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「とんでもねえ罰当たりだな、俺が女神様の代わりに殺しといてやろうか?」
男がわざとらしくナタを揺らして、私を脅す。
「やってみていいよ。私も私にまだ女神の加護が残っているのか、確かめてみたい」
本心だった。
私は破門され、今にも壊れそうな馬車に乗せられ、魔物だらけの荒野を突っ切った。
にもかかわらず、まだ生きている。
これは彼女の加護なのか、それともただの偶然なのか。
あるいは今、目の前の男に嬲られるためだけに生かされたのか。
全身痛いし装備は質素なワンピースのみ。
抵抗しようにも、手段がない。
今ここで走って逃げてみたところで、飲まず食わず疲労困憊の私に、一体何ができるだろうか?
男は苛立たしげ顔を歪め、明確な殺気を放つ。
「上等だ、俺がお前にバチを当ててやるよ」
膝を緩く曲げ、男がこっちに駆け出してくる。
あと三歩、二歩、一歩。
ナタが振り上げられた。
私の首に向かって、それが向かってくる。
これが女神の意志なら、まあいいか。
最後に一呼吸、それから男の顔を見つめる。
瞬間、男が真横に吹っ飛んでいった。
「ちょっとちょっと!!何してんの、馬鹿!!」
いきなり彼に体当たりを喰らわせたのは、男と同じ髪色のふくよかな少女。
なんとなく、血縁関係にあるのだろうと直感した。
荒れた地面に、男が無様に転がっている。
痛みのあまりうめき声を上げる彼に、仁王立ちで少女が言葉を続けた。
「ねえ、今人殺そうとしてたよね、しんっじらんない!もうしないって言ってたじゃん!」
くりくりのくせっ毛が、彼女の言葉と共にぴょんぴょん跳ねる。
「聖女見習いだったくせに、聖石を盗んだやつだぞ。こんなやつ死んだ方が、世の中のためだろうが」
体を起こしながら、男が不満げに答えた。
実際問題、私が(元)聖職者でなければ、死罪で当然の行いだ。
「あんただって、都じゃ死刑でしょ!この人にもきっと、何か事情があったんだよ!…ねぇ!」
彼女が私の方向を振り返る。
澄んだブルーグレーの瞳に見つめられて、思わず我が身を素直に顧みてしまう。
私に事情が——あっただろうか?他者に胸を張って説明できるだけの、事情が?
「あの…ちょっと、聖石の構造が気になって……」
「大した理由だなぁおい!」
男が嬉しそうに叫んだ。
少女が、呆気に取られた顔で私を見る。
善良な彼女の期待に応えられなかったことに、さすがの私も心が痛んだ。
——でも、だって、本当に、気になったんだもん。
そう言い募るもの悪手な気がして、言い訳は口の中で溶けて消えた。
喉が乾く。
お腹が空いた。
全身が痛い。
疲労している。
そしてこの、気まずい空気。
困り果てて、女神のおわす天を見上げ——そのまま目眩に襲われて——私は背中から思い切り倒れ込んで、気絶した。