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大変だった〜〜〜〜!

本当に大変だった、この隅々まで荒れ果てた家を掃除するのは。

埃まみれで軋みまくる床、開け閉めするたびにぎいぎい鳴るドア。

家すらなかった過去がなければ、泣いていた。


前の居住者も錬金術師だったおかげか、キッチンも風呂も手洗い場もしっかりしたものが備え付けられていたのは、最高だったが。


すっかり日が上り切って明るい寝室の中で、しみじみと思う。

まだ体の疲れは抜け切っていないが、ともかく動き出そう。

どうやらこの街のモットーは、働けるのに働かざるもの食うべからずらしいし。

聖女候補時代だって、質は違えども過酷さはそこまで変わらなかったし、いけるいける。

錬金術用の大釜があるリビングに出ると、その近くに置いてあったバスケットにこんもりと緑色の薬草がつまれていた。


ボロボロの犬用ベッドで寝ていたらしい犬が、立ち上がってパタパタと尻尾を振る。


「これねこれね、ウォーフがやった」


「え、すごいじゃん」


私が心からの感想を述べると、犬……ウォーフは誇らしげに尻尾を加速させた。

この犬が何者かはいまだに判然としないが、優秀なことだけは間違いなさそうだ。

またナーシャと会った時にでも、この犬について詳しく聞いておこう。


手順は本当に簡単だ。

薬草と水を規定量、大釜に入れて祈りながらかき混ぜるだけ。

ボロボロの作業用|踏み台<ステップ>を踏み締めて、材料をぶち込む。

それから変な模様の書かれた棒でグルグルとかき混ぜた。

意外と、力仕事である。

私の祈りがその模様を光らせながら伝い、それが材料まで達する。

その瞬間、大釜の中が目が眩むほどに輝いて、中に緑色の液体が満ちた。


「おめでと、成功」


ウォーフの言葉が正しければ、これはポーションである。

やった、今日から私も錬金術師じゃん。

興奮しかけて、はたと気づく。

この液体そのままの状態では、完成とは言えない。

瓶か何かに詰めて、他人が使えるようにしなければ。

ちらりと、大釜のそばで錬成を見守っていたウォーフを見る。


「これを瓶とかに詰めたいんだけど……」


犬にまじめに質問している姿など、誰かに見られて仕舞えば聖女どころか魔女と言われてもおかしくない。

妙に後ろめたい気持ちになりながら放った質問に、ウォーフはまた尻尾をパタパタと振って応えてくれた。


「あのね、あのね、物置に、瓶と道具がある」


「ありがとっ」


お礼を言ってから物置に小走りで向かう。

一刻も早く、この完成品を人に見せびらかしたい。

出来上がったら、領主の館に持ってこいと地図ももらっている。


小さく薄暗い物置の中に、道具も瓶もちゃんと合った。

それらを破ってしまわないように気をつけて、慎重に作業場に運んできて瓶詰めした。


ポーションと書いたラベルを貼って、完成である。


細長いフラスコ瓶の中で、緑色の液体が静かに揺れている。

夕日に透かしてしばし眺めた後、布に包んでから鞄に入れた。


地図を握りしめて、家を出る。

どうやら郊外にあるらしい新居から、領主への道は難しくはなかった。

時々馬車が通り過ぎていく大きな道を、まっすぐ歩いて1時間ほど。


大きいが古びた雰囲気の館にたどり着くと、門番の二人が私を見て頷いた。


「錬金術師殿ですね?」


私もそれに頷いて返す。

どうやら彼らはあらかじめ、私の存在を聞いていたらしい。

すぐに案内のために執事さんが来て、応接間へと通される。


領主補佐のゲラルドが現れたのは、それから五分も過ぎていない頃だった。


「おぉ、錬金術師殿!思ったより早い訪問だったな、どれ、どんな用事だ?」


「ポーションが出来上がったら一度見せに来いとおっしゃってたので、持ってきました」


豪快に笑っていたゲラルドが、目を丸くする。


「もう? ふむ…とりあえず見せてもらっても?」


美しく磨き上げられた机の上に、持ってきたポーションを三つ転がす。

ゲラルドはそれをひとつ手にとって、ジロジロ見た後にそばにいた騎士を呼んだ。


「おい、フィッツ」


「はっ」


フィッツという名前らしい騎士は心得たように、袖を捲って腕を出し、血管の浮いた太い手首を小刀で切りつけた。


「ちょ、ちょっと!」


この場で動揺したのは私だけで、ゲラルドは平然とポーションを一本開けて彼の腕にかける。

緑の液体は肌に触れた瞬間シュウシュウと音を立てながら、血と混ざり合い蒸発していった。

後に残ったのは、何事もなかったかのようにつるりとした皮膚だけだ。


ほんの一瞬、部屋の中が沈黙で満たされる。

ついで、ゲラルドが弾けたように笑い出した。


「がっはっはっは、こりゃ参った!本物だ!これを一晩でやったのか?信じがたいな!!」


ふと周囲を見ると、私たちを遠巻きに見守っていた使用人さんたちが微笑んでいる。

騎士のフィッツさんも満足げだ。


「いや、聖都は本当にいい人材をよこしてくれた。ははは、まあ向こうにそんなつもりはなかったんだろうがな!」


何がそんなに面白いのか、ゲラルドは笑い続ける。


「うん、ははは。錬金術師殿それじゃあこれから、苦労をかけるが、よろしくたのむ」


ごつごつとデカい手が、私の両肩にぽんと乗って容赦なく揺れた。

合わせて、私の頭も揺れる揺れる。

これから私はどうなるのか。

さっぱり分からないながらも、なにやら大変そうなことだけはしっかりとわかった。

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