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新たな店の扉を開き、席に着く。
店員に注文をし、商品が届くのを待つ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「腐っても冒険者です。あれくらい大丈夫ですよ。それに、アイツらも大事にはしたくないはず、殺すような威力の攻撃じゃありません」
届いた食事を受け取りながら話す。
パスタをフォークでクルクルとまとめながら話を続けた。
「知っているでしょう? 冒険者は恩恵を貰うと同時に神様からある程度の身体強化が付与されること」
「知ってはいますが・・・血が出てましたし・・・」
パスタを口に入れ、咀嚼しながら話を聞く。
まぁ仕方ない。
相手は受付嬢だ。
いくら冒険者の相手をしているとはいえ、自身で経験していない以上、想像することすら難しいのだろう。
「血くらいなら依頼をしていれば流れるものです。大した問題じゃない」
そう言いながらソーセージにフォークを突き刺し、口に運ぶ。
パリッと皮が弾け、脂が溢れ出す。
程よい塩胡椒の香りが鼻から抜けるのを実感する。
「また明日は依頼を受けるんですか?」
「一応はそのつもりです。 魔王が倒されたなら魔物の動きが鈍くなるかもしれません。 依頼が減れば死活問題です。今のうちに出来ることはやっておかないと・・・」
俺がそういうと、彼女は俺の輪を見つめて口を開く。
「冒険者になってから依頼はかなり成功させているはずです。まだ色が銀にならないんですか・・・」
「仕方ないですよ。簡単な依頼な故、もらえる評価は低い。 神様がまだこのくらいで頑張れって言っているんじゃないですか?」
左手首につけられた腕輪を見つめる。
ランクは五つ。下から銅、銀、金、赤、黒の順番で階級が上がる。
ランクは一つの指標で、ランクが低いからと言って特定の依頼が受けられない。参加出来ないという事はない。
だが、誤ったランクの依頼を受け、失敗した場合。
死亡時の手当や、その他諸々のサポートを受けられない。
簡単に言えば、「自分の力量も判断できない奴が冒険者を語るな」という事だ。
だから、自身が持つランクより上は推奨されないし、ギルドも斡旋をしない。
「まぁそろそろ変わると受注出来る依頼の幅が増えるんで、銀になってくれるといいんですけどね」
こればっかりは、ギルドでさえも管轄外だ。
なんでも、冒険者のランクは神託とやらで決まるらしい。
帝都の教会に勤める神官が神託を受け取り、世界各地のギルドに通達する。 そうしてランクが上昇する。
腕輪には特別な細工がしてあり、ランクが変化するとリアルタイムで変色を開始する。
だから、神託と呼ばれている。
神託、寵愛、恩恵。 神にまつわる話が関係するが、実際に神がいるかは定かではない。
それに、見た事はないが悪事を働くとランクが下がるらしい。
そして、一度下がったランクは簡単にはあげる事はできない。噂によれば、人の悪事は一生を持って償うべきだと。 下がれば変わらない・・・とまで言われている。
「ダリアさんならすぐに変わりますよ。後少しの辛抱です」
彼女がそういう。
だといいな。
諸々の食事を済まし、店を出る。
もうかなり遅い時間だ。
人も少なくなってきた。
「今日は解散にしましょう。家まで送ります」
「いいんですか?」
彼女はそういうが、悪いわけがない。
むしろ、女性一人で夜道を歩かせ、何かあってからでは寝覚めが悪いというものだ。
「はい。危ないですから」
そう言って彼女の後ろを歩くようについていく。
人通りは確かに少なかったが、冒険者が一緒にいる人間は狙わない。
そのためか、何事もなく家に送ることができた。
「ありがとうございます」
「いえ、ではまた明日」
彼女が家に入ったのを確認し、帰路を歩く。
自宅に着いてからは装備すら脱がずに床にはいり、気づいたら朝を迎えていた。
窓から差し込む朝日が瞼の裏さえも明るく染める。
眩しさに目を覚まし、ギルドに向かう準備をする。
家を出て十数分。
ギルドの扉を開けると何やらザワザワとしている。
何かあったのだろうか。
受付の娘達は多量の依頼を抱えて走り回り、冒険者は長蛇の列を作っている。
珍しい光景に立ち止まっているとドンと別の冒険者にぶつかってしまう。
「邪魔だ」
「あ、すまない・・・」
大柄な男は俺を睨み、すぐに去っていく。
瞬間、耳に水音が入る。
ボタボタと大きな雫が落ちるような音だ。
音の正体を確かめるため、床を見ると赤い雫がビチャリとついている。
後を追うと、先ほどの男だ。
「おい、アンタ血が出てるぞ」
俺が声をかけると、男はこちらを睨み、左手を確認した。
「兄ちゃん。傷くらいなら冒険者は当然だ。 騒ぐんじゃない」
「確かにそうだが、出血量がおかしい。 アンタ、左手の小手・・・指先の布がもう血を吸えなくなって滴り落ちてるんじゃないのか」
そう言うと男が口を開く。
「大丈夫だ」
男はそう低く唸って俺から視線を外した。
確かに、左手首につけた腕輪は金。 自身の力量は十二分に把握しているだろう。
だが、だからこそ心配なのだ。
なぜ撤退しなかった?
予想しない出来事でもあったか?
俺は少し考えた。
「ダリアさん!」
すると、思考を邪魔するように受付嬢の娘が声をかけてくる。
昨日別れてから無事だったか。
「おはようございます。今日は忙しそうですね」
「あ、おはようございます」
軽く会釈をし、俺の挨拶に彼女は返す。
頭を上げた後、彼女は口を開き始めた。
「魔王討伐後から、魔物が活性化し始めました。依頼はてんこ盛りですよ!」
魔王討伐後?
魔王の支配下にあった魔物が動き始めたか?
自由になったから?
まぁおかしくはないか・・・
「なら、俺も依頼を受けますよ。まぁ、ランクは低いんで大した依頼は受けられませんが・・・」
「助かります! では列に並んでお待ちください! では!」
そう言ってパタパタと忙しなく姿が去っていく。
列・・・
20〜30人は並んでいそうな長蛇の列を見て溜息を漏らす。
依頼書が掲載されているボードを確認し、自身のランクでもいける場所を探す。
ネズミ狩りか・・・ゴブリン・・・少し難易度は上がるが、同じ銅級ならスライム退治か・・・。
前回はゴブリンを狩った。
今回はスライムを選択しよう。
ボードから依頼書を剥がし、列に並ぶ。
待つこと数十分。
ついに出番が回ってきた。
複数人受付嬢がいるのに、毎回彼女に当たるのは何かしらの縁があるのではないかと錯覚してしまう。
「この依頼をお願いします」
「はい!・・・少々お待ちくださいね・・・」
分厚い本のような資料を開き、依頼書と交互に見る。
細かい依頼内容はそちらに書いてあるためだ
「スライムの討伐ですね。村が近くにあるみたいなので、早めの討伐が推奨されます。 松明やガソリンなど、炎をうまく使うことで討伐が楽になりますよ。 ダリアさんはソロなのでお気をつけて」
話を聞き、依頼を受け。ギルドを後にする。
ポーチから地図を出し、開く。
村は遠くはないが、距離がないわけではない。
数時間ほどか・・・
村に着いたら休息を取って、それからスライム退治に臨もう。
地図をポーチに押し込み、歩き出す。
皇都の門を目指し、歩いていると傷だらけのパーティとすれ違う。
油断したのか。
3人のパーティだが、全員銅級。
戦士が二人、魔術師が一人。 ヒーラーがいないのが気になるが、バランスは悪くない。
「クソ・・・油断した!」
「仕方ないよ・・・依頼内容の中身が違いすぎる・・・」
「それでもやるべきだった!」
何やら口喧嘩を始め、魔術師の女は泣き出してしまう始末だ。
何があったかは知らないが・・・異常事態も含めてあらかじめ準備しておくものだ。
それなら、多少の事は片付く。
そう思い、心で唱えながら村への道を歩く。