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クレストル王立第一軍学校第68期 ファントム・ブラッド3

 

 ライデン達が軍学校に入学して早一月ほどが過ぎた。

 その日は二日続けて休日だったのでリンネ達は久々に王都の外へ遊びに行く事にした。

 メンバーはリンネ、フェリシア、リィナ、ドリス、ルシャ、レイアの六人だ。

 ライデン達も誘ったのだが、ライデンとデルニオには入学初日の騒ぎで外出禁止が申し渡されており参加できず、ライデン抜きでは他の学生たちも参加しにくいとの事で今回は女子だけでの外出となった。

 目的は特になく、馬での遠乗りという事で、川沿いに南へ行ってみる事になった。


「ルシャもレイアも馬に乗れるのね、しかも結構上手!」


 リンネがルシャとレイアの乗馬術を褒める。

 その二人以外は王族・貴族なので嗜みとして幼い頃から乗馬は習っていた。


「勿論よ、乗馬は軍学校の試験でもあったしね。一応騎射も出来る様にと訓練していたから」


 ルシャが答える。


「私は旅芸人一座にいた時、馬の曲乗りなんかもしていたからネ」


 レイアも笑顔でそう言った。


「曲乗り?どんなことが出来るの!?」


 リンネが目を輝かせて聞くとレイアは、


「こんなものかナ」


 と言って馬の背の上で逆立ちし、器用にそのまま馬を走らせていた。


「あら!」

「まあ!」


 リィナやドリスも感嘆の声を上げる。


「よッ!ほッ!」


 レイアは回転して後ろ向きに馬にまたがり、馬の背中で後ろにでんぐり返しながら体をひねり元の乗馬姿勢に戻った。


「見事なものですね」


 ドリスの言葉にリィナも、


「本当に。ねえレイア、どうして旅芸人一座を辞めて軍学校に来たの?」


 と同意しつつ尋ねた。

 するとレイアは俯きながら語った。


「私は捨て子だったのでス。一座に拾われそこで育ったので、それしか生きる術がなかっタ。でも・・・決して恵まれた環境ではなかっタ・・・。酷い扱いも受けましタ・・・」


 そう言ってレイアは黙りこくってしまった。


「そう・・・大変だったのね」


 リィナはそう言って慈愛のまなざしを向けた。

 すると今度はフェリシアが尋ねた。


「レイア、答えたくなかったら答えなくても良いのだけれど、芸人などというものは一朝一夕になれるものではないわよね?よく一座があなたを手放したわね?」


「逃げ出したのでス・・・。色々あって軍学校に入学しましタ。ここなら一座の手も及ばないだろうかラ・・・」


「そうだったの・・・、ごめんなさい余計な事を聞いたわね」


「いいエ、気にしないでくださイ。私は今幸せでス、軍学校に入学しテ友人が出来テ、こうして遊びに行く事も出来ル。一年前には考えられなかった事でス」


 そう言って笑顔を見せるレイアにリンネはうんうんと頷いて、


「その通り!人間好きな事して生きるのが一番よ!軍学校ならそいつらも入ってこれないし、何年かすれば諦めるでしょ?ナイス決断よ!」


 とレイアの肩を叩いた。


「リンネ、レイアはそれでいいけど私達はそうはいかないのよ、『ノブレス・オブリージュ』サーガ家には国民に対して重い責任がある。その事を忘れてはだめ、私もライデンもリンネも国の為にその身を捧げる覚悟を持たなければならない。それが王家であり、公爵・侯爵家でもあるサーガ家の責務よ」


 リィナが妹リンネを窘める。


「は~い。でも私は自分で望んで軍に入るからいいの!サーガ家の義務と私のやりたい事が一致しているんだから私ってラッキーだわ!」


 そう嘯くリンネの側でリィナとフェリシアが苦笑いを浮かべていた。


「ねえ!どうせなら競走しない!?このまま川沿いを行くと少し先に大きな池があるわ、そこまで競走してそこでお昼にしましょう?ね、いい?Let's go!」


 リンネはそう言って出し抜けに馬を走らせた。


「ちょっ!リンネ、ずるい!」


 フェリシアもリンネの後を追い、他の面々も一様に馬の腹を蹴り、リンネとフェリシアの後を追った。



「何で?・・・何で?」


 馬上で息を切らしつつリンネがむくれていた。

 競走の結果は一着ルシャ、二着レイア、三着ドリス、以下フェリシア、リィナ、リンネが最下位だった。


「フフフ、競馬の場合、乗馬技術よりも馬の能力の方が大きいのですヨ」


「どこでそんな事がわかるのよ?」


「人によって見るところはそれぞれですガ、私は胸とおしりの筋肉を見まス。盛り上がるような筋肉をしている馬が良いでス」


「私が見るのもそんな感じ」

「ですね」


 ルシャとドリスが答える。


「ずるいわ!そんな事があるなら教えておいてよ!」


 リンネが抗議するとフェリシアが、


「リンネ!そもそも競走だってあなたが突然言い出したんでしょ!?」


 としかり始めるが、リィナがそれを宥めて、


「まあまあシア、お説教はそれくらいで。リンネ、最下位の罰ゲームとしてお茶を入れて頂戴。道具はドリスが持ってきているわ」


 と言った。


「え~、なんで私が?」


「ゲームには罰ゲームが付き物でしょう?」


「姉様だってビリ前じゃない?」


「ふふふ、五位とビリとでは大きな違いよ?」


 リィナはいたずらっぽく微笑んだ。


「やりなよリンネ、どうせ私達も昼食の準備をするんだから」


 とフェリシアが言い、レイアも、


「そうでス。私も手伝いますかラ、準備しちゃいましょウ」


 と言った。


「そうですね。ただし、ルシャだけは勝利者権限でお休みしてもらいましょう」


 ドリスの提案にリィナも賛成して、


「そうね、じゃあリンネとレイアはお茶の方をお願い。ドリス、シアは私と一緒にお弁当の用意をしましょう?手伝って」


「はい」

「承知しました」



 みんなでお昼を食べて、その後は池の畔を散策しながらおしゃべり、あっという間に時間は過ぎて一行は帰途に就いた。


「少し遅くなってしまいましたね。夕食までに戻るには急がなければなりません。ここは日が暮れぬうちに森を抜けて近道をしてしまいましょう」


 日があるうちならば森を抜ける事も可能だ、ドリスは昼間の皆の乗馬技術を見てそれが可能だと判断した。


 少し薄暗い森の中で馬を走らせていると、突然ドリスが手を挙げて一行に停止を呼びかけた。


「止まって!何か聞こえませんか?」


 ドリスの問いかけに一行が耳をすます。


「きゃぁぁぁぁ!誰かぁぁ!!!」


「!!!悲鳴だ!」


 リンネが弾ける様に馬を出す。


「あっ!リンネ!!」


 慌ててフェリシアが後を追う。


「行きましょう!姫様は私の側を離れませぬように!」


「わかったわ!」


 リィナは頷いてルシャ、レイアと共にドリスに続く。



 リンネが悲鳴の主を見つけた時、その女性は二人の男に捕まり殴られていた。


「大人しくしろ!もう逃げられやしねえ!!」


 見るからにゴロツキと言った風体の男達は暴れる女性を押さえつけている。


「顔に傷をつけるな!大事な売り物だ、傷物にしたら頭にぶち殺されるぞ!」


 二人の内比較的小柄な男が女性を押さえつけている大柄な男を怒鳴りつけている。


「す、すまねえ兄貴、ちっと興奮しちまった」


 男が女性を立たせる。そこに、


「お前達!何をしている!クレストル王立軍学校第68期リンネ・ペアリー・サーガだ!大人しく手を挙げて跪け!抵抗するならば武力を以て制圧する!」


 リンネが到着しゴロツキどもを一喝しながら馬を下りる。


「もう!リンネ!独りで行かないの!こういう時は二人以上でチームを組んで行動するのが鉄則よ!」


 フェリシアが到着して馬上からリンネに小言を言う。


「ごめんごめん、でも緊急事態だったんだからしょうがないじゃない!?」


 リンネとフェリシアが会話を交わしている間に兄貴と呼ばれた方のゴロツキが、


「ガス!やれ!」


 と大柄な方に命じる。

 ガスと呼ばれた大柄な男は腰に提げた短剣を抜いてリンネに向かう。

 その隙に兄貴と呼ばれた方は女性の手を取って森の奥へと駆け出した。


「逃がさない!」


 フェリシアが馬に乗ったまま後を追う。


 その場に残されたリンネはゆっくりと腰の愛刀『白虎』を抜いた。


「痛い目を見ないうちに降参した方がいいわよ?」


 リンネが刀身を返しつつニヤリと笑い男を挑発する。


「王女だろうが何だろうが所詮は女だ!ぶちのめしてやる!!」


 この男はリンネの事は知っているがその腕前までは知らない様だ。まあそれが普通だろう、リンネは今年軍学校に入学したばかりで何の実績もないのだから。軍関係者には有名でも一般市民にまではまだその実力は知られていないのだ(ドリスやヨハンは対抗戦や武術大会の実績から名を知られている)。


 リンネは斬りつけてくる男の手を打って短剣を叩き落とし、そのまま首筋を峰打ちで打つと、男はその場で倒れ気を失った。



「くそっ!!何でこんな所に王女がいやがるんだ!?このままあいつを生かして返す訳にはいかねえ!何とか仲間を集めてあいつらを始末しなくては!」


 男は無理やり女性を引っ張って逃げるが、すぐにフェリシアに追いつかれた。


「止まれ!クレストル王立軍学校第68期フェリシア・ペスカニである!女性を解放し地面に伏せよ!」


 フェリシアが男に呼びかけると男は、


「くそっ!!」


 と言って女性を放って一人で茂みの中に逃げ込んだ。


「はぁはぁ!畜生!何とかして頭の所へ、」


≪タンッ!!タンッタンッ!!≫


 逃げる男の目の前の木に立て続けに三本の矢が突き立つ。

 振り向くとルシャが次の矢を番えて構えている。


「冗談じゃねぇ!」


 男は慌てて方向転換して逃げる。しかし、


「残念だなここは行き止まりだ」


 ドリスとリィナが立ちふさがる。


「ぐっ!」


 踵を返そうとしたところに樹上からレイアが飛びついてきて引き倒し、首にナイフの刃を押し付ける。


「動くナ!抵抗は無駄ダ!」


 レイアに組み伏せられた男はようやく抵抗を諦め大人しくなった。



「さて、お前達は何者だ?」


 ドリスがゴロツキ達に尋問を始める。少し離れた場所ではフェリシアが捕まっていた女性から話を聞いている。

 男たちは一言もしゃべらない。何を聞かれてもだんまりだ。

 そこへ事情聴取を終えたフェリシアが加わった。


「この者達はどうやら人買い、人身売買の輩の様です。主に南のワヌーサ州の貧しい農家の娘などを買い、王都で売り渡しているようです。あの女性が王都で業者に売り渡すと言っているのを聞いたと証言しています」


「人身売買・・・。今の世にそのような・・・」


 リィナが唇を震わせてつぶやいた。


「それでこの付近にまだその一味が多くの売られた女性と共にいるそうです。彼女は隙を見て逃げ出したのですが、こいつらに見つかり追われていたという事です」


 フェリシアの報告にドリスは、


「まだいるのか・・・フェリシア、場所は分かるのですか?」


 と尋ねた。


「いいえ、彼女は夢中で逃げたのでどこだったかはわからないそうです。逃げ出したのが昼頃過ぎだと言うのでそれなりに離れているのではと思われます」


 フェリシアが答える。

 するとリンネが、


「シア、あなたならわかるんじゃない?」


 とシアに聞いた。

 するとシアは頷いて、


「ええ、少し探ってみる」


 と答えて目を閉じた。

 するとフェリシアの全身が輝き始める。


「え!?」

「【錬氣】?」


 フェリシアの【錬氣】を知らないルシャとレイアが驚きの声を上げる。


「――――――!こちらの方角、恐らく2kmほど先に数十人程の集団がいます!」


 フェリシアはとある方角を指さしそう言った。


「シア!?」

「シア、あなたハ・・・」


「言ってなかったわね、私は『感覚強化』の【錬氣】能力者。五感などの感覚を一時的に強化することが出来る。一つだけに絞れば常人の数十倍の感覚を持つことが出来るの。主にこういう探索に重宝する[能力]で戦闘にはあまり役に立たないのよ」


「そうだったんですカ」


 ここでドリスが話を戻す。


「その数十人の内どれくらいが奴らの一味でどれくらいが被害者の女性たちなのかが問題ですね。それによってどうするかが変わって来る・・・」


「こいつらに聞けばいいんじゃない?」


 リンネが二人のゴロツキを顎で指した。


「何もしゃべらないのよ、一言も」


 リィナが困った顔でそう答える。


「あまり時間をかけたくないですね。こいつらが戻らなければ変事を悟って逃げてしまうかもしれない」


 フェリシアが懸念を示す。

 するとレイアが、


「時間がないなラ、しゃべらせましょウ。そいつらの手をそこの平らな石の上に置いてくださイ」


 と言った。

 言われるがままにリンネとドリスが二人の手を石の上に置く。


「どうするの?」


 リンネが尋ねる。


「ちょっとしげきがつよいでス、他を向いていてもいいですヨ?」


 と言ってレイアは昼の弁当の中から竹串を取り出し、小柄な男の方の右手の中指と爪の間にねじ込んだ。


「ひぐぅっ!!」


 悲鳴を上げて暴れようとする男をドリスとルシャが押さえつける。


「知っている事を話セ!」


 レイアの問いに男は怯えながらも首を振って拒否する。


「まだ終わりじゃないゾ!」


 次にレイアはガスと呼ばれた大柄な男に向き合う。


「しゃべるカ?」


 ガスはレイアと小柄な男を交互に見やり震えている。


「そうカ、話したくないカ」


 グッと竹串を右手の親指と爪の間に差し入れる。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」


 ガスは悲鳴を上げながら失禁した。


「ふム、お前は攻め甲斐がありそうダ。もう一本いってみよウ」


 そう言ってレイアは隣の人差し指にも竹串を差し込む。


「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「さア、知っている事をしゃべレ!」


「あ、あ、あ、・・・」


「ガスッ!黙ってろ!しゃべったら命はねえぞ!裏切りはご法度だ!」


 小柄な男がガスに怒鳴りつける。

 それを聞いてレイアは立て続けに今度はガスの左手の中指と薬指に竹串をねじ込んだ。


「ひぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!はっ!話すっ!何でも話すっ!もう勘弁してくれぇぇぇぇ!!!」


 ガスは堕ちた。レイアは最初の反応を見てガスは攻めればすぐに堕ちると見極めていた。


 ガスは意外に重要な情報まで知っていた。

 売られた女性は逃げた一人を加えて四十二人、一味はガスと小柄な兄貴と跳ばれた男を含めて十八人だそうだ。さらにガスは王都での取引相手、場所、時間まで自白した。


「すぐに乗り込みましょう!小悪党ばかりならこの六人で十分でしょう!?」


 リンネが意気込む。

 しかし、そんなリンネをフェリシアが宥めてリィナの方に向き直り進言する。


「リィナ様とドリスさんはこの女性を連れて王都へ戻ってください。こちらの二人はそこらの木にでも縛り付けておきましょう。奴らの休息所には私達四人で突入しますから、リィナ様は王都に戻り、リキ様かゲルト様に事情を話して警備隊を動かし、取引相手の方を摘発してください。このような犯罪は元から断たなければなりません。ここにいる奴らは仲買人、元買業者を叩かなければ別の仲買人が売りに行くだけです」


 フェリシアの進言を聞いてドリスも頷く。


「姫様、シアの言う通りです。リキ様かゲルト様につなぎを付けるならばそれは姫様が適任です。私がお供いたしますので参りましょう」


 ドリスからも同様の進言を受けてリィナは頷いた。


「わかりました、ここはあなた達に任せます。でも決して無茶はしない事!リンネ、あなたが指揮を執りなさい。ただし、進退の判断はシアの指示に従う事!いい!?」


 リィナの命に、


「承知いたしました」


 リンネが跪いて承知する。


「シア、上手くリンネの手綱を引いてやってね。クレストル軍参謀部副議長付リィナ・パルディオス・サーガ准将が命じます。手に余る場合は斬り捨てる事を認めます、皆怪我の無いように」


「「「「はい!!!」」」」


 リンネ達68期生四人はその場に跪いてその命を受けた。



 リィナたちと別れたリンネ達は馬を飛ばして人買い達が集まっている地点に辿りついた。

 はるか遠くに敵を望む場所で止まるとリンネがフェリシアに言った。


「ごめんシア、もう一度あなたの[能力]であいつらの布陣を調べて欲しい。確認して突入計画を決めましょう。でも無理だけはしないでね」


「ええ」


「「???」」


 リンネとフェリシアの会話にルシャとレイアの頭に?が浮かぶ。


「『感覚強化』には欠点があって脳に負担をかけてしまうの。特に視覚と聴覚の強化は負担が大きくて長い間[能力]を使っていると神経が焼き切れる様な痛みが走るのよ。でも少しなら大丈夫だから」


 そう言ってフェリシアは【錬氣】を使い視覚を強化する。


「見張りがこちら側に二人、反対側にも二人。正面から見て左側に大きなテントが建てられていて、その周りに三人の男が張り付いている。大きさから言ってこちらに女性たちがいそうね。右奥にもテントが立っているからそこに頭がいるんじゃないかしら?外にいるのは九人、七人足りないわね?テントの中にいるのかしら?」


 フェリシアの体から輝きが失われる。


「ふぅ・・・」


 一息ついたフェリシアが考え込む。


「正面と反対側の二手から侵入して騒ぎを起こし、その隙に女性たちの確保をするのが良いと思う。正面はリンネ、反対側は私、レイアには騒ぎに乗じて女性たちの保護をお願いしたい。忍び込むのは得意でしょう?ルシャは外の木の上から弓で全体の援護をお願い。とにかく男たちを女性たちから引き離す事、私達ならそこら辺のゴロツキくらいは問題じゃないだろうけど油断は禁物よ!」


「わかったわ!」

「わかっタ!」

「了解!」


「配置に着いたら私が先に突入して騒ぎを起こす、リンネはそれに合わせて!」


 四人が配置に着くとまずフェリシアとリンネが突入した。

 見張りの男達の手足を斬って無力化し、中へと踏み込む。この時点ですでに四人を無力化した。


「誰だ!?テメーら!!」


 仲間と思しき男たちがわらわらと集まって来る。


 女性たちが捕らえられているテントの見張り役も騒ぎを聞きつけそちらに駆け付ける。

 残った一人の背後に音もなくレイアが忍び寄り、


≪ガッ!!≫


 首筋をナイフを持つ拳で殴りつけ意識を奪った。


「シアの狙い通りですネ、こんなに上手くいくとハ」


 レイアはテントに入り、


「皆さん、無事ですカ?助けに来ましたヨ!私達は軍学校の学生でス。もう少しこのまま大人しくしていてくださイ」


 と捕らわれていた女性たちに呼びかけた。


「?人数が足りませんネ?これで全員ですカ?」


 どう見ても女性たちは二十人程しかいない。


「先ほど連れ出されました!半数ほどが連れ出され、船で王都に運ぶと・・・」


「本当ですカ!!?」


 レイアはテントを飛び出し、


「女性たちは既に連れ出されていまス!ここにいるのは半数ほどでス!!」


 と叫んだ。

 そこに入口の陰に潜んでいた男が、


「死ね!」


 と斬りつけた。


「!!!」


 慌ててナイフで防ごうとするも間に合わない!

 しかし、


≪タンッ≫


 男は手にした短剣を振り下ろすことなくその場に倒れた。

 見れば男のこめかみに矢が突き立っている。


「ルシャ!!」


 レイアは矢の飛んできた方向を振り返り、手を挙げてルシャに感謝を示した。

 ルシャも新しい矢を弓に番え、頷いて答えた。



 直ぐに敷地内の制圧は終わった。リンネとフェリシアの実力からしてゴロツキの十人や二十人物の数ではない。おまけにレイアもいて、ルシャの援護つきだ。


「やはり!男たちの人数も四人足りない!一足遅かった!」


 フェリシアが悔し気に言った。


「シア!どうすべき!?」


 リンネの問いにフェリシアが答えて、


「連れていかれた女性たちが売られることはないわ。リィナ様達が王都の人身売買組織を摘発してくれるはずだから!でも、ここにいる女性達が来ないと変事を悟って逃げてしまうかも!そうなれば連れていかれた人達が危ないかもしれない!」


「どうする!?」

「どうしますカ?」


 ルシャとレイアの視線もフェリシアに集まる。


「また二手に分かれるしかない!私とリンネが救出に向かうからレイアとルシャはここで女性達を保護しつつ男たちの見張りを。リィナ様のことだからこちらにも人を寄こしてくれると思う。船で運ぶつもりらしいから、私達も一旦川へ出て川沿いを下りましょう!」


 フェリシアの言葉に三人が頷くと、リンネとフェリシアは馬にまたがって川へと向かった。



 川岸へ出て、そこから下流へと馬を走らせると、前方に大きな船の姿が見えてきた。三百人乗りの中型船と五十人乗りの小型船の中間くらいの船の様だ。


「いた!!」


 叫ぶリンネをフェリシアが制止する。


「リンネ、迂回して森に入ろう。接近を悟られると逃げられてしまうかもしれない。丁度船が止まっている右手の方が森になっているわ。あっちから近寄って奇襲をかけましょう」


「わかった!」


 リンネとフェリシアは大きく迂回して森へと入った。

 そこでフェリシアは再び【錬氣】を行使した。すると、


「ちょっと待って!!向こうに人がいる!!1・2・・・4人!もしかして奴らの仲間かも!先にあちらを押さえましょう、レイア達の所に戻られると厄介だわ!」


 二人は打ち合わせをしてフェリシアが独りで徒歩で近づいた。


「あ!?」


 四人の男と目が合った途端にシアが慌てて逃げ出す。


「ん!?まさか逃げ出した女か!?」

「どっちでもいい!捕まえてあいつも売っちまおう!」

「そうだな、どっちみち逃がす訳にはいかねえ!」

「追うぞ!」


 四人の男がフェリシアを追う。

 しかしその前にリンネが立ちはだかった。


「あんた達もあの人買いの仲間?」


 突然現れたリンネに驚いた男達であったが、リンネが幼く、華奢(に見える)女の子なのを見て、


「何だ?お前は!」


 四人の内最も偉そうな男がリンネを睨みつける。


「あんたが頭ってやつみたいね。シア!どうするの?」


 リンネが振り返ってフェリシアに尋ねる。


「一味と判断していい、面倒だわ、斬って!」


 フェリシアの言葉を待たずに男の一人が山刀(マチェット)のような得物でリンネに斬りつけてきた。


≪キンッ!≫


 リンネは抜く手も見せずに抜刀術で男を斬って捨てた。さらにもう一人も簡単に斬り捨て、フェリシアも一人を斬り、残るは頭と思われる男一人となった。


「リンネ、その男は生け捕りにして!恐らくそいつが仲買人のリーダーよ!」


 フェリシアの言葉を聞いた男が驚愕の表情を見せる。


「リ、リンネってリンネ・ペアリー・サーガか!?畜生!!何でこんな所に『幻影(ファントム)』の娘がいやがるんだ!!」


 リンネの父リキ・サーガ元帥はまだ将官であった頃、そのあまりの速さに『幻影(ファントム)』と二つ名を付けられ恐れられた戦士だった。


「私を知っているの?それなら話は早いわ、抵抗は無駄よ、降参しなさい!」


 リンネが警告するも、頭はそれを遮って、


「うるせえ!!所詮は女だ!やってやる!!」


 と言って腰の剣を抜きリンネに襲い掛かった。


「全く駄目ね」


 リンネは薄笑いを浮かべて頭の剣を弾き、その腹を蹴り飛ばした。


「ぐぅ!」


 今のやり取りで頭にもわかった。自分とリンネとでは絶望的に実力の違いがあると。

 ならば逃げる為の方法はひとつ、


「おらぁぁぁぁぁ!」


 頭は振り向くとフェリシアに向かって襲い掛かった。

 何とかフェリシアに傷を負わせて、動揺した隙に逃げる。それが頭の狙いだった。

 しかし、勿論フェリシアはそんな簡単な相手ではなかった。


「はっ!」


 フェリシアが剣を一振りすると、頭の剣はその手を離れ宙を舞った。


≪ガンッ!≫


 そして後ろからリンネが峰打ちで頭の首筋を撃つ。

 頭はその場に倒れ意識を失った。


「こいつは縛り上げておきましょう!いい?リンネ、私達はこれから騎乗のまま奴らの船に乗り込むわ!奴らに船を出す間も与えない様に一気に行くわよ!」


「ええ!面白くなってきたわ!」


「もう、気を付けてよ?あの船には百人以上乗れそうだから40~50人は敵がいるかもしれない。決して無茶はしないでよ?」


「わかってるわ、それより急ぎましょう!」


 人買いの頭を木に縛り付けた二人は再び馬に乗ると川を目指した。

 目の前に船が迫り、


「何だ!?てめえら!!」


 騒ぐ男たちをなで斬り、騎乗のままはしけを渡って乗船を果たした。


「クレストル王国サーガ公爵家次女リンネ・ペアリー・サーガである!!この船には人身売買の疑いがかけられている!クレストル王国軍リィナ・パルディオス・サーガ准将の命によりこの船を臨検いたす!全ての乗員は甲板に出て武器を置いて座れ!従わぬ場合は武力を以て制圧する!!」


 リンネの名乗りに船上は騒然となった。


「同じくペスカニ子爵家長女フェリシア・ペスカニ!貴様たちの事は既に露見している!今頃は王都でも捜索が行われているだろう!お前達に逃げ場はない!大人しく降伏せよ!!」


 フェリシアも乗組員に対して呼びかける。

 しかし男たちは、


「たかがガキの女二人だ、バラシて沈めちまえばわかりゃしねえ!やっちまえ!!」


 と一斉に剣を抜き襲い掛かってきた。


「ふっ!はっ!」

「やぁ!たぁ!」


 揺れる船の上は勝手が違うものの、リンネもフェリシアもそれくらいでびくともしない。あっという間に5~6人が甲板に這いつくばる。


「何だこいつら!?強えぞ!?ザジ!ザジ!出てこい!お前の出番だ!」


 ボスと思しき男が声を張り上げると、船倉から一人の男が出てきた。手には両刃の幅広剣を持っている。


「ザジ!リキ・サーガの娘だ!ぶち殺せ!」


 ザジと呼ばれた男はニヤリと笑うと、


「『幻影(ファントム)』の娘か、面白い。どれ、俺が相手をしてやろう」


 言いざまザジはリンネに斬りかかった。


≪ギィィィン!≫


 間一髪リンネがザジの剣を打ち払う。


「!!!こいつ強い!シア!ごめん!私はこいつの相手で手一杯かも!そっちも何とか切り抜けて!」


 リンネがフェリシアに呼びかける。


「わかった!こっちの事は心配しないで!リンネも気を付けて!」


 そうは言ったものの、敵の数はまだ30人はいる。フェリシア一人で相手にするにはちょっと難しい数だ。更には足場の悪い船の上、


(二人で乗り込もうなんて甘かった・・・。最悪逃げ出す事も考えなくては・・・でもそうしたら売られてきた人たちが・・・)


 フェリシアの葛藤をよそにリンネとザジの戦いは始まっていた。

 ザジの剣術は正当な剣術を学んだもののようで、一流と言えるものだった。


「何であんたみたいな剣士がこんなちんけな犯罪組織の用心棒なんてやってるのよ!」


 剣戟の合間にリンネがザジに尋ねる。


「すべては貴様の父リキ・サーガと母ミアナ・ポンフォス・クレストルの所為よ!俺は元聖王国の将だった、貴様らに祖国を奪われ俺は地位を失った。結果がこの有様よ!ここでリキ・サーガの娘に()うたのも何かの縁よ、積年の恨み貴様で晴らしてくれる!!」


「くっ!!!」


 今まで正当な剣術を学んできたリンネにとって船上での戦いは非常に困惑するものだった。

 揺れる船の上では常に足を踏ん張っていなければならず、筋力に自信のないリンネにはそれだけでも大きなハンデだった。加えて切っ先を安定させる事も出来ない。正眼に構えて切っ先を相手に向けようにも足元が安定せず、切っ先が定まらないのだ。


戦場(いくさば)の剣は道場剣術とは違う、所詮貴様の剣は実戦を知らぬお稽古事よ!!!」


 リンネは自分の体勢を崩さないようにするのが精一杯で、一方的にザジに攻め立てられた。


 一方フェリシアの方も危機に陥っていた。

 リンネをザジが受け持ったことで残りが全てフェリシアに向かって来たのだ。

 それでもフェリシアは奮戦していた。リンネと違い、足元をしっかり踏ん張って敵を寄せ付けない。リンネとの筋力の差が表れていた。


「リンネ・・・頑張って。私じゃそいつの相手は出来ない」


 しかし、フェリシアを手強(てごわ)いと認めた男たちは女達を人質に取った。


「卑怯者!!」


 フェリシアの叫びに男達はニヤニヤと笑って、


「俺達が正々堂々と戦ってくれるとでも思ったのか?おめでたい女だ」


 と嘲笑した。


「シア!!」


 一瞬フェリシアに気を取られたリンネにザジが、


「むぅぅぅぅんっ!!!」

 

 とその大きな体躯をぶつけて体当たりをかましてきた。


「きゃっ!!」


 リンネは跳ね飛ばされて甲板に転がる。

 そこに見張りの男の声が上がる。


「『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』だ!!」


 『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』とは王都に巣食う人身売買組織の元買い組織だ。

 その『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』の船が下流からこちらへと向かって来るのが見えた。


「こんな所に援軍!?これ以上は無理だ!リンネ!一旦逃げるわよ!!川に飛び込んで!!!」


 フェリシアが船べりに手をかけた所で大きな轟音が鳴り響いた。


≪ドゴォォォンッ!!!≫


 見れば『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』の船が大破している。


「何だ!?何があった!?」


 騒然とする船上から見えたのは大破する船の下流から遡上してくるクレストル海軍の軍艦だった。その甲板に設置された投石機で『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』の船を撃沈したのだ。


「な!?何だ手前(てめえ)はっ!!!」

 

 その時船べりに手をかけ、男が船内に乗り込んできた。


「リンネ!無事か!?」


 男はリンネに声をかけた。ヨハン・ボーデンハウスだ!


「ヨハンさん!?」


「リィナ様からの一報で父とリキ様が海軍を動かしてくれた、俺はそれに付いてきたんだ。ライデンとデルニオは外出禁止だったのでな」


 ヨハンは軍艦とは別の『走舸(そうか)』という船足の早い船に乗って、『両頭の蛇(アンフェスバエナ)』の船に注目が集まっている隙に近づき、船べりに縄をかけて乗り込んできたのだ。


「リンネあとは任せろ、良くやった」


 ヨハンがザジに対峙する。

 リンネと違い揺れる船の上でも足に根が生えた様に泰然自若として隙が無い。


「ヨハンさん!シアが!」


 リンネがそう言ってフェリシアの方を振り返るとそこには、


「おらぁぁぁぁぁぁ!!!!貴様らうちの娘に何しとるんじゃぁぁぁぁ!!!」


 一人の壮年の男が剣を振るっていた。


「お父さん!!?」


 鬼のような顔をして剣を振るっているのはフェリシアの父ヴィクトル・ペスカニその人である。

 ヴィクトルはリンネ達の母ミアナ・ポンフォス・サーガの幼馴染で元クレストル軍の将軍だ。フェリシア達6人兄姉弟妹の父親で現在母シャクリーンは7人目を妊娠中である。親バカで息子・娘に対する愛情が深く、今回も無理を言って海軍に同行していた。もっとも、元将軍で、四大侯爵家出身のヴィクトルに頼まれたら断れる指揮官もそうそういないだろうが。


「おお!!!!シア!無事か!!!!」


 ヴィクトルはフェリシアを抱き上げた。


「ちょっ!ちょっとお父さん!!!降ろして!」


「おお、シア!もう安心しなさい。こいつらはお父さんが一人残らず斬り捨ててやるからな?シアは安全な所で大人しくしていなさい」


「この野郎!」


 そこに男が斬りかかって来た。


「うるさい!父娘の語らいの邪魔をするな!」


 男をヴィクトルが無造作に切り捨てる。


「制圧せよ!!」


 ヴィクトルが声をかけると、どこから現れたのかわらわらと兵士達が乗り込んできた。



「既にこの船は我々の制圧下にある、もう終わりだ、大人しく降伏しろ」


 ヨハンがザジに剣を突き付けてそう促す。


「貴様は?」


 ザジがヨハンに尋ねる。


「クレストル王立第一軍学校67期ヨハン・ボーデンハウス」


 ヨハンが答える。


「ボーデンハウス?カーラ・ボーデンハウスの身内か?」


「カーラ様は俺の伯母だ」


「ならば貴様でも良い!カーラ・ボーデンハウスも祖国の仇よ!」


 ザジは激情をあらわにしてヨハンに斬りつけた。


≪ザンッ!≫


 二人の体が交錯する。


「平静を失った時点で貴様の負けだ」


 ヨハンがつぶやいた。


「ぐぅぅぅ・・・」


 ザジが前のめりに倒れ、甲板に血が伝う。


「ヨハンさん!!」


 リンネがヨハンの元に駆け付ける。


「うむ」


 ヨハンは剣についた血をぬぐって鞘に納める。


「すごいです!こんなに不安定な足場の中でヨハンさんはびくともしていませんでした!」


 リンネが羨望のまなざしをヨハンへ向ける。


「ははっ、実際の戦場は千変万化、様々な状況への対応力を付ける事だ。実戦では必ずしも実力が上の者が勝つとは限らない」


「はい、その通りですね。私も船の上がこれほど戦いにくいとは思いませんでした」


「そういう事だ。まあとにかく無事でよかった、ライデンも心配していたぞ?」


「えぇ~どうせシアの事ですよ~」


「何が私の事なの?」


 ヴィクトルを伴ってフェリシアが現れた。


「ライデンがシアの事を心配してたってよ~」


 リンネがニンマリとしてシアを見た。


「えっ!?あっ、そうですか・・・」


 フェリシアが嬉しそうに赤くなる。


「う~ん・・・ライデン・・・ミアナとリキの息子か・・・。ならばシアを嫁にやっても・・・しかし・・・う~ん・・・婿に来てくれるだろうか?・・・それならばシアと離れなくて済むのに・・・。リィナが王家を継ぐとライデンはサーガ家の跡取りに・・・それでは婿は無理か・・・むむむ・・・」


 ヴィクトルが難しい顔をして考え込んでいる。


「お、お父さん!何言ってるの!?お嫁だなんて私とライデンは()()そんな関係じゃないの!」


 慌ててフェリシアが文句を言うもヴィクトルは、


「まだ?まだと言ったのかシア!?やっぱりライデンの事が好きなのか!?お父さんは許さんぞ!お前にはまだ恋など早い!お前はまだ子供なんだ!ああ・・・パパ、パパと私の後を付いてきた可愛いシアがこんなにもべへっ!?」


 暴走するヴィクトルが薙刀の柄で叩かれた。


「ヴィクター、ちょっと黙るのだ」


 見るとおなかの膨らんだシャクリーン・ペスカニ将軍(フェリシアの母)が立っていた。


「お母さん!?何でお母さんまでこんな所にいるの?」


 フェリシアが驚いて声を上げた。


「シアが危ないって聞いたからな。私はお母さんだからシアの事を守ってやらなきゃいけないのだ!」


 シャクリーンはニコニコしながらそう答えた。この小さな女性こそがかつて『ちっちゃな怪物(タイニービースト)』と呼ばれ、現在世界最強と言われる世界唯一の【錬氣】複数使用者(ダブルキャスター)、シャクリーン・ペスカニ将軍である。


「だって、おなかの赤ちゃん大丈夫なの?」


 シャクリーンは四十も半ば、高齢出産の域にはいる。シアがおなかの弟なり妹を心配するのも無理はない。


「私もたまには体を動かしたいのだ!それにヴィクターに任せておくとどんな暴走をするかわからないのだ!」


 胸を張ってそう言ったシャクリーンを後ろからヴィクトルが抱き上げた。


「おお!シャクリーン!無理はするなよ、お前のおなかの中には愛しい愛しい我が子が宿っているのだからな」


「こら!ヴィクター、降ろすのだ!こんな人前で恥ずかしいのだ!」


 じゃれ合う夫婦の元にヨハンとリンネが現れる。


「シャクリーン将軍、船内の制圧完了いたしました。人質も全員無事救出しています」


 ヨハンが報告するとシャクリーンはヴィクトルの手から降り、


「良し!それでは王都に帰還するのだ!」


 と呼びかけた。そこにフェリシアが、


「お待ちください!森の中に仲買人の休息地があり、そこにも人質と人買いの一味をとらえてあります。私の同期生たちが彼らを保護・監視しております。将軍、どうかそちらへも人員を割いてください」


 と、母ではなく、将軍シャクリーン・ペスカニに対して申し入れた。


「うん、そちらもリィナから聞いているのだ。既に軍が向かっていると思うのだが、シア、行って狼煙を焚いて場所を知らせてやるのだ。ヴィクター、何人か連れてシアとリンネについて行ってやって欲しいのだ」


 妻シャクリーンの要請にヴィクトルは、


「娘を助け、守るのは当然父の役目だ。勿論引き受けよう」


 と二つ返事で引き受けた。



 リンネ達が休息所に着くと日が暮れて真っ暗な中、ルシャとレイアが首を長くして待っていた。


「リンネ!シア!無事だったのね!」

「そちらの首尾はどうでしたカ?」


 ルシャとレイアの顔にも笑顔が戻る。


「ええ、リィナ様が海軍を寄こしてくれたわ。敵は一網打尽、連れ出された人たちも全員無事よ。ヨハンさんも来てくれたわ!」


 リンネが嬉しそうに話す。


「そうでしたカ。それでそちらの方ハ?」


 レイアがヴィクトルに目を向ける。


「あ、紹介するわ。私の父ヴィクトル・ペスカニよ」


「初めましてお嬢さん方、フェリシアの父ヴィクトル・ペスカニです。シアがお世話になっています。とても良い子なのでどうか仲良くしてやってください、お願いします」


「いいえ、こちらこそ!」

「お世話になっていまス」


 フェリシア達が会話をしている間にも兵士達はのろしを上げ、居場所を知らせていた。


「さて、今日はもう暗い。シアたちも今日はここで野営しなさい。軍学校の方には後日私の方から話しておくから心配ない。今回の作戦は元帥殿と宰相殿の差配故、外泊も認められるだろう」


 とのヴィクトルの言葉に四人は兵士達の持ってきたテントを一つもらい受け、自分達で建ててそこで休むことにした。早速授業で学んだ事が役に立った。

 

「あ~あ、ちょっとした遠乗りのつもりが大変な騒ぎになっちゃったわねぇ」


 四人で横になりつつ、リンネが何気なくこぼした。


「そうね・・・ちょっと怖かった」


 ルシャは少し震えているようだ。


「ルシャ?」


 フェリシアが声をかける。


「人を射たのは初めてだった・・・。あの時は夢中だったけど・・・私、人を殺したのよね・・・」


 震えるルシャをリンネが抱きしめる。


「そうよね・・・怖いよね、ショックだよね。でもね、私達は軍人、戦場に出れば殺らなければ殺られる。その時に殺られるのは自分かも知れないし、仲間かも知れない。自分はそういう世界に身を置いたんだと自分を納得させるしかないのよ。父様の受け売りだけどね」


 ルシャがすがるような眼で尋ねる。


「リンネは、リンネは人を殺した事があるの?」


 リンネはこの休息地では皆手足を斬って無力化しており、殺してはいなかった。


「ええ、これでも一応王女だから。小さなころから命を狙われる事はあったわ。自分を守るために、周りの人を守るために、私は人を殺した事がある」


 リンネはルシャの目を見てはっきりと言った。


「私もあるわ。自分を守る為、リンネを守る為、ライデンを守るために、私も人を殺した事がある」


 フェリシアも落ち着いた声で告白した。


「そう・・・強いね二人とも・・・私も・・・強くならなきゃね」


 ルシャは噛みしめる様にそう言った。


「ところでシアはファザコンですカ?」


 レイアが突然そんな事を言い出した。


「え、何で!?違うわよ?」


「そうですカ。どことなくお父さんの雰囲気がライデンに似ている様ナ・・・」


「ええええ!?に、似てないよぅ!」


「そうですカ?紳士的なところが似ていると思うのですガ」


「あっはっはっは!!ライデンが紳士的?そんなわけナイナイ!」


 リンネが茶々をいれる。


「リンネ!ライデンは紳士的だよ!むしろお父さんは全然紳士的じゃない、あれは騒々しいって言うのよ」


「そんなことないよシア、紳士的で素敵なお父さんじゃない?」


 ルシャもレイアと同じ意見の様だ。


「あれは表の顔よ、本当は騒がしくてうるさいくらいの親バカなんだから。あれで昔は『智将』って言われたって言うんだから不思議なのよね」


「フフフ、シア、にやけていますヨ?」

「やっぱシアってファザコンよねぇ~」

「だね」


 三人が生暖かい目でシアを見ている。


「そ、そんな事ないんだってばぁ~!!!」



 姦しい四人の会話は一晩中続けられたという。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] シャクリーンまで出てくるとはびっくりです。
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