⑥ わたしは デートする
今日はわたしの二十歳の誕生日で、アラステアとのデートの日である。
先日、倒れた……ということになっているわたしをアラステアは確かに『シェリー』と呼んでいた。
なのに、今、彼のわたしの呼び方は『君』である。
『夫人』と、『君』だとどちらの方が距離が近いのだろう?
うーん、分からない。誰か教えて。
「この前は名前で呼んでくれたのに」
「……」
「また名前で呼んでくださいよー」
「……」
「もうっ! まただんまりですか? いいです、いいですよ。わたしが勝手に喋りますから!」
指摘した通りに、だんまりなアラステアを聞き役としてみなしたわたしは、街に下りる道すがらの馬車の中、喋り通すことにした。
まずはハーブルのお願いだ。
薬の方は自分でやろうと思っているのだが、化粧水の開発はわたしだけでは難しいので、プロフェッショナルを紹介してもらい、是非とも化粧水の開発を成功させたい。
結果、ぺちゃくちゃ喋って、「好きにしろ」という言質を取った。
「知り合いの薬師に話をしておく」
ふーん、クールじゃん?
いいさいいさ。そうやって、今のうちのクールぶっときなさいよ。
薬や化粧品が完成したら、目きらきらさせて『抱いて!』とか言っちゃうんじゃないの? ふん、言いなさいよ。わたしがクレバーに抱いてやるから。
でも、一応「ありがとうございます!」は言っておこう。
なんてったてわたしの旦那様だし、それに推しのパパだしね。
そんなこんなで街に到着し、アラステアのエスコートにて馬車を降りるが、その瞬間に視線を感じた。
品定めする複数の目に肩がびくっとなってしまう。
領主様の奥さんだもんね、そりゃあ見ますよねー……。
「ちょっと寄りたい店があるんだけどいいか?」
「もちろんです、どこに行くのですか?」
「武器屋だ」
「武器屋……何か買われるのですか?」
「剣の整備を頼んでる」
話をしながらも視線がちょっと痛怖いので、アラステアを盾にさせて歩かせてもらう。
意外なのか、そうでないのか判断はつかないが、彼はわたしに歩幅を合わせてくれた。
武器屋の店主は筋肉隆々だった。
騎士だけでなく、ブランシェット出身の男は体が大きいとは聞いていたが、本当なのだなあと思った。
店内はわたしでは持てなさそうな大きな盾や、切れ味が鋭そうな剣、名前も使い方も分からないような不思議な武器でひしめき合っていて、なかなか面白い。
「行くぞ」
「あ、はい」
整備した剣を受け取っただろうアラステアについていき、店を出ると、「どこか行きたいところはあるか?」と聞かれ、わたしは目の前の武器屋の三軒隣のパン屋さんを指差した。
ダンディズム執事さんに、アラステアが『奥様と街でランチをしてきては?』と言われているのをばっちり聞いていたが、レストランや食堂で皆の視線を浴びながらの食事は勘弁してほしい。
それに今日はとってもいい感じに曇っていて、暑過ぎない良い天気だ。
つまり、わたしはピクニックをしたい。
「パン屋?」
「はい、パンを買って、公園か広場のようなところがあればそこで食べたいです! いいですか?」
「……君がいいなら」
「はい。わたしパン屋さんに行くのは初めてです。お薦めのパンを教えて下さい!」
「……初めて?」
「? はい」
◇◇◇
パン屋さんは大当たりだった。
全部が美味しそうで、とっても悩んだ結果、わたしはシュガーバターパンとハムと卵が入ったピタパンを選んで、飲み物は公園前で売っていた果実水を買った。
アラステアはわたしよりも数個多くパンを買っていた。こんなに食べるんだ、って吃驚。
彼はカフィという真っ黒な飲み物を買っていた。前世でいうところのコーヒーだ。
「わーい、いただきまーす」と言って、わたしが齧りついたのはピタパン。
広い公園で人の目も気にならないし、アラステアと話も気兼ねなくできそうだし、何よりパンが美味しい。
ブランシェット家の食事も美味しいが、外で食べる食事はまた格別だ。
そんな風にパンの味を噛み締めていると、「あー……」と言った後、彼は何やら言い淀んだ。
むう、もぐもぐしていて返事ができない。
とりあえず咀嚼を急ぎながら、言葉の続きを促すように彼をじいっと見つめてみる。
そして、わたしがパンを飲み込んだタイミングでアラステアは、自分の首を擦りながら小さい声で言った。
「……誕生日おめでとう、シェリー」
それから、わたしの手の上にぽんっと細長い箱を乗せた。
「え、あっ、開けても、いいですか?」
「ああ」
ぱかっと開いた箱の中には美しい短剣が入っていた。
手に取ると、鞘と柄の部分に青い宝石が埋め込まれている。
もしかして、いやもしかしなくても先ほどの武器屋に取りに行ったのは、わたしのプレゼントを取りに……そっか、そうだよね、だって彼の腰の長剣は家を出た時と同じ一本のままだ。
「綺麗」とわたしが呟くと、アラステアはほっとした様子で目を細めた。