表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真樹  作者: 夜一
1/14

【真樹】

田舎道を行く仲の良さ気な商人達。その中の若い小太りが汗を拭いながら言った。


「西国のとある地方に伝わる忍び伝説。影から影へと移動して怪しげな術を使う。そしてその姿を見た者は必ず首を刎ねられるとか」


すると端の男二人が言う。


「兄さん、よう考えてみ? 見たら必ず首刎ねられるのになんでその話が広まる? 話おかしいで。どうせあの村の長老さんに聞いたんやろ?」

「あそこの長老さん、お喋り好きで寂しがりやからねぇ」



負けじと小太りの男は言う。


「なら、この話知ってます? 頭巾姿の女に気をつけろ。悪さしたら必ず首を刎ねられる」

「あっはっは、また首かい」



そうして三人は、近くの村へと消えていった。


ここは田庫(タコ)の村。

その外れにある庵の庭先で、頭巾をかぶった女が年寄りと対峙していた。


彼女の名は真樹(マキ)

隠れ里に住み、食料調達の合間を縫って年寄り達の様子を見に訪れている。

対するこの年寄りは田庫村の長老で、隠居前は真樹が住む隠れ里を率いて名を馳せた元忍び頭。


「遠慮はいらん。本気で来い」と長老。

その言葉にためらってか、真樹はなにも応えない。


「──ならば、こちらから行くぞ」



互いに素手による体術勝負。

踏み込み一気。身を引いて躱す真樹を長老が容赦なく攻め立てる。


「逃げ回るだけか? 年寄りだと甘く見おって」



更に掴み掛かろうとする長老に、真樹は掌を向けた。


「待ったなしじゃ──」



どん……



大きく吹っ飛んだ長老。

腰を押さえてのたうち回るその姿に、真樹は慌てて庵へと担ぎこんだ。


「うぐぐ……見事。今後、里の頭領はお前に任せる」

「私はまだ十七。頭領なんて大役は……」

「村の総意よ。それに隣里の凛太郎(リンタロウ)にも既に通達済み」

「決まっていたのなら勝負せずとも良かったのに……」

「それはまあ、年寄りのわがままというか……あだだ!」

「ともかく当分安静にしてください」



真樹が住む里の()頭領は長らく不在。

そんな中での任命に戸惑う真樹だったが、総意ならば仕方ないと受け入れ、なにも言わず長老の腰を摩る。


「さて、主である三井様にお前の事を報告せねばならん。生憎、わしはこの様。すまぬが一人で行ってくれ」

「え、今から……ですか?」

「今は梅雨時。晴れているうちに急げ」

「……承知しました」

「くれぐれも粗相のないようにな」



そうして真樹は書状を預かり庵を出た。

空の様子はけして良くはない。


【銀】

真樹の隠れ里は田庫村から山を二つ越えた先にある。

もう昼過ぎ──里に戻ってからでは、とても日暮れまでに間に合わない。……かもしれない。

そんな不安を胸に、真樹は子供達の待つ米蔵へ。


「お~い、真樹様~」蔵の前であんこ餅を頬張る子供達。それを振る舞っているのは佐吉(サキチ)という屈強な年寄り。

必要とあらば容赦なく拳骨を落とす荒い爺だが、子供達は分け隔てない佐吉を慕う。


「お待たせ皆、さあ荷を積んで里に帰ろう」

「え~」



ごねる子供達をよそに、真樹は佐吉に長老の件を耳打ち。


「今からか……じきに雨落ちてくるぞ?」

「ですが、怪我をさせたのは私なので……」

「はっはっは! 気にせんでええ、気にせんでええ」

「……じゃあ皆、帰るよ」

「え~、もっと食べたい~」



食い意地が張った子供達を佐吉が急かす。


「ほれほれ、日が出てるうちに早う戻れ!」

「佐吉の爺っ様、あんこ餅全部持ってってもいい?」

「おう、持ってけ。しかし真樹、今日はもうやめといたらどうや?」

「……なんとか急いでみます」

「……気ぃつけてな」

「はい、それでは佐吉様、また─」



帰り道──思うように進まない荷車を必死で押す子供達。すると、聞き覚えのある笑い声と共に、そばの木の上から一匹の大きな犬と男が飛び下りてきた。

彼は隣里に住む(ギン)。真樹の一つ年下で、いつも相棒の(ラク)と里周辺を警護している。彼の兄は隣里の頭領凛太郎(リンタロウ)


「よう真樹。ちび共も気合い入ってるな」

「銀に楽、こんなところで会うなんてね」

「へへ、素通りしようか迷ったよ。今帰りか?」

「うん。はやく長老様のお使いに出ないといけないのに、この荷車に手こずっちゃって……」

「お使いってどこまで行くんだ?」

「三井様の御屋敷まで書状を届けに」

「……よっしゃ、ちび共は俺に任せてお前はすぐ向かえ」

「いいの? また叱られない?」

「いいよ別に。でもメシは食わせてもらうぞ」



そう言って銀は真樹に巾着を手渡した。


「この兵糧丸……くれるの?」

「道中長いから念のために持ってけ。あ~でも、食う時は必ず舐めて味見しろよ? 効きが強いから。ということでさっさと用事済ませてこい」

「うん。……なるべく急いで帰るから皆をお願いね」



遠くの方でゴロゴロと鳴っている。

山道で皆と別れ、真樹は長老の使いに急ぐ。


【雨宿り】

田庫村を出てしばらくすると大粒の雨が落ちてきた。

辺りは瞬く間に暗くなり慌てて木の陰に隠れるも、雨風が横殴りに吹き付けてきて、更には雷まで。夕立だ。

ついてない……そう思いながら周囲を見渡すと、先の方に家屋を見つけた。


林の中に佇む古い一軒家。

一人で村を出たこともそうだが、見ず知らずの家に雨宿りを頼むなんて初めてのこと。

躊躇している暇はない。……意を決して戸を叩く。


どん、どん、どん


「誰かいませんか? しばらく雨宿りを──」



中から返事はなく戸締まりもなし。

仕方ない、家主には悪いが勝手させてもらおう……。


しっかりした外観なのに中はぼろぼろで、どうやらここは随分前から廃屋だった様子。


懐に入れた書状もなんとか濡れずに済んだ。先を急ぎたいところだが、雨が止むまでしばらく待つとするか──。

戸の隙間から外の様子を伺いつつ、服を脱いで体に付いた水気を払う。どうせ誰もいないし入っても来ないのだから遠慮なんていらない。

なんだか、「かくれんぼ」している気分だ。

私や里の皆は夜目が利く。それは単に山育ちだからというわけではなく、幼い頃に泣いて訓練したから……だったりする。


里の頭領か……私に務まるだろうか──。


貰った兵糧丸をひとつ、味見ついでに少し齧ってみた。

なんというか……親指二つ分ほどの大きさで独特な辛味と()がある。私達もたまに兵糧丸は作るが、これはまったくの別物だ。

中になにが練り込まれているんだろうか……まあ銀が口にしている物だから大丈夫だろうけど……沢山食べたいとは思わない。ちょっと苦手な……そんな味。


ざーざー……


大分雨は小降りになってきた。

もう少しで止みそう。それより、なんだかさっきから体が火照って熱い……


ほどほどに雨が止んだところで急いで出発。

こんな遅くでは門前払いされるかもしれないが、その時はその時。書状を渡してまた日を改めよう。


香り立つ雨の匂いと、露が落ちる音が心地好い。


蛙達の唄に呼応するように道の脇から蛍が一斉に舞う。


──はぁ、はぁ、はぁ……


走るのをやめても火照りは鎮まらず、拍動が全身に響く。そこでようやく気がついた。

これは疲れによるものではなく、さっき口にした兵糧丸の強壮作用に違いない。そういえば、これをくれた際に銀がなにか言ってたような……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ