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「リリア・ブレミッシュ、お主を破門とする」
威厳のある猊下の朗々とした声が、礼拝堂に響く。
背後で私を見つめる姉たちの息を呑む音なき音が、うなじをヒリヒリと痛ませた。
「あの、猊下、誤解です、誤解なんです……」
無様に声を振るわせながら、それでも必死に抗弁する。
「何が誤解だというのだ」
たっぷり蓄えた白い髭が、言葉に合わせてモゾモゾと動く。
白髭と同じくらいのボリューム感で瞼の上にかぶさっている白い眉、その下にある厳しい目が私に慈悲をかける気配はない。
「お前はこの教会の禁を破り、宝物庫に立ち入った。そしてあろうことか聖石を盗み出し、自室へと持ち帰った。これについて何か申し開きがあるというのか?」
「いえ、それは完全にその通りなんですが」
畜生。
聖石なんかここにはたくさんあるんだから、いいじゃないかひとつくらい私が握り込んだって。
それに私は自室には持ち帰ったけど、決して売って私服を肥やしたりしなかった。
私はただ、聖石がどんなものなのか、しっかりと確認したかっただけなのだ。
ただルーペを使ってまじまじ見たり、ロウソクの火で透かして光り方を見たり、ちょっとく口に入れて感触と味を確かめてみただけだったのに。
「リリア、もう十分よ。これ以上、罪を重ねて罰を重くしないで」
背後から一歩進んで、ソフィが私に忠告してくれる。
振り返ってみると、涙に潤んだ美しい碧玉の目。
誰がどうみたって、ルームメイトを精一杯庇う心優しい聖女見習いである。
しかし私は、彼女のぽってりとした唇がほんの一瞬笑みの形に歪んだのを見逃しはしなかった。
私を密告したのは、十中八九こいつだろう。
匿名の通報だと言われたが、この女は前から私のことを嫌っていた。
「本当に残念だわ、リリア。もしあなたがここで反省したのなら、猊下もお考え直しくださったかもしれなかったのに」
本当かなぁ。
もう猊下、完全に私のことをカスだと思ってる顔してるけどなぁ。
「猊下、お願い申し上げます。リリアは正しい心を持っておらず、聖女には到底ふさわしくはありませんが、それでもやり直すことはできるはずです!」
散々な言われようである。
ソフィは前から用意していたかのような流暢さで、猊下に向かって陳情を続ける。
「ここでの出来事は、聖都での注目の的です。きっと隠していても、彼女の悪事は漏れてしまうことでしょう」
猊下に向かって祈りでも捧げるように、ソフィが胸の前で手を組み合わせる。
昔から、この女はこういう仕草が得意だった。
謙虚で美しい、清廉な少女。
「でもきっと、聖都の噂も届かない遠い遠い場所でなら、彼女も素直な心で罪と向き合うことができるのではないでしょうか」
猊下、とほとんど声にならない声で彼女が呟く。
それと同時に、透き通った涙が彼女の紅潮した頬を伝い落ちて行った。
———そんなわけで、私は今、ボロッボロの馬車に乗せられて荒地を走っている。
馬を操る御者はいない。
聖都を出たがる人間はほとんど居ないし、罪人を輸送するのに安全を確保する必要も特にはないからだ。
あらかじめ決められたルートを、躾けられた馬たちが走る。
もし魔物や盗賊に襲われてしまっても、それは神のご意志なので問題はない。
それに誰かが巻き込まれる方が、危惧すべき事態なのだ。
昨日までは、綺麗な服を着て美味しいものを食べて、暖かく綿のたっぷり詰まった布団で眠っていたのに。
聖女見習い改め盗人となった私の扱いは、今やほとんどゴミに等しい。
揺れ続ける馬車の硬い椅子で尻を痛め、ついでに全身が筋肉痛やら打撲やらでバキバキに痛み始めた頃、馬車はとうとう目的地に着いた。
同時に、馬たちが口から泡を吹きながら地面に倒れ込み、息絶える。
「おい!やっと来たぞ!」
遠くから野太い声がした。
馬車から降りて見ると、ナタを持った痩せ男が数人の仲間を引き連れてこっちに走ってきている。
聖都の端っこから南の方へ、狂馬が飲まず食わずで走って約3日。
我らが麗しき輝石の女神の加護も届かぬ、魔物跋扈するおぞましき土地。
辺境の街ルース、聖都の人々からは採石地と呼ばれている。
鈍く重い音がした。
男たちが、死んだ狂馬の四肢を切り落としたのだ。
「へへっ、ありがてえな。久々に魔物以外の肉にありつける」
「酒場に持って行こうぜ、新鮮なうちに刺身にしなきゃな」
噴き出る血にも構わず、彼らはあっという間に馬の死体を解体し、各々で持ち去っていく。
後に残されたのは、今にもバラバラになりそうな古馬車と私。
なんかちょっと臭い風が、石だらけの痩せた土地を撫でていった。
一人だけ、残っている。
先ほど真っ先に現れたやせぎすの男。
脂っこくうねった、黒い髪。
ろくに手入れしていないであろう無精髭。
聖都では見たことのない風態の男が、ぎらついた目で私を見て、笑った。
「お前が、盗人の聖女見習いか」
罪状、しっかり伝わってるなぁ。