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男は息を荒げる。
俺を見つめ、目には涙を浮かべていた。
「な、何があった?」
突然の状況に驚きつつも俺は声をかけた。
男は自身の体を抱き寄せる様にして爪を立てる。
爪が食い込み、引き裂かれた皮膚から血が溢れ、滴り落ちる。
地面に落ちた赤い雫は弾け、事態の異常さを物語る。
男は焦る様に、それでいて怯える様に頭を抱えた。
「娘が・・・娘がいないんだ。 まだ小さい、遠くには行けないはずなんだ!」
俺の顔を見つめながらそう言った。
娘? 迷子か?
「娘と離れたのか?」
「わからない・・・」
俺の質問は簡単に受け流される。
というよりかは、最初から耳に入ってない様にも見えた。
「帝都の中で逸れたのか?」
「わからない」
男は涙をポロポロと流し始め、歯をガチガチと鳴らす。
何やら異質な空気を感じ、後ろに下がってしまいそうになる。
だが、俺も最近知り合いを、大切な人を亡くしたばかりだ、歯を食いしばり踏みとどまる。
「帝都の外か?」
「わからない・・・わからないんだ」
完全に絶望してしまったのか、同じことを繰り返すばかりだ、他の住民は男に冷たい視線を送る。
「ならどこで逸れたのか教えてくれ、俺が探してくる」
「最近は魔物が活性化してる・・・魔王が倒されてから・・・もしかしてゴブリンが? 違う・・・わからない、わからない」
かなり気が動転しているんだろうか。
会話が成立しない。
「おい、聞いてるのか? 娘の服装を・・・!」
俺が話そうとした瞬間、背後からパリンッとガラスが割れる音がする。
振り返ると割れているのは店のガラスだ。
「盗人だ! 地下街のネズミが入り込みやがった、捕まえてくれ!」
視界のはるか奥には汚らしい格好の子供が走っている。
帝都も平和じゃないな・・・
瞬間、背中に温かい液体がかかる。
ーーなんだ? なんで、温かい?
その時、近くにいた女性が叫び始めた。
「いやぁぁぁぁぁぁ、化け物!!!」
俺は振り返り確認する。
視界に映ったのは、男の顎を外し口の中から外界に出ようとする漆黒のレイピアだった。
バギバキと骨を砕く音と共に墨に塗られたような体がゆっくりと姿を表す。
男の体がまるで脱ぎ捨てられた衣服のようにグニャグニャになり、力無く地面に捨てられる。
2メートル以上はある細身の漆黒の騎士が俺を見つめた。
ーー影⁉︎ 帝都の中に現れた! どこから・・・なんで・・・
影が現れた焦りと同時に、あの光景が甦り怒りがふつふつと湧く。
「お前ら・・・どこからきた⁉︎」
「・・・?・・・・、・・・・・?・・・・!」
何かをひとしきりに話した後、漆黒のレイピアが軌跡を生み出す。
光すらも吸収しそうな黒き細剣は早く、そして鋭かった。
俺は回避をするために一歩後ろに下がる。
だが、先端数センチ・・・いや、数ミリかもしれない、薄い鎧に当たってしまう。
瞬間、身体が何かに引っ張られるように背後に飛び、店や家屋をいくつか破壊する。
ーーイッテェ・・・
細身の騎士は勢いよく走り出し、人々を斬りながら突撃してくる。
地面が、壁が赤く彩られ、宙に舞う血が空さえも赤く染めるような気がした。
凄まじい速さで接近してきた騎士は、右足を振り上げ、俺の体目掛けて振り下ろす。
ーーこれは死ぬ!
命の危機を本能的に検知し、ギリギリで回避する。振り下ろされた足は地面を踏み抜き、勢いよく倒壊する。
突然の浮遊感に包まれ、身体が落下を開始する。
瓦礫と共に地面に体をぶつけた。
「なんだ・・・?」
見渡して視界に映るのは、ボロボロの汚らしい服を纏った人間と、今にも崩れてしまいそうな家屋がいくつかみえる。
「貧困地域・・・比喩じゃなくて、マジで下にあったのか⁉︎」
周囲には上から落ちてきた俺を不思議そうに見つめる人影。
そして何より異常なのは・・・
「まずい!人間が多すぎ・・・!」
「ねぇ・・・」
瞬間、視界の外から声がした。
頭を動かし見つめる。
そこに立っていたのは小さな少女だった。
10歳・・・少し上だろうか。15歳にはなっていなさそうだ。
右瞼は閉ざされ、ナイフか何かの刃物による切り傷が刻まれている。
耳は人間のような耳ではなく、犬や猫のような動物の耳が頭の上に可愛らしく乗っている。
茶色い髪と金色の瞳を持つ獣人の少女がこちらを見ていた。
「あなた、誰?」
警戒しているのか、俺を睨み、牙を見せる。
貧困地域だからか、やはり服はしっかりとしたものを着ておらず、靴すらない。
「俺は・・・」
違う。
こんなことしてる場合じゃない!
風の流れが一瞬だけ変わり、悪寒が走る。
俺は地面を蹴り、少女を抱きしめて地面に転がった。
瞬間、元いた場所を貫くようにレイピアが刺さる。
黒い液体が上空からポタポタと降り注ぎ、それは細身の騎士を造形した。
騎士はレイピアを地面から抜き取り、構え直す。
「な・・・なにあれ・・・」
「もう少し下がれ! いいから、下がれ!」
少女の肩を押し、下がるように指示する。
すると、少女は俺の腕を掴み、怒鳴るように話し始めた。
「アンタに何が出来るの⁉︎ この腕輪・・・銅級じゃない! 見たところアイツは銅級のアンタがどうこう出来る相手じゃない!」
「それでもやるんだ! 時間を稼げば赤等級の連中が来るはずだ。 帝都の中だったのがラッキーだな!」
「来るわけない!」
少女がそう叫んだ。
俺は少女に視線を一瞬ずらし、騎士に戻す。
「ここは貧困の地下市街。ゴミ捨て場なんだよ! 上の連中が助けに来るはずない! それに、アレは・・・」
少女は漆黒の騎士。影の姿に怯え、言葉が詰まる。
瞬間の事だ、影が鎧の音をガチャガチャと立てながら数回小さく跳んだ後、姿が消えた。
次に現れたのは消滅、横に薙ぐように繰り出された右脚の一撃は俺と少女を確実に捉えていた。
「しまっ・・・」
回避しようとした瞬間に視界に少女が入る。
冒険者は冒険者になった瞬間に多少ないしの身体強化が入る。
だが、少女は違う。
この一撃を喰らえば死を回避するのは不可能に近いだろう。
俺は少女を抱きしめ、インパクトのクッションになる。
背中を蹴られ、激痛が走る。
身体が飛び、地面を跳ね、砂を巻き上げながら家屋を破壊する。
「・・・・ッ」
痛みに耐え、立ちあがろうとした瞬間、強烈な眩暈と吐き気に襲われ膝をつく。
体の奥から上がってくる何かを受け止めるように口に手を当て吐き出す。
口から血が溢れ、地面にビチャビチャと赤いシミを作った。
少女は無事か?
「大丈夫・・・か?」
俺が絶え絶えに言うが少女からの反応はない。
視線を送ると、息はしている。
気絶か?
「そのまま眠っててくれるとありがたい・・・」
口内に溜まった血を勢いよく吐き出し、短剣の切先を影の騎士に向ける。
「やってやるよ、クソったれ」
必ず、膝をつかせてぶちのめす。
意思を固く胸に刻み、影の騎士を睨んだ。




