あの日
ジェシカ姉ちゃんが目を覚まさなくなってから、僕は何か役に立てないかとあれこれ模索した。ジェシカ姉ちゃんの傍にいたいけど、おじさんがそれを許さない。当然だよね、おじさんの気持ちを考えれば。
許されなくても、それでも僕はジェシカ姉ちゃんが目を再び覚めせる方法はないのかとあれこれ探索した。せめて最後に、最後にもう一度だけジェシカ姉ちゃんと話したい……そして、あの言葉は本心じゃないんだよ、って。
だから、主に教会の図書館にある古い病や回復魔法に関係する本を読み漁った。しかし、どんなに本を読み漁ってもジェシカ姉ちゃんの体を犯している病が何なのかは分からなかった。そのため僕は考えを改めてみた。どんな病気、呪いそして怪我をも直す回復魔法の研究をするべきだと。
それは誰もが知っている魔法、パーフェクトヒール。伝説的な魔法だ。おとぎ話によく出てきていた。
おとぎ話によると遥か昔、まだ天界と下界が一つだった時の話。フェンリルとの戦いの最中に下半身をフェンリルによって嚙み千切られたヴィーズとヴァリがパーフェクトヒールを使い失った下半身を再生したとされている。その他にも神人族と巨人族の戦いの際に負傷したヴィーズ、ロキそして味方になったフェンリルが怪我をするたびにパーフェクトヒールで癒したとされている。
そう決めた僕はパーフェクトヒールに関するような本を沢山読み漁った。そしてついに見つけた。ヴィーズ、ロキ、フェンリルそしてヴァリたちが埋葬されている英雄の墓と呼ばれるダンジョン化した墓地にパーフェクトヒール習得に関する書物が封印されているのかもしれないと。
その墓の場所を記されているとされる本をもって僕はまずジョン兄ちゃんの家を訪ねることにした。
あれ以来ジョン兄ちゃんはショックの余り自分の部屋に引きこもって出てこなくなった。でもこの本の事を教えたら希望をもって、昔のように戻るかもしれないと期待した。だけどジョン兄ちゃんの家を訪ねて見たところジョン兄ちゃんのお母さんは兄ちゃんが「少し出かける」といって家から出て行ったらしい。おばさんはやっと部屋からでた兄ちゃんが立ち直ったと思ったんだろう。それを嬉しそうに僕に話した。それを聞いて僕もうれしかった。どうやら兄ちゃんは既に一人で立ち直っていた。それにおばさんはもしかしたらジェシカ姉ちゃんの家に行ってるかもしれないと言われてて、僕はお礼をして姉ちゃんの家に向かった。
姉ちゃんの家に向かう途中、日が昇り、空は快晴で輝いていた。まばゆい太陽がその光を大地に注ぎ、風は穏やかに微笑んでいた。
しかし、静かなる変化が始まった。遠くの空に雲が現れ、徐々に広がっていく。まるで巨大な絵筆で描かれるように、青い空は白い雲に包まれていく。風が激しく吹き始め、木々の葉がはらはらと舞い散る。太陽の光は雲に隠れ、空は曇り模様となった。あたりには新たな静けさが広がり、自然は穏やかな変化の中に息を潜めているかのようだ。
そしてやがて姉ちゃんの家についた頃にはもう既に雨が降り始めていた。
僕は姉ちゃんの家のドアを叩いた。しかし、おじさんはドアを開かなかった。いつもならせめてドアを開けて誰が来たのか確かめたりするはずなのに……
とうとう顔を見るのが本当に嫌になったのかと思った僕は帰ろうとした踵を返したとき、ドアにドンッ、といった物音が聞こえた。しかしドアが開く様子がない。不審に思った僕は恐る恐るドアに手をかけた。
そしてドアを少し開いたとき。
ドサッ。という音とともに横をすり抜けるように何かが倒れていったのが見えた。
地面を見るとその正体に僕は驚きを隠せなかった。
それは、血まみれのおじさんだった。背中には刺傷が幾らもあり、支えようと触れたおじさんの体はとても冷たかった。おじさんはゆっくりと目を開けて僕の顔を見ると、健やかに微笑んだ。
「ヘラクレス……か……」
絞り出すような声でおじさんはいう。
「おじさん⁉どうしたの⁈」
そう聞くとおじさんは僕の頭に弱々しく手をのせた。そしてゆっくり撫でながら言った。
「すまないな……ヘラクレス……お前を憎んでジェシカに近づけなかったのは……俺の、心の問題だ……お前は何も悪kッ、ゴホッゴホッ」
苦しそう咳き込むおじさんを心配した僕は助けを求めようとした。しかしおじさんはそんな僕を制止して喋る。
「俺は……いいんだ。もう助からない、それよりジェシカを……ジェシカを助けてくれッ、ゴホッゴホッ」
そしておじさんは激しく咳き込んだ。
「ジェシカ姉ちゃんを……?どうしたの⁈ジェシカ姉ちゃんになにが‼」
そう聞くがおじさんは目の焦点が既におかしかった。
「ジェシカ……先に、死んですまない……ああ、メアリー……待っててくれ、すぐ……に、俺もそ……こ……へ……」
そういうとおじさんは息絶えた。
「おじさん⁉おじさぁぁぁぁぁぁんん‼」
僕は悲しみに明け暮れて泣いた。まるで僕の悲しみに倣うように、雨もより一層激しくなった。
暫く悲しみに明け暮れてけど、ジェシカ姉ちゃんの様子が気になった僕はおじさんをいつも座っていた椅子に座らせて家に入った。
家に入ると不意に楽しかった昔の記憶が僕の脳裏を駆け巡った。感傷に浸っているとジェシカ姉ちゃんの部屋の前についた。
意を決してドアを開けた開けた僕の目に飛び込んだ光景に、言葉を失った。というかその状況を吞み込めなかった。
なぜなら……そこにはジェシカ姉ちゃんの頭を持っていたジョン兄ちゃんがいた。
ジェシカ姉ちゃん体は全身に黒ずんだ何かが蔓延っていて、それが首元まで達していた。しかしそんなのより、僕はこの状況が理解出来なかった。
なぜなら、ジョン兄ちゃんは大事そうにジェシカ姉ちゃんの頭を胸に抱え込んでいて、そしてその左手には解体用のナイフがあった。
「な……ど……て……」
あまりの衝撃に僕は上手く言葉を発せなかった。
ジョン兄ちゃんの両頬には涙が今も流れ続けており、僕の存在に気付いたのか顔と視線を僕に向けてきた。
そして雷が僕の心情を表すのかの如く鳴り響く。
「「うわああああああああああああああ⁉」」
俺は叫び声をあげながら目を覚ました。
………………
「……夢か……」
俺はそれが夢だと気づいて呟く。
もう十年以上昔の出来事だってのに、未だにあの日の悪夢が俺の心を蝕む。
すると扉をノックされた。