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ベッドから降り、身支度を済ませる。
「鍵は・・・部屋に置いとくか。 点検の際に回収するだろ」
部屋の鍵は化粧台の上に置き宿を出る。
地図を開き、洞窟を目指した。
道中は特に何もなく、洞窟の前にも目印的なものはない。
振り返ると村が見え、あまり距離がないことも容易に理解できる。
「確かにこの距離なら、数体が村に入ってくる可能性はあるな」
そう言いながら、松明を拵え。
火打石で巻きつけた布に火をつける。
燃える炎は暖かく、これから闇に入るという弱った心に寄り添うような気がした。
洞窟に侵入し、壁を触りながら進む。
ひんやりと冷たい石壁が、体温を吸い取る。
スライムは基本昼に動く。
夜間は眠っているらしい。 俺たち冒険者は寝込みを襲いたいと考えたが、奴らは警戒心が強いのか休む時は人の手が届かない場所に入り込み休息を取る。
そのため、こうして奴らが活発になる時間帯の狩りを強いられるわけだ。
「かなり長いか・・・?」
俺は声を漏らした。
スライムには聴覚や嗅覚。視覚はない。
奴らは温度感知を利用して獲物を探る。
それにしても、かなり広い。
基本的に、魔物の数と棲家の広さは比例する。
銅級だと、5体いれば多かったねと話が盛り上がる程度だ。
それほど、銅級の依頼はレベルが低い。
だが、明らかにおかしい。
広すぎる。
瞬間、正面からヌチャっと粘り気のある水音がして松明を向ける。
緑色の体に、プルプルとした表面。
確実にスライムだ。
俺は短剣を油壺に浸し、松明の火を短剣に移す。
ゆっくりと近づき、スライムに短剣を突き刺した。
スライムの体が簡単に炎上し、絶命する。
体が溶け、水溜りのように変化する。
スライム自体は火を使えば強くはない。
ゴブリンと比べると動きは鈍く、攻撃手段も限定的だ。強いて言うなら、種類が沢山いるためそれに対応した戦い方をしなくてはいけない。
ゆっくりと歩みを進め、暗い道を通る。
「分かれ道か・・・」
左右に分かれた道を発見し、少し悩む。
地面を見ると、少し湿っていて何かを引きずるように右に続いていた。
「右でいいか・・・左は長い間使われていない」
右の道を選択し、進む。
歩き続けると、少しだけ広い場所に出た。
岩肌を撫でながら歩く。
部屋は丸型で、出入り口は通ってきた道一本。
この空間は一体・・・
空間の中央を目指し、歩くと。
何か軽いものを蹴ってしまう。
カラカラと大きな音を立てて蹴ったものに松明を近づけると人の頭蓋骨だった。
「頭蓋骨・・・?」
食事場か⁉︎
瞬間、背後からヌチャっと音が響き、数秒後には地面に強く落ちる音がする。
松明を向けると紫色の身体が視界に映る。
「アシッドスライム!」
短剣を抜き、戦おうとした瞬間、多量の水音が耳を刺した。
ーー背後⁉︎
振り返り、正体を確認する。
目を凝らし、闇を見つめる。
瞬間、闇の中に小さな赤い灯りが生まれる。
それは何かを吸い込むように大きくなり、突如射出された。
放たれたそれは周囲を照らしながら俺を穿つために一直線に飛んでくる。
照らされた中から赤色の身体と銀色の身体。20匹はくだらないスライムが視界に入った。
眼前に迫る火球を回避し、短剣を握り直す。
「フレアスライムと、メタルスライム⁉︎ この依頼・・・銀級以上だぞ⁉︎」
フレアスライムには炎は効かない。
ファイアボールという火球の魔術を扱えるスライムだ。
メタルスライムも同様炎は効かない、厳密にはダメージにはなるが微々たるものだ。 二体とも物理にも魔法にも強い。
ーー一度引いてギルドに帰還! 応援を・・・!
そして出口の方を見るが、すでにスライムが退路を断っている。
「クソがっ!」
短剣を握り、松明を近づける。
瞬間、ヒヤリと重い感覚が左足に乗る。
驚いて確認すると緑色の体色をしたスライムが足に乗っていた、ジューと装備がやけ溶ける音がし、瞬間的に松明をスライムに当てる。
可燃性の体を持つ彼らは、一部位に火がついてしまえば勝手に燃え広がる。
ーー取り敢えず数を減らすしかない!
俺は走り出し、火のついた短剣をスライムに突き刺す。
身体は簡単に炎上して、絶命を知らせる。
「これで3体目!」
松明を振り、状況を確かめる。
気づかないうちに囲まれていた。
瞬間、視界に映るアシッドスライムの体が少しのけ反る。
ーー知らない・・・あんな行動は見たことない・・・!
瞬間、紫色の液体が吐き出される。
俺はそれを回避するために身体を逸らすと、液体は短剣に直撃した。
ジューと音を立て、短剣が溶け始め、あっさりと原型すら保てなくなる。
ーー武器がなくなった!
柄だけになった短剣を見つめ、牙を剥く。
クソッタレ
数はまだいる。
減らさないと逃げるのも不可能だ
俺は松明を置き、短剣を油壺に浸す。
油壺を腰から取り、スライムたちにかけるようにばら撒いた。
松明の火を短剣の柄に移した瞬間、油の方に投げ炎上を誘う。
瞬間的に炎は燃え広がり、何体かのスライムを焼く。
できた退路に走り込み、壁を蹴って出口の穴に着地する。
ーーあれなら数分は出てこれまい。 フレアスライムとメタルスライムはすぐに動き出す。
策を・・・
焦げる匂いが鼻を刺し、それでも走る。
松明の炎は視界を少し明るくするだけで、やはり見えない。
周囲には岩ばかりだ。
大抵持ち上げられるものじゃない。
壁を破壊する?
ダメだ、爆弾のようなものはない。
押し潰せれば討伐はできそうだが・・・
ポーチに手を入れ、使えるものはないかと探す。
たまたま手に取ったポーションを一飲みし、瓶を捨てる。
何か・・・何か・・・
すると、袋に入った火薬をポーチから見つける。
「火薬⁉︎」
簡易的な爆弾なら作れるか?
いや、そんな時間はない・・・
他に何か・・・
そう願いポーチをさらに漁ると、何やら白い粉が出てくる。
「・・・これなら!」
松明を置き、火薬の道を作る。
サラサラとした火薬が地面に撒かれ、一本の線が出来た。
松明を持ち、壁を叩く。
一定のリズムで壁を叩き、数分。
10体は超えるフレアスライムとメタルスライムの姿が視界に入る。
先程の炎上でスライムとアシッドスライムは死んだか?
ジリジリと近づいてくるスライム達は勝ちを確信したかのようだった。
あと少し、奴らが前進すればうまくいく。
彼らの身体が火薬についた瞬間、俺は白い粉をばら撒き、火薬に火打石で衝撃を与える。
バチッと光が放たれ、連鎖するように火薬の道に火がつく。
瞬間、大きな音を立てて視界が赤く染まる。
身体が衝撃で飛び、熱が喉と皮膚を焼く。
「ぐっぁぁぁぁ!」
ゴロゴロと岩が崩れ、スライム達は下敷きになるように潰れた。
「はぁ・・・やったのか?」
瓦礫の下からドロリとした液体が流れ、依頼の完了を確認する。
「粉塵爆発・・・話には聞いていたが、少量でこの威力か・・・二度と使わん」
そう言って、出口を目指した。
洞窟を出ると、太陽が直上まで上がっていた。
昼か・・・
村によって、報告をして。
それからギルドに戻ろう。
視界に映る小さな村を目指して、俺は歩き出した。
村長の家の戸をたたくと、中から息子と思わしき男性が出てくる。
「村長はいるか?」
そう伝えると中に案内され、応接室に通される。
老人がすぐに現れ、席についた。
「依頼は達成した」
「そんな傷だらけで・・・ありがとうございます・・・」
何度も頭を下げる老人を見て、悪い人ではないのがわかる。
「村の方はどうだ?」
「確認させていただきました・・・足を悪くして数年・・・こんなことになっていたとは・・・」
次期村長は貧困を経験した奴の方がいいだろう。
落ち込む老人を見ながらそう感じた。
「俺はギルドに戻る。何かあったらまたギルドを頼れ。 村、昔の姿を取り戻せるといいな」
俺はそう言いながら応接室を後にする。
長い廊下を歩くと、以前とは違ってカーテンが全て開き光が差し込んでいる。
視界の端に息子と思わしき男性が映り込む。
彼は俺に頭を下げた。
「立ち振る舞いには気をつけた方がいい」
俺は小さくそう言って家を出る。
例の家に向かい、戸を叩く。
すぐに赤髪の主婦が出てきた。
スライムに襲われた子の母親だ。
「冒険者さん・・・戻っていらしたんですね」
「あぁ、スライムは全員始末した。 明日から安全だ」
そういうと、頭を深く下げる。
「ギルドに連絡はしたのか?」
「はい、今日の夜にはこちらに着くらしいです」
そう言って、彼女は何かを思い出したように姿を消す。
次に現れた時には、小さな袋を持っていた。
「あの、これ受け取ってください」
そう言われ袋を開くと、銀貨が20枚ほど入っていた。
「いや、報酬ならギルドから受け取れる」
「これは、私たちからのお礼です。助けていただいた・・・」
女性はそう言って袋を渡そうとするが、俺はそれを制止する。
「いや、尚更受け取れない。 冒険者は信頼が付き纏う仕事だ、私情での金銭は受け取れない。 あの子に使ってやってくれ」
そういうと女性は驚いた顔をして頭を下げた。
「じゃあ、俺はギルドに戻る。お大事に」
別れを告げ、俺は帰路につく。
ギルドに戻るためだ。
空を見上げ、太陽を見つめる。
眩しさに目を細め、柔らかく優しい風が体を撫でる。
その日の太陽は、いつもより眩しい気がした。