緒に来てくれ!今はできるだけ人が欲しい!」
「そんなにやばいのか?」
俺がそういう前に、男は走り出していた。
「やばい⁉︎ いや、自分の目で確認するといい!」
そう言って背中が小さくなっていく。
瞬間、背中を叩かれる。
酔っ払いの男だ。
男はニヤリと笑い、顎で方角を指す。
行ってこい。 そういうことだろう。
「あぁ・・・クソっ!!」
俺は走り出し、大型のパーティの後を追いかけた。
皇都の外に出て、集団を探す。
夜に至急であんな人数が出るんだ、かなりの脅威か・・・皇都のそばまで来ている可能性が高い。
かなりの脅威・・・の場合は銅級を主体に銀級がチラホラいる編成で討伐隊は組まないはずだ。
だとしたら皇都のそば・・・どこだ。
どこにいる。
暗い視界の中周りを見渡すと、遠くの方に松明の光と思われる明かりが無数に見える。
「見つけた・・・」
俺は全速力で走り、合流する。
地面を滑りながら勢いを殺し、本隊に合流し状況を確認する。
「隊長・・・これ・・・ですか?」
女性の隊員が呟く。
視界が悪く、誰が、どんな人物が話しているのかわからない。
皇都の明かりは見えるが、決して近いと言える距離ではない。
光はこちらに届かず、暗いままだ。
「あぁ、報告にあった座標と一致する。 あまり近づくなよ! 串刺しにされるぞ」
隊長と呼ばれた男はそう言いながら松明の明かりを向ける。
それに合わせるように全員が松明の明かりを一点に向けた。
暗い場所に、モヤが浮かび上がる。
人間より大きく、3メートルほどはありそうな巨体。
形状も山そのものだ。
色は黒く、光沢があり、粘液を常に出し続けている。
見た目や形状だけでいうならスライムと大差ない。
「全員下がるんだ! 俺が攻撃をしてみる」
男の冒険者が槍を構える。
動かない何かに痺れを切らしたんだろう。
男は助走をつけ、槍を投擲する。
何かの身体に当たった瞬間、重く鋭い金属音と共に、槍が折れる。
「硬い・・・」
誰かがそう漏らす。
確かに硬い・・・あの酔っ払いが言っていた通り、歩く要塞だ。
瞬間、ゾクリと悪寒が走る。
全身の体温が吸われ、寒くなったようにすら感じる。
要塞・・・って守るためだけのものじゃないよな?
攻撃手段も必ずある。
その直後、何かの身体がブツブツとうねり始める。
本能が、直感がやばいとこだまする。
頭蓋骨の中を回避と死の文字が反射を繰り返し、心拍を高める。
瞬間、黒い何かの動きが一瞬止まる。
「な・・・なんだ?」
誰かがそう言った瞬間、これまでにはない危険信号が全身を駆け巡る。
「全員回避! 伏せろぉぉぉぉぉ!」
俺は叫ぶと同時に地面に伏せる。
やばい・・・これはやばい!
瞬間、何かの身体が四方にトゲを放出する。
まるでボールに隙間なく刺せるだけの槍を刺したようだった。
回避が遅れた者の体を貫き、一撃で絶命させる。
体に開いた穴はまるで蜂の巣だった。
資料で一度だけ読んだことがある。
粘液を常に纏い続ける漆黒の装甲。いかなる物理攻撃も防ぐ強固な鎧。 弱点はないと全方位に対応した串刺しのような攻撃。
「何人やられた⁉︎」
「今の一瞬で20・・・いや、30は死んだんじゃないのか⁉︎」
冒険者が声を荒げる。
一瞬の出来事に目を疑うしかないからだ。
そりゃそうだ。
銅級じゃ敵わない。
金級に限りなく近い銀級の魔物。
ファランクスだ・・・
「全員突撃ぃぃぃぃぃ!」
瞬間、その号令と共に大隊が動き出す。
ファランクスに走り、剣を掲げる。
敵うはずがない。
策無しに戦える相手じゃない!
「やめろぉぉぉ!」
俺の叫びは誰の耳にも入らずに空に吸い込まれ、戦闘が開始された。