夢幻:銀の思い出・その一
今から約三年前、俺が十四になったばかりの頃──。
「銀、お前に星花様の護衛を任せたい」
兄からの呼び出しに、また怒られるのかと思った。
誰かの護衛なんてやったこともないし、作法も挨拶程度にしか知らん。というか、妹様の護衛ならば屋敷にいる侍に任せるべきだと思うのだが。
兄にお供して三井邸へ行った時、何度か妹様を見かけた。
勿論遠目からで、言葉を交わしたことは一度もない。俺が妹様について知っていることは歳が少し上とだけ。
護衛しろと言われればやるしかない。が、なにか違和感がある。
いつもなら兄は「粗相のないように」と言うのに……
──翌朝、兄と二人で三井邸へ。
三井様と兄が話をしている間、俺はじっと大人しく待っていないといけない。だがその日は違った。
「悪いが銀、星花を呼んできてくれるか?」と三井様。
「……え?」
三井様の命ならば仕方ない……そう思って妹様の部屋の前まで来たものの、なんと声を掛ければ良いのやら……。
「そこにいるのは誰? 顔を見せなさい」
「は、はい! ぎぎぎ銀と申します! 失礼しました!」
「なにか用?」
「貴女様を呼んでくるよう、三井様から申しつかって」
「おかしな話。兄様が来客中に私を呼ぶなんて……」
「そ、そう言われましても……」
困った。顔も上げられず、申し開きもできん……。
すると突然妹様は、
「……な~んて嘘。顔を上げて銀、貴方を呼んだのは私」
「……え?」
顔を上げると妹様が笑っていた。
「初めてまして、私は星花」
「──あ、お初にお目に妹様! 俺は、違、えっと……」
一応挨拶しようしたつもりなのだが……
そんな慌てる俺に妹様は口をへの字にして言う。
「二人の時は礼儀も作法も要らない。それと、私のことは「妹様」ではなく星花と呼んでくれる?」
「あ、あの星花様……俺になにか?」
「銀、貴方に護衛をお願いしたいのだけど……だめ?」
「恥ずかしながら俺は誰かを護衛した経験がありません。ですので護衛なら屋敷にいる侍の方が適任なのでは?」
「侍達は持ち場を離れられないし、兄様が許可しない」
「ところで、えっと……因みに護衛というのは?」
「銀……この部屋になにか感じる?」
「……いえ、なにも感じませんが?」
「そう……この部屋には化け物がいるの」
それにはさすがの俺も苦笑い。
なにを言うかと思えばまさか化け物とは……だが星花様は微笑みながらも手に爪を立てて震えていた。
当時、既に俺は楽と里山の警護を任されていた。
野宿なんてざら、山の怖さに比べれば化け物なんて可愛いもんだ。
この部屋に出るのは恐らく鼠。
つまり俺は鼠退治すればいいわけだ。
「分かりました星花様。引き受けましょう」そうして俺は星花様と三井様の元へ。
何故か大はしゃぎな星花様は三井様と兄に礼を言う。
鼠退治などすぐに済むのに。正直、よく解らん。
「じゃあ銀、早速外へ出かけましょう」
「外って……どちらまでですか?」
「銀の里を見てみたい。連れていって」
三井様は何も言わず、俺に連れて下がれと手で払う仕草。
兄は俺に目を合わせようともしない。
なんだかまるで子守りを押し付けられたみたいだが、でもまあ……退屈凌ぎにはなるのかも。
星花様は俺より三つ上でとても美しい。だが、その見た目からは想像できないほど強引で、負けん気が……すごい。
前を歩いても後ろを歩いてもだめ。並んで歩かないと怒るちょっと困った御方だ。
「俺の里へはなにをしに行くのですか?」
「……さあね。どうして?」
「いや、着くまで山を越えないとならないので……」
「そんなの当然でしょう。山を越えるのは嫌?」
「いえ、星花様がお辛いのではないかと……」
「そんなの全然気にしない。貴方の護衛がなければ一人で屋敷から出られないのだから。寧ろ越えてみたい!」
「……分かりました」
「悪者が出ても走って逃げないこと。いい?」
「ぷっ……あっはっは!」
なんだか幼少の頃に戻ったような懐かしい感覚。
道のりは遠いが、会話しているとすぐに里の入り口である田庫村に到着。
──田庫は今収穫期で秋祭りの最中。
そんな時に星花様が来たとあって、村の年寄り達は少しでも足止めさせようと群がってくる。
……ああ鬱陶しい。これでは護衛も形無しだ。
すると星花様はきっぱり一言。
「皆、本日私は銀の里見物に参りました」
そうして俺の里へ。
職人ばかりの地味な里に見せ物なんてなにもない。なにをそんなに目を輝かせておられるのやら……
「銀、刀屋はどこ?」
三井様へ贈るのかと思い、里に一軒しかない刀屋へ。
だがどうもお気に召さないらしくすぐに店を出た。
「他に刀屋は?」
「残念ながら刀屋は今の一軒だけで……あ、あと里の端に道具屋が一軒……」
「そこへ案内して」
「ですが、確かそこは農具専門と聞いたような」
「いいから連れていって」
そこには正光という変わり者がいるとか。
というのも、俺は一度もその姿を見た事がない。
なだらかな細道の先にある道具屋。
その入口には正光と彫られた板があり、中から美味そうな良い匂いが漂っている。
どうやら今は飯時のよう。声を掛けようか迷っていると、細い目の男が出てきた。
「あれ、もしかしてあんたは頭領さんの弟さん?」
「はい、初めまして。食事中にすみません!」
「構へんよ。さ、中入って」
とても感じの良さそうな人。だが中に入って驚いた。
そこにはもう一人、同じ顔の男が食事していたからだ。
「ようこそ! 僕は正で、食事してるのは光。驚いた?」
「あ……っと、いや、え~その……」
「別にええよ。驚かれるのには慣れてるから。僕らは双子なんよ」
「……大変失礼しました!」
「銀、少し下がってて」そう言って星花様は二人に一礼。
「私は三井星花。本日は刀のお礼に参りました」
「これはこれは……どうぞ食事していってください」
なんでも星花様の護身刀はこの二人が打ったものらしく、書状ではなく直接礼を言いたかったのだとか。
里に来たがった理由……なんというか律儀な御方だ。
星花様の来訪を喜ぶ陽気な正と寡黙な光。
見た目は同じだが、その雰囲気は陰と陽といった感じ。
「へぇ~銀ちゃんを護衛役に……」
「はい。それで銀にも一つ刀を持たせたいのです」
そのお気持ちだけで十分なのに……。すると、静かに食事していた光の目が星花様に向いた。
「その前にその体の震えを取りましょか」そう言って彼は掌ほどの黒い石を持ってきた。
「少し目ぇ閉じててください」
星花様の背後からそれを体の回りに這わせていく。まるでなにかを絡め取っているようにも見えるが、なにをやっているのか、なんのまじないなのか……。
「どうです? 大分取れましたか?」
「……はい、すごいです!」
俺だけ蚊帳の外にいるみたいだ。さっぱり解らん。
とはいえ、星花様のお顔が先ほどよりも明るく見えるのは確かなのだが。
すると今度は正が一本の細い棒を持ってきた。
「この刀は竜。星花様を災いから守ってくれる」
「災い……それにしてもこの刀、いやに細いですね……」
「あはは、大き過ぎたら星花様も嫌がらはるよ。ねえ?」
それを聞いて星花様は目を細めた。