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シャルム  作者: エイエンノ・チュウニビョウ
第一章 
10/13

あいつ

ダンジョンへ向かいながら、俺は過去について思いを巡らせていた。

 あの日、ジョンがジェシカを殺した現場を見た後、俺の記憶は断片的にしか残っていない。目覚めた時には、見知らぬ森の中にいた。空腹で死にそうなところ師匠に助けられて、あれから九年間修行したんだっけ。

 師匠の鍛錬は厳しかった、しかし楽しかった。師匠の元で鍛錬している間だけはあの日ことを思い出さないでいられた。なにより余計なことを考えてる暇がなかったからだ。

  丁度九年が経ったある朝、師匠は書置きを残して姿を消していた。『教えることはもうない』という彼の言葉に導かれ、私は旅立つ決心をした。

 旅の途中、現在の仲間たちと出会い、共に冒険するようになってからもう一年が経とうとしている。

 時間が経つのも早いなと心の中で思ってた。するとそんな俺の顔を見てヘレナは首をかしげて聞いてきた。

「ヘラクレスったらどうしたの?一人で勝手に黄昏てさ?」

「秘密」

「ふーん?」

ヘレナは少し首を傾げ、疑問を抱くようなまなざしで俺を見た。

「まぁ、いいけどっ」

 興味がなくなったのかヘレナは歩き去った。

 ヘレナには頭が上がらない。出会ったばかりの頃の俺はかなりとがっていた。あの日の事もあってか、人と話すのが臆測になってた俺にヘレナは無遠慮に距離を詰めてきてくれたお陰で、俺も大分他のメンバーと馴染めるようになった。

 そういや師匠もそうだっけ、ヘレナと師匠は似てるなと思った。

 そうな感じに思案をしていたら目的地についた。

 「ついたわね、みんな準備してッ。出来たら入るわよ」

 エレナはテキパキと指示を出した。

 みんなはうんと頷いてそれぞれの準備をした。

「さてと………」俺は重い鞄を地面にゆっくりと下ろし、一つ一つ丁寧に装備を身につけ始めた。まずは黒い外套を羽織り、その深いポケットに手帳とペンをすっと滑り込ませた。

外套の下には、刃を仕込んだナイフポケットが沢山ついたベストを身につけ、さらにこれらのナイフを確実に取り出せるよう慎重に整えた。

次に、静かに歩けるよう特別に作られた靴に履き替える。軽やかで、しかし堅牢な靴はダンジョン内の隠密行動には欠かせない。

準備を終えて周りを見渡すと、仲間たちもそれぞれの装備に身を包んでいた。。

 グレンはレザーの鎧を着て大盾と剣を両手に装備した。ヘレナは頭にバンダナを巻いて、服を動きやすい服装に着替えた。エレナはグレンと同じようにレザーで作られた鎧を着た、そして両手にはそれぞれ剣を装備した。ヒューイは杖を次元収納から取り出しただけだった。

 次元収納、これはかなり便利でレアな魔法だ。だけど習得するのは難しい。レアすぎて習得方法は誰も分からなかったが、何故かヒューイは習得してた。だから俺は提案しいてみた。みんなの荷物をヒューイの次元収納に入れたらいいんじゃないかと。

 しかしヒューイはその提案を断った。なんでもヒューイが習得した次元収納は杖一本分収納するスペースしかなく、完全に習得は出来てないみたいだった。

 それでも次元収納に興味を持った俺はヒューイにどうやって習得したのか聞いてみたが、ヒューイは『昔のこと過ぎて覚えてない』といった。

 そこで俺は察した、ヒューイは答えたくないのだと。だからそれ以上は聞かなかった。

 これは師匠に習った処世術にあった。

師匠曰く「もし相手が答えをはぐらかしたらそれはつまり言いたくないということだ。そういう時は無理に問い詰めるな」と。

当時はただなんでも質問する俺が面倒くさくなったから師匠が出まかせをいったと思ったが、どうやら本当らしい。

ありがとう、師匠。俺は始めて師匠に感謝した。

「準備できたねみんな、じゃあ行くよ」

「「「「「おう!」」」」」

俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。

 

***


 ヘラクレスは慎重にダンジョンの曲がり角を先導し、ヘレナ、グレン、ヒューイ、そしてエレナがその後を追った。彼らの足音は、石畳の床に静かに響いていた。

 ヘラクレスは先頭で、罠や敵の索敵などの任務を行い、安全が確認されると、手帳を取り出して地図に現在地を記入し、印を残した。問題がないと判断すると、彼は仲間に安全の合図を送り、一同は緊張を和らげながら先へ進んだ。

 突然、彼らはダンジョンの奥から不気味な音を聞いた。ヘラクレスが慎重に先を進むと、暗闇の中から複数の魔物もどきが現れた。彼はすぐに仲間に合図を送り、グレンが前線に出て敵を引き付けた。

 魔物もどきたちは、グレンの大盾に向かって次々と突進してきたが、彼は堅固に立ち向かった。その間、ヒューイはヘレナに攻撃のバフをかけ、彼女が瞬時に反撃を開始した。

 ヘレナの動きは素早く、敵に対して繰り出される一撃は強烈だった。彼女が敵を攻撃する間、ヒューイはグレンの傷を回復する魔法を唱えた。一方、エレナは戦闘を観察し、敵の弱点を探して仲間に伝えた。

 戦いは熾烈を極めた。しかし、パーティーの連携は完璧で、魔物もどきたちは一匹残らず倒された。

 「これで一息つけるな」とグレンが息を整えながら言った。ヘレナはバンダナを直し、エレナは鎧を調整した。ヒューイは杖をしっかりと握りなおし、ヘラクレスは地図に新たな印を加えた。

 パーティーは再び進み出し、ダンジョンの深部へと向かった。このような戦闘は、彼らにとって日常の一部であり、ダンジョンの探索は常に危険と隣り合わせだった。しかし、そのリスクを乗り越えることで得られる報酬と経験は、彼らにとって計り知れない価値があった。

 なぜなら実戦はこれより厳しい。一人でも乱れると全滅することになる。外の魔物はダンジョンのもどきと違い予想外の動きをよくする。そんな時に役に立つのが連携力だ。一瞬の躊躇や油断、そして連携のミスは即死につながる。

 なのでダンジョンに潜る価値はとてもある。それはいきなり実践するのと比べるとかなりマシだということだ。

 そんな感じでヘラクレスは今日もダンジョンを潜り終えた。

 ダンジョンから出るとエレナはこう言った。

「じゃあ、今日はこれくらいにしよっか」

エレナがそういうとグレンは「そうだな」と答えて先に街へ帰った。それに続いてほかのみんなも帰ろうとした。

 すると帰る様子のないヘラクレスを見たヘレナは問いかけた。

「どうしたの?帰らないの?」

 そう聞かれたヘラクレスは指を指した。

「帰るよ、ただ………今はこの風景をもう少し見ていたくてね」

 ヘラクレスが指さしたところには日差しによって日陰ができた一本の木を指していた。ヘレナは「ふぅん、変なの」というと先に街へ帰った。 

 ヘラクレスは相変わらずその木をずっと微動だにせずただ見ていた。そして動き出したかと思うとその木の元へと歩いていき、いきなり右拳を木に打ち付けた。ヘラクレスが殴ったことにより木は激しく振動し、驚いた動物たちは木から逃げるように走り去る。

 ヘラクレスは心の中で痛みと混乱を抱えながら、恨めしく呟いた。

「なぜ………俺はあんな言葉をッ………」

 久しぶりに昔の夢を見たせいか、ヘラクレスはジェシカにひどいことを言った日のことを思い出してしまい、怒りが抑えられなかった。そしてトラウマが蘇る。

「うわああああああああああああああ」

 誰もいないダンジョンの入り口でヘラクレスはあの日のことを思い出して叫んだ。忘れれるわけがない、あの日を。ジョンが………ジェシカを殺した日の、あの光景がヘラクレスの脳裏に蘇る。

 風が激しく辺りを吹きまわす。風に吹かれた草はまるで、踊っているかのように不気味に揺れていた。しかしヘラクレスどうしてもその先の事が思い出せない。まるで記憶がそこだけ抜けたかのように、あるいは己でその記憶に対して思い出さないように鍵をかけているのか。

 とにかくただ、虚無がヘラクレスを襲った。


三十分後――


「はぁっ⁉はぁっ⁈」

 酷く息を切らしたヘラクレスは地面に両手を付けて肩で息をしていた。あれから三十分近くヘラクレスは狂ったように叫び続けたのだから当然の結果だ。

「そんなところで何をしているんだい?」

 不意に耳元でそんなことを囁かれた。

 それを聞いたヘラクレスは己の耳を疑った。聞き間違えやしない、ヘラクレスにトラウマを植え付けたあいつの声が。

 ヘラクレスは勢い良く振り返ると同時に懐から投げナイフを投擲した。そこにいたのは仮面を付けた燕尾服の男で、男は優雅に投げナイフを躱すとヘラクレスは一気に距離を詰めて顔面めがけて拳を振るった。しかし男は軽く拳を片手で掴んで止めた。

「お前ぇぇぇ、良くも俺の前に顔を出せたなぁぁぁ‼」

 男が仮面を逆のほうの手で外すと素顔が露わになった。男の正体は……ジョン。ジェシカを殺しヘラクレスにトラウマを植え付けた男の顔がそこにあり、ニヤリと微笑んだ。

 ジョンは後ろに飛びヘラクレスと距離を取った。そして投げナイフがかすって傷がついた右肩を触って喋る。

「なにするんだヘラクレス、服が傷ついたじゃないか」

 ジョンは能天気に燕尾服が傷ついたことを気にしていた。

「………」

 ヘラクレスはただジョンを睨んでいた。

「ヘラクレス………人に迷惑かけたらごめんなさいしなきゃダメだよと教えたでしょ?」

「お前………なめてるのか?」

 ヘラクレスは気がおかしくなりそうだった。ジョンの振る舞いはヘラクレスの神経を逆撫でした。しかしヘラクレスは理性を保った。今ここで本能のまま暴れてたあの日の真実がわからなくなると。

 ヘラクレスは今すぐに殺したいという本能をなんとか押さえ込んで聞いた。

「なぜ、あんな事をしたんだ?」

 するとヘラクレスは背中に激しい激痛を感じて倒れ込んだ。

「こんなところで何をしてるんだ、○○」

 痛みの余り、後半の部分をヘラクレスは上手く聞き取れなかった。そして後ろを振り向くといつの間にか後ろにはジョンと同じように仮面に燕尾服の男がいつの間にか立っていた。

「昔馴染めと遊んでたんだ」

 ジョンがそういうと男はため息をついた。 

「全く、もう行くぞ」

 そう言って男はその場から消えた。そしてジョンも後を追って行こうとするとヒュンッ、といった音がジョンの頬を掠めた。ジョンは横に傾けた首を戻すと頬の傷口を撫でた。そしてくるっと体を回転して驚いた顔でヘラクレスを見た。

「驚いた、まだ動けるんだね?」

 ペッ、とヘラクレスは血反吐を地面に吐き捨てるとジョンを睨みつけた。

「お前を殺すまで、死ぬわけがないだろ………」

 そう答えるヘラクレスの声は弱弱しかった。

 ジョンはコツン、コツんと足音を鳴らしてヘラクレスの前に来てしゃがみこんだ。そこでジョンを刺し殺したいヘラクレスだったが生憎と血が流れすぎていて体に力が入らなかった。

「そう、じゃあいいことを教えてあげよう」

 ジョンは微笑んでヘラクレスに顔を近づけた。

「君は、僕を、殺せない」

 囁くようにジョンはそれを言うと満足気な顔をして立ち上がった。そしてヘラクレスに背を向けて歩き去った。

 ヘラクレスは右手を突き出して言う。

「まちやがれ………まだ……終わっちゃあいない……」


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