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ゆっくりと歩きながら馬車に戻る。
消えた火を再度点火し、暖をとる。
「あぁぁぁぁつがれたぁぁ」
クロークスがそう言いながら地面に寝転んだ。
「汚いぞ」
白い服が汚れるのはあまりに酷い。
クロークス本人は気にしていないが、かなりいい材質なような気がした。
すると、左側に広がる闇から草を踏む音が響き、顔を向ける。
クロークスも起き上がり警戒体勢に入る。
「・・・終わった? こっちにゴブリンは来なかったけど」
そう言いながら現れたのはフィーニスだった。
ローザはその後ろを付いてくるように現れた。
「あぁ、終わった。かなりきつかったけどな」
俺はそう呟き、ため息を漏らす。
「あ!」
突如としてローザが大きな声を出す。
何事かと驚いて確認すると馬車に目を向けていた。
「物資が・・・」
「仕方ない。一度きた道を戻って再度調達してから向かおう。 オーガも倒したし、数日は強い魔物が現れないはずだ」
そう言いながら乾いた木を火の中に投げ入れてみる。
「そんな事してたら間に合わなくなっちゃうわ」
「だが、少量の物資じゃ生きられない。 それに、そいつらだって自分たちで生きる術はあるだろう、数日遅れるくらいなら問題ないはずだ」
そういうと、彼女は悲しそうに馬車を見つめながら肩を落とした。
あの襲撃があって、危険なことを理解しただろう。
いや、知っていたのか。
だから冒険者を護衛に雇い、危険で長い道のりを歩くのか。
「まぁそんなに落ち込むな。 それにしても、どうしてそんなに急ぐんだ?」
少し気になっていた質問を投げる。
危険を知っているのはわかったが、村を優先にする彼女の姿勢には少し疑問があった。
自身が死んで仕舞えば物資は届かない。
それでも突き進もうとする彼女には、何かしら大きな理由があるのだろうか。
「あぁ、それはね・・・私しか行かないからよ。誰だってこんな長い道のり嫌でしょ?」
彼女は首を振りながらそう言った。
だからって命をかけるものだろうか・・・
いや、誰も引き受けないなら、この運搬依頼は独り占めができる。
距離も長く過酷だからか、報酬もそれなりにいいのだろう。
考えてみれば、別に難しい理由でもなかった。
「だからね・・・」
彼女がさらに話を繋ごうと口を開いた瞬間、彼女達が現れた場所とは逆の方向から足音がした。
ゆっくりと確かな足音。
一歩一歩近づく足音に、俺とクロークスは立ち上がり闇を凝視する。
短剣を抜き、構える。
「な、何?」
「わからない・・・暗すぎる」
ローザが唾を飲み込み恐る恐る呟いたが、視界の悪い状況では判断ができないと、俺はそう答えた。
星は綺麗に光るが、森だからだろうか。
木に立派に生え揃う葉が、星々の光を遮り闇を作る。
肉眼では見えない・・・
魔物か、野生生物か。
どちらでも脅威になるが、どうせなら後者の方がいい。
そちらの方が何倍も楽だ。
だが、姿を表したのはそのどちらでもない何かだった。
人の形をしているが、丸々と太り、大槌を担いだ影だ。
2メートル以上はある。
「影・・・⁉︎なんでここで・・・!街以外では見た事ないのに⁉︎」
そう、皇都、帝都、オアシスグレイス、そして受付嬢の故郷があった場所。
どれも人が大勢いる場所でしか見たことがないのだ。
「影か・・・任せな! 俺は数体を1人で追い払ってる!」
クロークスは全身に雷を纏い、光の速さで影に近づく。
見えない、目で追う事は不可能だ。
だが、クロークスは何体も1人で相手した。今回の影は1人、容易にこの状況を打破できるだろうと、俺は考えた。
影がゆっくりと大槌を掲げる。
狭い場所で扱うからか、大槌が木に当たる。
だが、動きが制御されるのではなく、ミシミシと音を立てて木が折れた。
勢いはない。
つまり、押しただけで木を折り、切断したことになる。
何かが違う。
やばい・・・そう思った時には遅かった。
振り上げた速度より何十倍も早い速度で大槌が振られ、クロークスの体を捉え、打つ。
バギっと異常な音がして、キラリと光るクロークスは数十メートルの距離を飛んだ。
凄まじい衝撃と、圧で木が揺らぎ、細い枝は折れ、葉は舞った。
奴は俺たちを睨み、指を差す。
「・・・・・・?・・・・・・」
またわからない言語。
だが、指を差しているからか、その方に目が引き寄せられる。
後ろにはフィーニスとローザ
俺からの距離や角度からではどちらを差しているのかわからない。
瞬間。
「ローザ!逃げなさい! 今すぐにここから離れなさい!」
森の中にフィーニスの声が響く。
刹那、強く風が吹き、俺の黒い髪が視界で揺れ、フィーニスの茶色の髪がなびき、ローザの身体は原型が無いほどに潰れてしまう。
「なっ・・・・」
あの巨体からは想像できないほどの俊足。
赤い雫が宙を舞い、星々の光を反射する。
キラリと光り、潰れた胴体から衝撃で切り離されたローザの頭部が地面を転がる。
綺麗な金色の髪が土に汚れていくのを見つめながら、止まっていた呼吸を再開し、息を飲んだ。




